第3話 龍刀使いのマハト③


神殿についたザイドは、神殿の放つ異様な気配に圧倒されていた。



「……やれやれ、こんなにも濃密な気配を漂わせているとはね」


「ザイド様、やはり霊装は見つかりません。検知器の異常もないので、本当にここにないのかと___」


「いや、ちゃんとここにありますよ」


「え?」


「いやはや、恐れ入る。霊装の放つエネルギーを観測する検知器がエラーを起こすほどのものとはね。流石は黒級ブラックランクというところでしょうか」


「ザイド様?エラーとはどういう___」


「あなた方はどうやら感じないようですね。この神殿に満ちる、濃すぎるくらいの濃密な神気を」


ザイドは相当の実力者である。単独での戦闘力であれば、王国軍の上級将軍を上回り、最上級将軍にすら匹敵する。故に、神殿に満ちる異様な気配を感じることができたのだ。


そして、これらの気配が、自分たちを拒絶していることも感じ取れた。


「なるほど。どうやら、龍の民、その中でも選ばれし『成龍者』にしか使えないと言うのは本当らしい」


そしてザイドは、その霊装がどこにあるのかも目星が立っていた。


「何はともあれ、運び出しますよ。使うことは出来ずとも、奪って研究すれば、相応の結果が得られるでしょうから」


そうして部下達に命じ、霊装を取り出そうとした時だった。



部下の一人が、ものすごい形相で走ってきたのだ


「ザイド様!大変です!里の生き残りと思わしき者が、侵入してきました」


「……それがどうしたのです。とりあえず銃を撃てば殺せるでしょうに」


「それが、完全武装した17名が一瞬で刀で斬られたのです!只者ではありません、すぐに迎撃を___」


次の瞬間、ザイドの前方、部下の背後から飛来した剣が、報告してきた部下の背中に刺さった。余程の勢いで飛ばしたのだろう。刺された部下はそのまま剣もろとも神殿の壁へと突き刺さり、そのままピタリと動きを止めた。


ザイドは間一髪でそれをかわした。


神殿内の広間への道から姿を表したのは、返り血に染まったマハトだった。



「……なるほど、彼が『成龍者』ですか。どうりで、あんなに弱い少女が選ばれるはずがないと思いましたよ」


ザイドは冷静に状況を分析する。自分が相対した龍の民は、身体能力こそ高かったが、全く戦い慣れておらず、武器の使い方もチグハグであった。故に、武装をすれば一般の人間でも龍の民など恐るるに足らなかったのだが、血に塗れたマハトを見て確信した。


アルセル王国が求める「成龍者」。聞いた話では、数十年に一人生まれる、龍の里きっての特異体質者。1000年前から受け継がれてきた「龍の因子」を一身に背負って生まれてきた、選ばれし龍の子。それが今自分たちの目の前に立ちはだかる少年なのだと。


ならば、彼を生捕にすれば、『龍刀』並の成果となるだろう。


「全員、霊装を構えなさい。死にますよ」


ザイドはそう言うなり、自身の霊装を展開した。霊装は霊的な存在であるため、こうして使うまでの間は現界させずに隠しておくことが多い。


ザイドが取り出したのは全身を覆う白いスーツ。見た目はただのスーツだが、その実銀級シルバーランクに匹敵する防御を持つ霊装である。そして、赤と黄色に輝く、片手用直剣の霊装。数少ない、金級ゴールドランクの霊装であり、その力は並の霊装を遥かに上回る。


部下達も洗練された動きで霊装を展開する。少年が持っているのは霊的な力など持たぬ、ただの刀である。かなりいい材質で作られてはいるが、霊装と打ち合えばすぐに砕けるだろう。


だが、彼らは侮っていた。『成龍者』という、王国の歴史を守り続けてきた規格外の存在をよく知らなかったのだ。これを知るものは、その場ではザイドしかいなかった。





ザイドを含む、22名の兵士たち。霊装を展開し、隙がなくなるはずだったが、マハトは展開されるまでもなくすぐに動いた。


ザイドが指示を出した瞬間、まずは一番近い距離にいた兵士を袈裟懸けに斬った。まだ霊装を展開していなかったので、一瞬で切られてしまった。


間髪を開けず、霊装を展開したばかりの兵士の鎧の隙間を刀で突き刺した。首の隙間に入った刀は首を貫き、兵士は痙攣を始める。そのまま刀を回転させることで傷口をこじ開け、兵士は血飛沫をあげて倒れ込んだ。


「くっ……一瞬で二人やられたぞ!」


「油断するな!その小僧はやばい!取り囲んで一斉に攻撃しろ!」


そうして5名の兵士が動いた。洗練された動きでマハトを包囲するが、マハトの身体能力は彼らを想像を超えた。包囲など全く無意味である。マハトは包囲を、そのまま構えのゆるい二人の兵士の頭を蹴飛ばした。


「ぐあっ!」


蹴飛ばされた兵士は顔面の鎧が取れてしまっていた。間髪入れず、マハトの刀が二人の顔を突き刺す。悲鳴すらあげずに2名の兵士が殺された。マハトは執念深く、二人の顔を何回も突き刺し続けた。


