第6話 龍刀使いのマハト⑥


魔神装備。アルテノの最上位執行者にのみ与えられる、特殊な霊装だ。


その効果は単純、使用者の戦闘能力の大幅な向上を可能とするものだ。効果は通常の鎧の霊装とあまり変わりがないが、その度合いは桁外れである。


ザイドほどの使い手が着こなした場合、その戦闘能力は恐ろしいものへと変化する。





魔神武装を展開したザイドは増強された膂力に任せて単純な攻撃を続けた。

一見すれば敵に近づいてただ斬りつけているだけなのだが、強き者がそれを行うだけで、その戦い方の凶暴性は遥かに増す。

実際、マハトの優れた反射神経をもってしても攻撃をかわしきることができなくなっていた。防御しようにも膂力が強く、押し切られてしまうのだ。防御も回避も効かない暴力の嵐。マハトが初めて目の当たりにした、自分よりも強い強者であった。


それに対し、マハトは攻めあぐねていた。ザイドの攻撃が凄まじいのもあるが、何よりもマハトの攻撃が効かないのだ。手にする刀はとても強い刀のはずなのだが、力を込めて打ち込んでも、ザイドの纏う鎧に傷をつけられない。


「ちょっとさぁ、あんなに偉そうだったのになんであの鎧に弾かれるんだよ!」


(知らぬわ。貴様の戦い方が悪いのではないか?あんな鎧、いつもなら一撃だわい!)


「あっそ!頼りにしないようにする、よ!」


軽口を交わしながら、ザイドの攻撃をいなすマハト。なんとか隙を見つけて刀で鎧を打ち付けるが、硬い鎧にいとも簡単に弾かれてしまう。


「クッソ、手応えねぇな!」


イライラするマハトだが、状況を恐れているのはザイドも同じであった。

魔神武装は非常に負担が大きい。まともに装着して戦っていられるのは、ほんのわずかな間だけだ。


だというのに、恐るべきはマハトの才能である。大幅にパワーアップした自分の闘い方に、。一見すればザイドが一方的に攻め立てているように見えるが、マハトがこの速度に反応可能になるのも、時間の問題である。



今この瞬間も、マハトは成長している。一方的にかわして守るを繰り返していたマハトが、すぐに攻撃に転じ始めた。攻撃はザイドからすればお粗末なものであり、余裕で対処できるものなのだが______ザイドは違和感を感じていた。



(おかしい。この少年の刀の腕はこんなものだったか?上での戦いの時はもっと熟達した剣士のような戦い方であったというのに)


マハトの攻撃力は、ザイドが想定しているよりも遥かに下回っていた。攻撃を受けた体感では、身体能力が変化している素振りはない。おそらく、使のだと思われた。


(なるほど、戦闘経験が浅い天才故の欠点ですね。なら、彼が正しい使い方を覚える前に___仕留める!)


そう、マハトの攻撃が弱い理由、それはマハトの刀の使い方の問題であった。マハトは根本的に刀の握り方と斬り方を間違えていた。

刀は剣に比べ、扱いが難しい武器である。刃が片方にしかついていないため、力を正確な方向に込めなければ攻撃が空振ってしまう。刀の刃でない部分で撫でても、全く攻撃にはならないのだ。


マハトはそれに気づかずにずっと刀を振るっている。ザイドに攻撃が届かないのは当然なのだ。


隙を見計らい、畳みかけるように連撃を叩き込むザイド。マハトが反応しきる前に、なんとしても攻撃を当ててマハトの勢いを削がなければならない。



しかし______天才の閃きとは、起こるべき瞬間に起こるものである。



マハトは刀の扱いが上手くいかないことに自分でも気づいていた。だが、どうやればいいのかのやり方は知らない。


だからとりあえず考えられる限りのやり方を試したのだが、ふと頭の中に思い出された記憶を辿った。





__________





幼い頃の記憶。


自身の育ての父であるバーゼルに、この地域特産の輝晶石から取れる金属で作った刀を与えてもらった時の記憶である。


当時の俺は闇雲に力を振り回していた。使っていた斧や狩猟用の槍は全て無茶な使い方をして壊れてしまった。


そんな時である。バーゼルに、正しい刀の使い方を教わった。


バーゼルは、何度も一緒に刀を握り、正しい素振りができるようになるまで付き合ってくれた。最初の方は力任せに振り回していたのだが、正しい振り方をしたところ、道を塞いでいた大きな落石を綺麗に一刀両断できた。

