第4話 龍刀使いのマハト④


「___あ」



気付いた時には斬られていた。俺は胸をヤツの剣によって引き裂かれたことを、瞬時に悟った。

間髪入れずに反撃したかったが、もう体が追いついてこない。斬られた後、俺はガクガクを体を痙攣させながら、倒れ伏し、そのまま意識を失った。


ドタリ、と血飛沫を上げながら倒れるマハト。ザイドは蹴りを止めた左腕をだらんと下げながら、マハトを見下ろした。


「素晴らしい。こんな少年が、ここまで私を本気にさせるとは、ね」


ザイドの左腕はボロボロになっていた。何度もマハトの蹴りを防御したことによって、既に骨もズタズタの状態になっている。ザイドほどの強者がここまでの手傷を負うことは滅多にない。王国の最上級将軍と戦った時も、ここまでの傷は負わなかった。


「だが、彼ももうこれで終わり。成龍者の芽は、ここで摘み取れました、と」


マハトは既に意識を失っている。出血量も尋常ではなく、このままではすぐに失血死するだろう。いくら強靭な肉体を持つといっても、強力な霊装に切り裂かれては無意味だ。


(部下を多数失いましたが、まだ何人か手勢がいるはずですね。さっさと『龍刀』を回収して撤収しましょう)


そのままマハトには目も向けずに立ち去るザイド。立ち去る際に、チラリとナリミの姿が目に入った。


「おや、偽物の成龍者のお嬢さんではないですか。なぜこんなところに?」


ナリミは立ち上がり、短刀を構えた。斬られたマハトを見て、ナリミは思考が止まっている。

もう嫌だ、何も見たくない、もうこんな辛い思いは嫌だ___そんな思いがナリミの心を突き抜ける。

でも___ここで自分が倒れれば、マハトは一体なんのために戦ったのか。自分には、彼の戦いを無意味にしない義務があると、ナリミは思考の片隅で考えていた。故に、立ち上がり、何もできずとも、せめて睨みつける。


「どうして」


「ん?」


「どうして、里のみんなを殺したの……?」


「……あぁ、そういえば言ってませんでしたっけ」


「どうして、あなた達はそこまでして私たちを傷つけるの?里の人たちが、悪いことをしたっていうの?」


ナリミは怒っていた。だが、ここで全てを捨てて目の前の白い男に切りかかっても意味がないことも理解していた。

だからこそ、今はただひたすらに問う。何も分からず、ただのか弱い少女として死ぬなんて嫌だ。


でも___


「やれやれ、根深い人間同士の恨みつらみを説明するのってだるいですね。あなたもこの少年も、このまま生かしてたら私に対して、私と同じようなことを思うのでしょうね」


「……?」


「何も知らないようですね。ここの里の古臭さは筋金入りだ」


そういうなり、ザイドはゆっくりと広間の中央に置かれている龍の石像に近づいた。


「あなたも知っての通り、成龍式は龍の里の選ばれし子供を、王国に派遣する儀式です。あなたは王国に行ったら何をするのか、聞かされていますか?」


「……力ある龍の民として、災いが降りかかる王国を助ける職務を担う。そうとだけ___」


「ふむ。間違いではない。確かに成龍式の対象者、成龍者に求められることは王国を助けることです。しかし、おそらくあなたの考えているものとは大きく異なるやり方だ」


「……なんですって?」


「助ける、聞こえはいいですが、その実それは王国を脅かす存在を打ち倒すこと。すなわち、王国の敵である、我らアルテノや外に広がる敵国の者たちのことです」


ナリミはザイドの話を聞きながら、少しづつ過去に学んだことの答え合わせをするかのように、話と話のパズルが噛み合うかのような感覚を覚えた。



「絶大な身体能力、もといを誇る成龍者の役割。それは救済の天使となることではなく、敵を滅し、敵の血で自らの道を肥やす___いわば殺戮の天使となることです。強大な王国最強の戦力として、こそが、成龍者に与えられた役割ですよ」



