手段その1 スキンシップ

「改めまして、私は葉山浩市でこっちが息子のハルト。今日からよろしくお願いします」


 出前の寿司を前に、応接間で改めて挨拶を済ます親父の横で俺も頭を下げる。


 ただ、挨拶だというのに配置は親父と優子さんが隣り合わせで俺と渚ちゃんがその向かいに座る恰好となっていた。


「浩市さん、はいどうぞ」

「ああ、ありがとう優ちゃん」

「ビールも持ってきますね」

「うん、頼むよ」


 まるで長年連れ添った夫婦のようだ。

 それはもちろん微笑ましいことで何も文句はないのだけど、問題なのは隣にいるだ。


「ハルトさん、お茶いりますか?」

「だ、大丈夫だよ。それより渚ちゃんも遠慮せずに食べてよ」

「はい。でも、私は妹なんですから呼び捨てでいいのに」

「そ、そうだね。うん、気を付けるよ」


 人懐っこいというか親しげというか、とても丁寧な口調とは裏腹にこの子は距離を詰めるのが早い気がする。


 もちろんいいことではあるが、彼女がいたこともなく女子慣れしてるとは決して言えない俺には少々荷が重い。


「ははは、早速二人は仲良しだな。歳も近いし仲良くしなさい」


 今日の親父はよく笑う。

 いつも仕事が終わったら死んだような顔でビールを飲む姿しか見たことがなかったのでそんな風に笑えるのかと息子でありながら感心していたところで、当然と言えば当然な指摘を受ける。


「しかし二人は兄妹だ。変なこと考えるなよ」


 最も俺の性格を知っている親父からすれば冗談半分なセリフのようだ。

 隣で優子さんもクスクス笑いながら「ハルト君が真面目そうな子でよかった」と早くも俺を信用してくれているようだし、そんな二人をみているととても変なことをしようなんて気にはならない。


「ああ、わかってるよ。なあ、渚ちゃ……え?」


 さっきから太ももあたりがこそばゆいとは思っていた。

 でもジャージの紐がほつれたか虫でもいるのだろうとばかり思っていたが、見るとそこには女の子の小さな手が。


「どうしたハルト?」

「い、いやなんでも、ない。トイレいってくる」


 親父の方を見てもう一度足元を見ると、そこにあったはずの右手はお箸をもって隣にいる義妹の口に寿司を運んでいた。


 見間違い、だろうか。

 そう思いながらも少し動揺した俺は席を立ってそのままトイレに向かう。


 やれやれと、便座に腰かけて一呼吸。


 ふう。親父たちにあてられて変な妄想でもしたか?

 いや、あんまりに可愛い子がやってきて少し落ち着かないんだ。


 うん、きっとそうだ。


 渚ちゃんのことはまだよく知らないけど、お母さんである優子さんのことをみているときっとあの子も悪い子ではないとなんとなくわかる。

 だから変なことは考えずに本当の兄妹になれるように俺がしっかりしなくちゃな。


 気持ちを新たにトイレを出る。

 すると目の前に渚ちゃんが立っていた。


「うわっ」

「ご、ごめんなさいハルトさん」

「い、いやこっちこそ。あ、もしかして出るの待ってた?」

「え、ええ。待ってました」

「ごめんちょっと考えごとしてて」

「いえ、それじゃ戻りましょ」

「そ、そうだね」


 一緒にキッチンの方へ戻りながら俺は少し違和感を覚える。

 この子、俺がトイレから出るのを待ってたんじゃないのか?

 だとしたらどうして一緒に戻る?


「あ、あの、渚ちゃん」

「渚、でいいです」

「う、うん。じゃあ渚」

「はい。あの……私もハルトさんのこと、お兄様と呼んでもいいですか?」

「え?」


 お兄様。

 その響きに俺の思考回路は一気にヒューズ。

 恐ろしく可愛い女の子に上目遣いでそんなことを言われたらその破壊力たるや無茶苦茶すぎる。


「ダメ、ですか?」

「い、いやいいけど」

「じゃあ……お兄様」

「ぐはっ」


 もう至る所から至るものが吹き出しそうだった。

  

 ああ、なんていい日なのだ。

 親父よ、今日だけは心底あなたに感謝します。



 とまあそんな具合に打ち解けた俺たちであったが、どうやらまだ問題は山積みのよう。


「風呂はちゃんと時間を決めておく。優子さんと渚ちゃんは八時までに、俺とハルトは九時以降に入るように。いいな」


 ばったり覗いてしまったなんてラッキースケベが桶を顔面に食らって終了するのは漫画だけの話。

 親父と渚ちゃんだって立派な異性で、そんなトラブルが起きない為にもこうしたルール作りは大切だ。


「じゃあ俺と優ちゃんは一階を使うから。ハルト、渚ちゃんに隣の部屋を案内してやれ」


 我が家はカフェの奥にある一軒家。

 二階建てで部屋も五つはあり、男二人では完全に持て余していた。


 俺の部屋の隣ももちろん空いており、そこに渚ちゃんが住むというのだけど、今まで女の子が家に泊まりに来たことなんてもちろんなく、やはり緊張が解けない。


「渚ちゃ……渚、隣好きに使ってくれていいから」

「はい、お兄様。あの、荷解きを手伝ってもらえますか?」

「い、いいけど部屋入っていいの?」

「ふふっ、お兄様のおうちなのにそれは変ですよ」

「ま、まあそうか」


 俺の部屋と同じ広さの渚の部屋は段ボールが山積みになっていた。

 俺が学校に行っている間に運び込まれたそうで、二人で手分けして丁寧に梱包を解いていく。


 やがて一時間ほど集中して荷物を整理し終えると、渚が汗を拭いながら俺の方にやってくる。


「ありがとうございますお兄様。一人じゃとても終わりませんでした」

「いや、いいよ。それより今日は遅いからシャワー浴びてもう寝ないと」

「ええ、そうします」


 食事中のあれはやはり俺の見間違いだろう。

 応対も丁寧だし、とてもいい子そうだ。


 こんな可愛くていい子が俺の妹になったんだ。

 ただ、親父のことを考えるといやらしい気持ち云々なんて持つはずもなく、家族としてちゃんとしないとという責任感がわいてくる。


「じゃあ、風呂の場所はわかるよね」

「えと、ちょっとまだ慣れてないので」

「そっか。じゃあ案内するよ」

 

 風呂場まで案内する時に、親父たちの寝室の前を通る。

 少し気まずさを覚えながら通り過ぎて、風呂場の前について部屋に戻ろうとすると、俺の袖を彼女がくいっと引っ張る。


「ど、どうしたの?」

「あの、一緒に……いえ、なんでもないです」

「い、一緒?」

「な、なんでもないです。では、お風呂お借りします」

「借りるなんて。今日から渚の家でもあるんだから」

「そうですね。では」


 風呂場に向かう彼女を見送ってから部屋に戻り、また少し考える。


 さっきのは一体?

 一緒に、というのは一緒に風呂に入ろうと言おうとしたのか?


 いや、それはないだろう。

 今日会ったばかりで、しかもこれから家族になる人間にそんなことを言うはずは……


 しかもあんなおしとやかそうな子に限ってそれはない。

 うん、きっと一緒に明日学校に行こうとか、そんなことを言いたくて照れたとかに違いない。


 俺はそう信じてやまなかった。

 だからいつもと変わりなく眠りについた。


 健やかな眠りだった。

 幸せそうな親父を見れて、可愛い妹ができて気分が良かったのだろう。


 そんな穏やかな気分は久しぶりだった。


 朝目が覚めた時に隣に渚が眠っているのを見るまでは……

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