今でも、この時の快感が忘れられない。マハトは、刀を振るのが大好きになった。


だが、バーゼルが亡くなったことで刀を使うのをやめてしまった。ナリミとも半分離れてしまい、刀を振っても褒めてくれる人がいなくなったからだったと思う。自分は、大切な人に認めてもらうために刀を振っていたのだ。


以来、刀を振るうことはなくなり、段々と腕が鈍っていってしまったのだ。





だが、今は______刀を振るう明確な理由がある。

自分は今こそ取り戻すべきなのだろう。ナリミと共にいる時間を。そして、自分が生きるべき理由を。


だから______少年は再び刀を握る。





___________





迫り来るザイドを見ながら、マハトは手元に意識を集中させていた。


ザイドは恐るべき戦士だ。その戦い方には、一分の隙も無い。


だからこそ、真正面から打ち合う他、戦う術はない。


思い出すのだ。刀で敵と相対する感覚を。


そうだ。刀での斬り方は、刀の握り方は、確か______





「こう」





一閃。


谷間を凄まじい速度で降りていく燕のように。


マハトの姿が一瞬で掻き消えた。


そして次の瞬間、ザイドの右腕を覆っていた鎧の一部が砕け、マハトは一瞬にしてザイドの背後に移動していた。



「…………なっ…………!」


マハトの凄まじい動きは、ザイドの目にも止まらぬ速度であった。



マハトは全身に強い力がみなぎることを感じていた。


「なんだ、これ。俺の力なのか?」


マハトは全身に輝く黄金色のオーラを纏っていた。


(クハハハハ!ようやく正しいに直ったな!おかげで、貴様の美味い生命力が儂に流れ込んでおるぞ!)


「おい、生命力食べるなよ」


(儂が貴様の生命力を喰らうことで、貴様と儂の間には繋がりができておる。今なら、儂の力を存分に使えるぞ)


黄金のオーラは、龍刀から発せられたものであった。

ただし、マハトはまだ未熟者だ。流れ込んでくる力をまだ完全に御しきれていない。


「ぐっ……!力入れないと体が千切れそうだ……!」


龍刀は、太古に存在した伝説の神獣「龍」が刀の姿となったものである。その身に宿る力は、人間一人に宿るには大きすぎる超高密エネルギーなのである。


だが、今はそんなことどうでもいい。身に有り余るこの力を使い、目の前の敵を打ち倒すのみ。



ザイドは、マハトの変化を敏感に感じ取っている。マハトが既に先ほどとは別次元の戦士になったことは間違いない。


(やれやれ、もう後がない。……次は一撃で決める)