ナリミはスーッと、血の気が引いていた。

前々から、何となく考えていたことではあったのだ。何故、王国は龍の民を求めるのか。自分がこれから何をするべきなのか、自分はこれから何をさせられるのか、ずっと不安に思っていたことはあった。


歴史の文献では、王国は絶えず様々な国や敵対組織と戦争を続けている。だが、一度も王国が存亡に危機に立たされたことはないのだ。外の国ではいつも国が数百年単位で滅んでは新しく生まれ変わるを繰り返しているが、アルセル王国は1000年以上も、特に大きな混乱もなく続いている。


___本当に、そんなことが可能なのだろうか?どれだけ屈強な軍事力を持っていたとしても、多くの戦乱、さらには民衆の不満や権力闘争によって国は徐々に衰退していくのが常だ。長きジストゥーラ大陸の歴史を見ても、国の滅びに例外はなかった。


そう、アルセル王国以外は。


もし、その原因に、龍の里が関わっているとしたら?

もし、「成龍者」によって、ザイドの言うように国に仇なす全ての存在が葬られているとしたら?


龍の里の価値は、王国にとって計りしれないものとなる。



「……そのために、私は王国に呼ばれていたというの

……?」


「ん?」


「私は、兵士として敵を殺すために、王国に呼ばれたとでもいうの……?」


ナリミは、今すぐにでもマハトに駆け寄り、彼の傷を癒してあげたかった。傷を治すための霊装を胸にしまってある。これがあれば、致命傷に近い傷でも癒すことができるだろう。そのためには、まずはこの白スーツの男を、なんとしても遠ざけねばならない。慎重に言葉を紡ぐ。



「あー……あなたは偽物でしたね」


「……?」


「本物の成龍者は彼です。数十年に一人生まれる、龍の民きっての特異体質者。霊装なしで私と渡り合ったんです。間違いないでしょう」


…………。


ナリミは俯いたまま、冷静に事実を分析していた。


「……おや、自分が偽物であることを知らされて、もっと動揺するかと思いましたが」


「ナメないで。こんなの驚かないわよ。私はずっと分かってた。選ばれるべきは、本当はマハトだったって。マハトこそが、成龍者にふさわしいって」


「ほう」


ナリミは腰にぶら下げた霊装に手をかける。


「ふむ、やめておいた方が得ですよ。この少年より遥かに弱いあなたでは、私に近づくことすらできない」


「かもね。でも、偽物なりに、貫き通したいものがあるのよ。それにね___もう私は命をかけるのが怖くないわ。もう、


ナリミは短刀型の霊装を構える。長年里の中で祀られてきた霊装の一つであるそれは、等級にして銀級シルバーランクを超える。ザイドの白いスーツ型の防御霊装の傷のできた部分に刺せば、ザイドにも致命傷を与えることができるだろう。



ナリミが動く。マハトに比べれば大分遅い動きではあるが、それでもアルテノの並の兵士に比べれば断然早い動きだ。ザイドはその動きを見て感心していた。


(なるほど。龍の民を皆殺しにしたのは間違いだったかもしれませんね。生捕りにして洗脳し、強力な傀儡兵にでもすればよかった)


だが、それでもザイドから見れば児戯にも等しい動きだ。ナリミが飛び掛かり短刀を刺そうと迫るが、ザイドは軽いステップでそれをかわす。


だが、ナリミの狙いはそれにあった。

ナリミはポケットから黒い包みを取り出し、それを地面に投げつけた。ボンッ、という音と共に、黒い煙幕が立ち込める。


「ほう、煙幕ですか」


煙幕が立ちこめれば、一瞬で視界を奪われる。さらにこの煙幕は特殊であり、煙幕の中にいると音・匂いも感じ取れなくなってしまうのだ。煙幕の煙をもろに被ったザイドは、一瞬にして感覚を損なわれた感覚を覚える。


(なるほど、龍の里のものたちが狩りをする際に使う煙幕、ですか。感覚ごと持っていかれるとは、随分といい代物ですね)


その隙に、ナリミはマハトに駆け寄った。


(マハト、今助けるから___死なないで!)


マハトは既に完全に意識を失っていた。出血量も尋常ではなく、斬撃によって剥き出しになった体の内側から、絶えず血が溢れ続けている。それでも微かに呼吸が続いているのは、単にマハトの常識はずれの生命力によるものだろう。

胸ポケットに入っていた、回復用の霊装を取り出す。液状になっているそれは、傷ついた部分に垂らすことによって、飛躍的に治癒能力を高めるものだ。本来であれば、ここまでの傷はもはや癒えることはないのだが、霊装の力により、生命としての限界を超えた、もはや再生能力と呼べるものにまで治癒能力を底上げするのだ。


マハトの容体は急がねば手遅れになる可能性があった。素早く取り出し、液をマハトの傷口に垂らす___



突如飛んできた金属の欠片により、その動きは中断されることになる。ナリミの手に、破損した剣の欠片が深々と突き刺さった。


「あ、ああああぁぁぁぁっっっっ!!!!」


あまりの痛さに、手にしていた液状の霊装を放してしまう。霊装の液体は、無惨にもそのまま地面に溢れてしまった。


「あ、ああぁぁ……!」


「やれやれ、歴戦の戦士をこの程度の煙幕で止められると思うなんて、本当に詰めが甘い」


煙幕を剣で振り払い、中から何ともなさそうなザイドが現れる。


「どう、して……」


「当たり前です。長年戦場を駆け巡ってきた私が、いわゆる第6感を持っていないわけがないでしょう。何も見えず、何も聞こえず、何も臭わない。そんな中でも、あなたと、今にも死にかけているその少年の命は感じることができましたとも。あなたがどんな行動を取ろうとしていたのかも含めてね」


「くっ……!」


精一杯ザイドを睨みつけ、ナリミは左手に持っていた短刀をザイドに投げつけた。だがそれも虚しく、ザイドの手に簡単にキャッチされてしまう。


「終わりです。あなたを含めた龍の民は、ここで終わる。我らがアルテノの脅威の蕾は、ここで摘み取ります」


ザイドが剣をかざす。

ああ、私死ぬんだ___ナリミは痛みによって逆に冴え渡った頭でそんなことを考えていた。チラリと、マハトを見る。


(…………)


いつか。


そう、いつか、どこかで。


また、マハトに会いたい。


そう思った刹那、ナリミの体をザイドの剣が貫いた。



「がっ、は」



心臓まで貫かれたナリミの体は、そのまま全ての活動を終えて、マハトの横に倒れ伏した。



「やれやれ、これで面倒な一仕事も終わりだ」



ザイドは剣に付着した血を払うと、そのまま広間の中央にあった石像に近づいた。


ザイドの研ぎ澄まされた感覚が、この石像がやばいことを告げていた。間違いない、



「さて、最後の大仕事だ」



ナリミの体から抜けていく血の溜まりを踏み締め、ザイドは石像を剣で砕いた。





___________





暗く、深い、どこともしれぬ場所にて。



マハトは、目の前に得体のしれない大きなものがあるのを感じていた。



(…………?どこだ、ここ?)


周りを見渡しても、一面の暗闇。上も下も、右も左もない世界。

体を動かそうにも、体っぽいものがない。目だけがあって、それ以外の体の部分全てが抜け切ってしまったかのようであった。


(俺、そういえば……)


自分は、ザイドという強い人間と戦っていた。そして___


(斬られた。もう動けなくなっていたから、多分死んだのかな?)


体はないのに、なぜか斬られた時の凄絶な痛みは、今でも覚えている。生涯で、あれより痛いのは初めてだったと思う。


(…………あれ?じゃあなんで俺まだ生きてるんだ?)