ザイドにはもう後がない。マハトと違い、ザイドは戦いの中で成長できなかった。

故に、マハトが戦いに慣れる前に、一撃で決めなけれなならない。

力を練り、渾身の攻撃を決めるべく、構えを取る。


マハトは、ザイドの覚悟を肌で感じ取った。これまでよりもさらに強いプレッシャーが放たれ、ザイドが正真正銘の本気であることをビリビリと感じていた。

故に、自らも一撃で応える。龍刀を正面に構え、迎え撃とうとしていた。



「……おっさん、一つ訊いていいか」


マハトは、ザイドにどうしても尋ねたいことがあった。


「憎き相手に声をかけるとはね。なんでしょう?」


ザイドもそれに応じた。


「俺はさ、こうして刃を打ち合わせたららさ、なんとなくあんたがどんな人間か分かるんだよ」


「…………」


「あんたはだよ。少なくとも、俺が小さい時にコテンパンにした、嫌な国の将軍よりはね。多分仲間思いだろうし、大切なこととかを絶対に忘れないヤツなんだと思う」


「はは、そんなことが分かるんですね」


ザイドはかつて共に戦場で過ごした仲間たちの姿を思い出した。

だが______あれは既に捨て去った思い出だ。大切ではあるが、今はもう必要のないものだ。


「だというのに、あんたは俺たちの大切なものを全部奪った。平気で人を殺してる。なんでなんだよ。あんたは、俺たちがどんな気持ちになるか分かるはずだろ?」


ザイドは少年の紡ぐ言葉に耳を傾ける。

マハトの目は純粋だった。そこには確かな怒りと憎しみもあるが、真ん中には確かに、知らないものを知りたいと欲する、子供だけが持つ好奇心の目が在った。


「君もいつかわかる。そうだ、私はあなたの憎きであり、殺すに値するクソ野郎ですとも」


「だったらなんで______」


「でも、。それが例え、どんなに恨まれることであってもね」


「それがあんただって言いたいのか」


「いいえ。これが______だからですよ、少年」



戦士はゆっくりと、少年に語り聞かせるかのように、質問に答えた。



「そうかよ。じゃあ______大人になりたくないな」


マハトは刀により一層力を込めた。黄金のオーラはより荒々しく体を包み込む。


ザイドはより一層、手に握る剣に力を込めた。アルテノの執行者としての全てを、この一撃に込めて。



「少年、名前は」


「……マハト。あんたは」


「ザイドです。すぐに忘れてください」





次の瞬間、洞窟内に嵐が巻き起こる。二人の衝突が、巨大な爆発を引き起こしたのだ。その日、龍神神殿の地下にあった洞窟は陥没することとなる。






___________






これは、遥か昔の話。



「全く、君は相変わらず多メシ喰らいだな」


(当たり前だ。一体どんな理由で、龍たる儂が人間に力を貸す義理がある。儂に何も喰わせずに力を使えるとでも?甘いわ!)


険しい山道を、一人の冒険者と、その腰にぶら下がった一本の刀が歩いていた。



刀はしきりに落ち主の頭に直接声をかけている。


(全く、この程度の山道で根を上げるとは、随分弱ったものよな!少し前までは敵国の兵士を殺して回っていたであろうに)


「それは買い被り過ぎ、というか完全に色々間違えているよ。既に私には君を振るうだけの力は残されていない」


(ふん。一つの国を滅ぼし得る軍勢を、たった一人で壊滅させた者の言葉とは思えんな。儂がそんな手柄を得られたら、忘れるまでの間一生自慢し尽くすであろうよ!)


「それ楽しい?あと、自慢して聞いてあげるの私だけで、結構しんどいからやめてほしいな……」


(なんだとーーー!)



二人(?)はそのような軽快な会話を交わしながら、険しい道を______いつしか冒険者の故郷である龍の里にたどり着いた。





龍の里に戻ってからは、里の外れにある小屋を借りて、ひっそりと生活を始めた。王都に出てから既に十数年の年月が経過していたため、それなりの生活力は身につけている。里の人々にお土産として渡した貴重な品々を担保に食べ物や生活用品を届けてもらえるようになったその冒険者は、たまに里の人々の手助けをしたり、衛士たちに戦い方を教えたりしながら、趣味の料理を嗜んでいた。



(最近はすっかり儂を放っておくことが増えたな。そろそろ腕が鈍ったのではないか?)


「まさか。君のせいで、嫌でも鈍れない腕になってしまったよ。今でも、包丁を持ったらそのまま家ごと壊しそうで怖い」


今日作ったのは食用魔獣の「バルデル・ブル」で作ったシチューだ。里の定番の家庭料理である。幼い頃に何度も味わった。懐かしの味である。


「美味い!やっぱり、故郷の味に限るね」


(分からん。儂には「故郷」という概念が無い故、そんな味は知らんな)


「……逆にどんな味なら知ってるの?」


(ふむ。殺意にまみれた味とか、命懸けの味とか、闘志がみなぎる味とかかのう)


「こっわ。そんなこと考えながら一緒に戦ってたの?」


(儂は喰うことと尊敬されること以外、考えとらん。お主らは生きにくそうじゃの。考えるべきことが多すぎる)