既に死んでいるなら、考えることすらできないはずだ。だが、自分は今、確かに考え、そして生きている。どういうことだ。





「小僧、よくもまぁ、儂の眼前でこんなひどい戦いをしてくれたな」


「うべっ!」


突如、耳元に響いた、まるで地獄の底から響いてきたかのような声。いきなり耳に響くものなので、思わず変な声を出してしまった。


「ええっと、どちら様?てか、どこ?」


おそるおそ、何も見えない暗闇に問いかけてみる。すると、背後からまたあの声が聞こえた。


「ここだ」


振り返ると、失神ものの光景がそこにはあった。


丈が人間の数倍、どころではない。まさに果てのない長い体を持つ、巨大で黒い「龍」が、そこにはいた。龍は伝説の御伽噺に出てくるような姿のそのままであり、巨大な鱗に体を覆われている。そして、その巨大な顎門と目はこちらに向けられていた。比喩ではなく、今すぐにでも食べられそうなほど、その龍の姿は圧巻であった。


「……ええっと、あなたが、龍神様、ですか……」


恐る恐る、龍に質問を投げかける。ビビりすぎて、使わなくなっていた敬語を使うようになってしまった。


「フンッ!神殿にも訪れていない不埒者めが!よくもまぁ、そんな慇懃無礼なことをできたものよ。覚悟はできておろうな!」


「ひいぃぃぃッッッ……!思ってたより怖ぇな……」


龍の言っている「不埒者」という言葉には覚えがありすぎるため、一周回って反省する気にもなれない。このまま食べられるのであれば、苦しめずに楽に食べて欲しかったなぁ___。と、そんなことを考えていたのだが。


「えっとぉ……龍神さまって話せるんですね。初めて知りました……」


「儂と話せる者など、もう300年は現れておらんわい。お主を叱るついでに、少しでしゃばってしまったわい」


「……はぁ」


なんだか、思ってたのと違った。あの古臭い里の大人たちに祀られていた存在なので、余程しきたりとかに厳しい存在で、無礼なことをした瞬間龍の息吹をかけられて殺されるものかと思っていたのだが。

目の前にいる大きくて黒い龍は、確かに威厳こそすごいが、それでも恐れを抱くような、近寄り難い存在ではなかった。


「なんていうか、その、龍神様ならもっと怖いのかなぁって思いましたけど、意外とそうでもないですね。話しやすいっていうか、なんていうか……」


「ほう、小僧。儂をまるで人間のように言うのだな。馬鹿にしておるのか?」


やばい。ナメてることがバレてしまう。


「いやいや!そう言うわけではなくて!龍神さまって言うから、どんなに怖くて恐ろしい存在なのかなって思っていたら、ちゃんと会話もできるし、ちゃんと喜怒哀楽もある。龍神様も、意外と話がわかりそうな方だなぁと。あはは……」


「バカを言え。龍と人は、そこまで遠い存在ではない。儂を祭り上げているのは構わんが、まるで儂を空の上の存在のように言うのは違うがな」


「……そういうものですか?」


意外だった。てっきり、もっと忠誠心を!とか、貢ぎ物を!とかうるさいのかと思っていたが、この龍はそんなことはなかった。


「そうだ。儂も儂とて、1000年前にこの国の成り立ちに関わった。人の友と共にな」


「……!」


「以来、儂は人に祀られ、人を守る存在となった。儂は眠りにつき、こうして一部のものたちに祀られ、されるがままに生き___そして、時折この国に力を貸した」


「力を貸す?どうやってそんなことを?」


「お主じゃよ。マハトよ」


「へ?」


国に力を貸す。それになぜ自分が名前を呼ばれるのか、全く心当たりがなかった。


「里の者どもには"成龍者"などと呼ばれておったそうだがな。たまに生まれてくる、儂と適合する強靭な魂を持った戦士。それがお主じゃ」


「え、待ってくださいよ。"成龍者"はナリミじゃ___」


「その娘は偽物じゃよ。全く、どこのどいつじゃ。里の者どもに、がおる」


「______!」


「お主、心当たりはないのか?お主を隠そうとしていた者の存在を」


「…………」


心当たりなんて、ない。俺は、これまでずっと、本気でナリミこそが選ばれた者なのだと思っていた。自分なんかよりも、遥かに器用で、優しくて、そして強い心を持っていたナリミこそが、選ばれし者なのだと。

確かに、自分は人よりもそれなりに動ける方であった。だがそれは何も特別な生まれによるものではなく、ただ自分の才能がそこそこあっただけだと思っていた。


だからこそ、里の者たちがナリミを特別視していたことには何の疑問も抱いていなかった。自分を特別視する存在など誰もおらず、誰もがナリミだけを特別な存在だと思っていたのだ。それが、当然であるべきで____


「いや、まさかな」


違う。一人だけいた。自分にも、ナリミと同等の扱いをしてくれた人がいた。自分にもナリミにも、等しく愛情を注いでいた者がいた。自分に、何よりも大事なことを教えてくれた人___



「バーゼルさん?」



ふと、その名前が溢れた。今思えば、彼はよく人前でナリミの自慢をしていた。霊装の扱いが上手いとか、狩りに出ても男顔負けだとか、よくそんな話を里の有力者の前で話していた。

幼い俺は、いつもナリミばかりが褒められることに妬いていた。それから、段々と人前に出ることが減り、里の大人たちも嫌いになったのだ。


だが、家にいて他の大人たちがいない場所では、バーゼルは俺にナリミと同等の愛情を注いでくれた、実の子供でもないというのに。今でも、俺が崖に落ちそうになった時のバーゼルの慌てた顔、俺が怪我をした時のバーゼルの悲しむ顔、俺が狩りを成功させた時の嬉しそうな顔を覚えている。そこには確かな、親としての愛情があった。


もし、だ。

もしバーゼルが、、俺を隠そうとしていたのであれば___


「ふむ、その名の者が、何かを知っているのかもしれんな」


龍は、相変わらず威厳たっぷりの姿でこちらを見ている。


「……でも、その人は死んでしまったんだ。ある日、魔獣に襲われて、そのまま」


そうだ。彼が死んだことは間違いない。今でも、冷たくなったバーゼルの手を握ったことが忘れられない。その傍で泣くナリミの姿は、忘れていない。


「ふむ、貴様はその者が死んだ瞬間を見たのか?」


「……え?」


「お主は、その者の死体が朽ち、無くなっていく様を見たのか?」


「…………」


見ていない。

通常、里では人が亡くなったら土葬にする。龍神様に頂いた命を、大地に還すためなんだそうだ。葬儀が行われた後は、死体を墓地のある場所まで運び。親族の手で土に埋めるのである。


だが、残された家族である俺とナリミは「まだ子供だから」という理由で、埋めるところは見せられなかった。


___その理由は、本当に「子供だから」なのだろうか?



「……………………!!!」


俺は真っ直ぐに龍の瞳を見つめた。


「俺、行かないと」


「ほう、どこにだ?」


「探しに___バーゼルさんを、探しに」


ずっと空っぽで、何も目標がなかった俺の心に、今確かに炎が灯された。


「その者は死んだのであろう?ならば、ただの徒労に終わるかもしれんぞ?」


「それでもいい。一生をかけてでも、俺は、俺が何者なのかを突き止めていく。それが___俺にできる、最初で最後の使命だ」



気づけば、暗闇の中にあった俺の体は、目だけでなく、手も足も取り戻していた。俺は、少しづつ、黒い龍へと歩を進める。



「そうか。だが、そうも言ってられんな」


「ああ。まずは、あいつを殺さないと」


「その前にすべきことがあろう」


「___ああ、そうだ」


いつの間にか、俺の中から恐怖は消えていた。龍に抱いた恐怖も、強い男に抱いた恐怖も、里の民達の死を目の当たりにした恐怖も、消えていた。

自分の過去への不安も、自分の未来への不安も、今この場では何も要らない。

俺は、必要なものを選ばねば。





「俺は、ナリミを助ける_____絶対に!!!!!」





かくして____時代を作りし怪物が目を覚ます。


正真正銘の"成龍者"が、確固たる意志を持って立ち上がったのだ。





___________





ザイドは剣で薙ぎ払った石像の中から出てきた、ボロボロの刀を目にした。


(……これが伝説の黒級ブラックランク霊装『龍刀』ですか)