「へ、へぇ……。使い始めて随分と経つけど、未だに得体が知れないなぁ……」





それからも、刀と冒険者の会話は続いた。


「今日はちょっと体調が悪い〜」


(おいふざけるな。体調が悪い時の味は最悪だぞ。今すぐに寝て体を癒すがいい。起きてフラフラするな)


「いや〜、でもずっと寝るのは無理じゃん?本でも読んでゆっくりするよ」


(ば、ばかもん!体調が悪くて、おまけに読書だと?!余計な知識を吸収している最中は味がめちゃくちゃになる!ただでさえまずいというのに、余計なことを___)


「さてと、今日は一気読みしますかね」


(やめろーーー!)


それから刀からの語りかけは途絶えて(途中、苦しそうにする声は聞こえた)、次の日になって体調が回復するまで、刀は意識を失っていた。


(不味過ぎて死ぬかと思ったぞ。ここまで生きてきて死ぬようなことはほとんどなかったが、昨日は本当に覚悟したわい)


「そんなに不味かったの?」


(貴様、次あんなことをしたら今後寝る時に永遠に恨言を吐き続けてやるぞ)


「へーい」





___________





その日、冒険者は一日中ベットにいた。


(……ずーっと横になりおって。お主らしくもないな)


「あはは、昨日無理しちゃったのかな。ちょっと今日は疲れたよ」


冒険者の家は、綺麗に片付けられていた。いつも使っていたキッチンには、もう何の食材も置いていない。



「気を遣わないでくれて嬉しいよ」


(抜かせ。儂に気を遣わせるなど1万年早いわ)


「そうかい」


(流石に分かったおるぞ。お主、じゃな?)



冒険者の容貌は、かつてと変わりのない若々しさを保っている。しかし、刀は使い手と魂を共有しているため、分かってしまう。既にの中身は、朽ちかけた植物のように枯れ果てていた。



「いや〜、このシチュエーションでそれを言っちゃうか。このまましんみりとした空気で終わらせて欲しかったんだけどな」


(その気分になるな。それでは飯が不味くなる)


「あはは。君はこんな時でも多メシ喰らいだね」



刀は、周囲の生き物の生命力を喰らい続ける。刀は凄まじいほどの多メシ喰らいであるため、無差別に周囲の生命を喰べてしまう。故に、持ち主は自分だけを喰わせ続けるよう努めなければならない。だが、既に彼女の生命力は限界にあった。そうなってしまうと、空腹に感じる刀が、自分以外の生命を喰ってしまうかもしれない。それで里の人に危害が及ぶのは、なんとしても避けなければならなかった。


「でもさ、もう私は対して美味しくもないはずなんだよね。だというのに、なんで未だに私についてきてくれるのかな?」


(何、まだ一番美味しいものをもらっていないのでな。その時までは付き合ってやろう)


「なるほどー。それじゃあ、何考えてようかな。君が美味しいと感じることを考えながら、今日を過ごそうか」



それから、彼女はこれまでにあった様々な出来事を刀と語り合った。

戦いの出来事、日常の何気ない出来事、面白おかしい出来事、悲しみを覚えた出来事、趣味の出来事、痛快な出来事、懐かしい出来事を語り合った。


彼女にとって、その時間は何よりも尊い時間であった。





「はは、楽しかったね。こんなに誰かに語るのは久しぶりだ」


彼女は満足したように顔を綻ばせた。

だが、刀は問いかけるべき問を持っていた。


(貴様は、いいのか?)


「……?何が?」


(貴様が死ぬのは、儂のせいだ)


「…………」


そう、分かりきっていたことだ。だが、いつか必ず相対しなければならないはずの、厳然たる事実の話である。


(貴様は儂によって、本来なら倍以上生きられたはずの寿命を失う。それだけではないな。これまで戦い続けたことで、得られたはずのものを得られなかっただろう。貴様には、他の生き方もありえたはずだ)


「……………………」


(最初から儂を握らずに、引き返してこの里で暮らす道もあった。あるいは、途中で儂を投げ出して、人の世で人並みに生きる方法もあった。他の人間と契りを結び、子をこさえて、母として生きる道もあったのだぞ?)