龍刀の伝説には、枚挙にいとまがない。一振りで谷を生み出しただとか、山を無くしただとか、海を割って道を作っただとかの荒唐無稽な話ばかりである。


だが、それは決して無視していい話ではない。実際、黒級ブラックランクの霊装を目にしたことのあるザイドは、その恐ろしさをよく知っている。


だからこそ、ボロボロの刀と侮らず、慎重に手に取ろうとした。



その時であった。






「______〜〜〜〜〜〜〜っっっっっっっっっ!!!!!」


ザイドは、自身の感覚が最大限のサイレンを鳴らしていることに気づく。背後から湧き上がる得体の知れない感覚から距離を取るために、飛び上がって一気に広間の隅に寄った。


(一体、なんだ……!私が怖気を感じるなど……!)


そっと振り返ると、そこにはボロボロの刀と、血の海に倒れる少女。


そして___血を流しながらも立ち上がる、恐るべき少年がいた。



「…………あり得ない。あの傷で、まだ動けるのか……?金級ゴールドランクのガノンの斬撃だぞ……!」


ザイドの持つ霊装、夕黄剣ガノンは非常に強力な呪いを帯びた剣である。少しでも擦れば、そこから呪いが侵食し、幻獣すら殺しうる猛毒になるのだ。その斬撃をもろにくらい、人間が命を保つなど、到底不可能である。


だが、この日ザイドが相対したのは、ただの人間ではない。

正真正銘の怪物。


"成龍者"マハトであった。




マハトはゆらりと立ち上がり、近くにおいてあった刀に手を伸ばした。刀は驚くほど手に馴染み、ごく自然に持ち上げることに成功した。


その瞬間、刀が眩い光を発した。黄金よりも煌びやかに輝く光が刀と、そして持ち主であるマハトの体を包み込む。


やがて光が収まった時。刀はすすけたボロボロの姿ではなく、黄金の輝きを放つ刀として。そして持ち手であるマハトは、先ほどまでの傷が嘘かのように、完全に癒えた姿で、刀を構えていた。



「______!!!!」



「悪いなおっさん。ちょっとだけ待っててくれ。まだやることがある」


そう言って、マハトはナリミに近づいた。

ナリミは既に心臓が止まっていた。マハトほど丈夫でもない体は軽く、今にも消えてしまいそうである。


「……待ってろナリミ。今助ける」


そうしてマハトは、刀の先端をナリミの傷口へと当てた。すると、先程の眩い光がナリミの傷口へと注ぎ込まれる。光がナリミの全身を覆い___わずかに、ナリミが呼吸を始めた。


「くっ…………!」


ザイドはそれを阻止すべく、近くにあった壊れた霊装の破片を投げつけた。壊れているとはいえ、ザイドの膂力でそれを投げれば、魔獣を仕留める攻撃になりうる。


だが、マハトはこの攻撃を完全に読んでいたかの如く、刀を持たない手で攻撃を


「…………!」


マハトは何事もなかったかのように、ナリミに光を注ぎ終えた。既にナリミの傷口は塞がっており、顔色も生気のある色に戻っていた。


そして、マハトはザイドと相対する。


「あんたとの戦いは楽しかった。でも、俺にはやらないといけないことがある」


「はは、そうだな。君は、私への復讐の続きだったね」


ザイドは面食らったが、それでも冷静さを崩さない。

過去に相対した恐るべき者たちに比べれば、この少年はなんということはない。少なくとも、この少年ではには到底及ばない。


だが、少しでも禍根はなくしておくべきだ。






「そうだな。____ここであんたは殺す」


「できるものならやってみろ___成龍者!」





二人の強者が地を蹴り、強力な武器を携えて衝突した。

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