刀は、これまでとはうってかわった口調で、触れてこなかった事実を彼女に伝える。


(だというのに、なぜ貴様は儂を憎まぬ。何故、最後の最後まで、儂を側に置いたのだ?)


決して触れてこなかった、確信に迫る質問。刀はこの時、自分に顔というものがあったら、一体どんな表情をするのか想像できなかった。

自分は生まれながらにしての絶対強者であり、死ぬとか生きるとかの弱い生命の話など、全く気にしていなかったからだ。だからこそ、自分を使いこなし、強者として生きつつも、死に向かっている己の友に、最後にするべき質問として今の質問を選んだのである。


「ふっ、あはは!君がそんなことを気にするなんて、私もいよいよシリアスにならざるを得ないのかな?」


(……せっかく整えた空気が台無しじゃのう……損した気分じゃわい……)


「あー待って待って。大丈夫、ちゃんと答えるから」


そして、彼女は寝ていた体を起こし、刀を持ち上げた。顔にかかった長い麦色の髪を払い除け、彼女はそっと刀に触れながら、答えを口にした。





______答えを聞き終えた後、刀は笑った。


(ハハッ。なるほど、貴様は変わっていないのだな)


「お褒めに預かり光栄だよ」



そうして、いよいよその時がやってくる。


彼女はベッドに横たわり、静かに刀に触れて語りかけた。



「ありがとう、私の相棒。これまで何度も、君に助けられた」



そして、刀はゆっくりと、これまでにない穏やかな口調で、彼女に語りかけた。

父のように、祖父のように、そして、唯一無二の相棒として。



(例を言おう、我が友よ。の旅と思いは、実に甘美であった)



既に彼女の体は動いていない。心臓の動きも、呼吸も、ゆったりと終わりへと向かっていた。



(儂はこれから先も、また何度もそなたのような者の刀となり、使われていくであろう。また甘美な味を楽しめることになるだろうな。だが___そなたのことは忘れないでいてやろう)



そうして、彼女は手を刀に添えた。



「良かった。これからの君に、甘美な味の在らんことを」



そう言って______彼女の一生は終わりを迎えた。


彼女は刀の力によって半ば老化が止まっていたため、骸となってもしばらくは彼女の美しさは保たれたままだった。美しい麦色の瞳を閉じ、長い麦色の髪によって彩られた彼女の姿を目に焼き付け、刀は沈黙した。


そして最後に、どこにも届かぬ声を出した。



(……最後の一滴。誠に完備であった。いつかどこかで___また会おう)



そうして、刀は眠りについた。





それから、どれくらいの時間が経っただろう。気づけば彼は、どことも知れぬ場所の石の中に埋まっていた。よく分からない状況であったが、外を見ると大勢の人間が自分のことを「龍神様」と祀っていたので、嫌な気持ちにはならず、そのまま居心地のいい場所としてそこにい続けることにした。


だが、彼は忘れていない。いつか旅した彼女が味わわせてくれた味を、今でも覚えている。


いつかまた来るであろう、「彼女」と同様の存在がやってくるまで、しばらくはこの味で我慢してやろう、そう考えていた。





かくして____「龍刀」と呼ばれる刀は、現代の成龍者マハトの手に渡った。


刀を握った彼がどんな運命を辿るかは、また別の話である。





___________





嵐が鎮まった後、ザイドは魔神武装を解き、ゆっくりと地面に座った。


ザイドは胴体を深く抉り切られていた。手にしていた剣は既に砕かれている。

回復することも不可能ではないが、既にザイドはそれをする気力を失っていた。


マハトは、手に残る痺れをひしひしと感じながら。ザイドの側に立った。



「あんたの負けだ」


「やれやれ、才能とは本当に理不尽ですね」


ザイドに残された時間はもう既に少ない。だからこそ、マハトは今のうちにやるべきことをやろうと思った。



「最後に、あんたが負けた理由を教えてやるよ」


「…………?」


戦いで負ける理由。そんなものは負けた方が弱かったか、愚かだったかのどちらかしかないはずだ。自分はおそらく、この少年よりも弱かったのだ。だから、負けた。実にシンプルな戦いだと思っていたのだが。



「あんたはいいヤツのはずだった。なのに、最後の最後、俺を殺すと決めた時に、いいヤツであることを捨ててしまった。あんたが大切にしていたものまで、戦いに必要ないっていって捨ててしまったんだ」


「はっ、なぜそんなものが戦いに必要だというのか……」


「俺があんたに勝てたのは、俺が俺でいれたからだ。上で戦ってる時の俺は、ただあんたらを殺すことだけ考えてた。たくさん殺されたから、たくさん殺した。シンプルだよな。でも、それじゃああんたには勝てなかった」


「…………」


「俺は最後の瞬間、もっと幼い時に習った刀の素振りを試してみたんだ。そうしたら、あんたを打ち砕けた。俺はもっと早くに、俺を作ってくれたものを思い出すべきだったんだろうな」


「……はっ、最後のあれですら、素振りだったというのか……」


「正念場で俺を作ってくれたものを思い出せた俺と、自分を作ったものを捨ててしまったアンタ。それが、あんたが負けた理由だよ」



そうだ。魔神武装などならず、より強くなるマハトから一旦手を引いていれば、勝ち目はなくとも生き延びれるチャンスはあった。

自分はのために戦うことを選んだ。そのために______かつて仲間達に厳命していたことを、自分で破ってしまったのか。



「……くくっ、あははははは!」


ザイドは愉快な気持ちになった。

こんなに愉快な気持ちになったのは、いつ以来だろうか。


子供に諭される自分が、大切なことを忘れてしまった自分が、愚かな自分が、滑稽に思えてしまったのだ。



「……いいこと話した後に申し訳ないんだけどさ」


マハトは刀を振りかざした。


「アンタはちゃんとここで殺すよ。一応憎い敵だし、万が一回復されても困るからね。ちゃんとこの手で殺して______一生覚えておいてやるよ」


「光栄だよ。______



マハトは、ザイドの首を刎ね飛ばした。





___________





マハトは洞窟から出ようとしたが、崩落してしまった洞窟から這い上がることは難しそうだった。洞窟には道らしきものもなく、行く宛がない。


だが、それ以上に、龍刀から注がれ続ける膨大なエネルギーが身を引き裂きそうになる。


「ぐうっ、おおおおおおおおおおお!」


気合いでなんとかエネルギーを抑え込もうとするが、全く勢いが衰えない。


「おい龍刀!なんとかしろ!」


(儂にはどうにもできん)


「俺の生命力食うのやめりゃいいんじゃねぇかよ!」


(いや、それも無理だ。儂の食事は、儂の意思とは関係なく継続的に行われるのでな)


「じゃあこれどうすうんだよ!もう気合が持たねぇ!」



そうこうしている内に、マハトを覆うエネルギーは稲妻を発し、さらに力強いものへと変わっていた。


(ふむ、いかんな。このままではお主、破裂するぞ)


「ふざけんな!まだ死ねねぇよ!まだ______まだナリミがいるんだ!」





「マハトーーーーーーーーー!!!!!!!!」





ナリミが、ぽっかりと空いた神殿の穴から、こちらを見下ろしていた。よく見ると、ナリミは泣いていた。ぽたぽたと、涙がマハトの側に落ちている。


(何してんだ。ナリミを泣かせちゃダメだろ)


マハトは、ナリミを見て徐々に気持ちを落ち着かせた。

すると、段々と漲っていたエネルギーが落ち着いたものへと変わっていく。


(そうだ。コツを掴んだな)


「コツ?」


(儂が好むのは、強く荒々しい力だ。故に、怒りや闘争心に滾った状態で最も力があふれることになる。逆に落ち着き、冷静でいれば、儂との繋がりは緩やかなものになる。さすれば、なんとか儂の力を使いこなせるぞ)


「クソが、最初から言えよ」


張り裂けそうになっていた体は、ようやく落ち着きを取り戻した。



「さて」


帰ろう。ナリミの元へ。





マハトは、なんとか洞窟の出口を探し、ナリミと合流した。

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