「ひぃっ……バケモノッ……」


彼らの声は、マハトには届かない。気が済むまでを刺し続けた後は、自分を包囲しようとしていた兵士に飛びかかった。


兵士たちの熟練度は高かった。しっかりと陣形を組み、しっかりとした戦術のもとで戦闘をしていた。霊装もいいものを使っており、まともに戦えば幻獣も倒せるだろう。


だが、今日彼らの相手をしたのは、幻獣すら比較にならない、文字通りの怪物だった。





___________





どれくらいの時間が経っただろう。


気がつけば、神殿の広間は兵士達の死体、そして血によって散らかっていた。


両足を切られ、うめく兵士の首に刀を突き刺した。兵士はしばらく痙攣したのち、そのまま動かなくなった。


パチパチと拍手がなる。拍手をしていたのは、白いスーツに身を包んだザイドだった。


「素晴らしい。熟練度の高い兵士を連れてきたのですが、少年にこうもやられるとは。いやはや、成龍者は本当に怖い存在なのですね」


ザイドがやばいのは、マハトも直感的に悟っていた。だからこそ、他の雑魚を片付けることを優先したのである。


「私に手を出さなかったことは誉めてあげましょう。でも、1対1にしても___」


マハトは跳躍し、刀を思い切りザイド目掛けて切りつけた。その時の一撃は、高位の魔獣を一撃で仕留め、幻獣にすら大きな傷を与えるほどの、恐るべき一撃であっただろう。


だが、ここの命運を武器の性能が分ける。バリン、とマハトの刀が砕けたのだ。


「___っ!」


金級の霊装、「夕黄剣ガノン」。ザイドが手にする霊装は、かつての王国の英雄が使ったこともある、最高位の霊装である。


「ほほう、ややいい材質の刀ですね。霊装でないのに、ガノンが震えています。よっぽどの威力なんでしょうね」


ザイドは全く攻撃された素振りも見せず、剣をかざすだけで防御した。防御というにはあまりにも雑な姿勢なのだが、ザイドの強さと霊装の強さがその防御を鉄壁なものへと変える。


「……」


マハトは俺た刀を捨て、兵士が持っていた霊装を拾い上げる。だが、慣れ親しんだ刀と違い、霊装は重く、さらにはとても持ちづらい。まるで霊装がマハトを拒むかのようであった。


「霊装は適合者にしか持たせてくれないのですよ。いきなり拾い上げても使いこなすのは無理です。それは無茶というもので___?!」


ザイドが言葉を止めた先で、変化が起きた。


マハトがいうことを聞かない武器に力を込めて、強く握った瞬間、霊装が軽くなり、手に収まるものとしてすんなりと「適合」したのである。


「なんだこの剣。握ったら言うことを聞くようになった?」


「……はは、まさかね」


まさか、などと言う現象を目にしようとは。通常、霊装は霊的な存在であり、人間にとっては手の届かない存在だ。故に、霊装を使うには、霊装と適合する以外に方法はないはずだ。


だが、目の前の成龍者の少年は、力づくで霊装を従えたのだ。霊的な力を持つ人間でなければそんなことは出来ない。


この瞬間から、ザイドの中でのマハトの危険度が数段跳ね上がった。すぐに仕留めなければ、まずいことになると直感的に悟った。


「王国の上位将軍を何人も殺している私が、一人の少年相手に本気になるとはね」


ザイドはこんな状況で、うすら笑みを浮かべていた。


「……何笑ってやがる。気持ち悪い」


「この状況を笑わずにどうする?私は今、とても愉快な気分だ」


「部下がぐちゃぐちゃにされても面白いか?」


「いいや。僕の部下をぐちゃぐちゃにすることが面白いんだよ」


言葉を交わした後、二人の姿が消えた。そして、剣と剣が衝突し、とてつもない剣戟が広間に木霊する。マハトの持っていた霊装には大きなヒビが入っていたが、ザイドの腕には痺れが伝った。


距離をとり、マハトは構わずヒビの入った剣を思い切りザイド目掛けて投擲した。軽々と剣に弾かれるが、その隙をついてマハトは2本目の剣を手に取る。そのまま強引に掴み、再度ザイドに切りかかった。


気づいていなかったが、マハトは笑っていた。生まれて初めての、命のやりとり。無意識のうちに、マハトは高揚感を覚えていたのだ。


何度も剣を交えるうちに、マハトにも、そしてザイドにも、命のやりとりをする「笑い」が伝播していた。



「あははははははははははははは!」


「はははははははははははははは!」





___________





ナリミは、神殿から轟く金属がぶつかる音を聞きながら、神殿へと向かう。神殿の入り口には、刀によって斬られ・刺された兵士の死体が転がっていた。ただ斬られただけではなく、入念に何度も刺されたような死体もあった。


「___っ!」


微かな不安を胸に、ナリミは神殿の広間へと向かう。





広間では、マハトとザイドが戦いを続けていた。あたりには砕けた武器の破片が散らばっている。マハトにはところどころザイドの剣が掠った傷がついている。ザイドも無傷ではなく、鎧としての硬度を持つ白いスーツが所々で破けている。だが、手に握る赤黄色の剣は傷一つつかず、輝きを放ったままだ。


「はぁ……はぁ」


「ふぅぅ、疲れますね。全く」


マハトはこれまで見たことのないくらい強いザイドに対し、攻めあぐねていた。ザイドの戦闘スタイルはとにかく堅実だ。隙なくマハトの攻撃を防御し、少ない動きでかわしているうちに、いきなり最短距離で斬撃が飛んでくる。持ち前の反射神経でなんとかかわしているが、体力がなくなっていくうちに掠ることが増えている。このままでは、もろに喰らうのも時間の問題だ。


「そろそろ諦めてくれませんかね。別にあなたを殺すつもりはない。さっさと寝てくれれば安全は確保しますよ」


「ほざけ」


ザイドの発言にイラッときたので、手にしていた最後の武器を思い切り投擲する。難なく弾かれ、剣が地面に突き刺さった。


「やれやれ、度し難い。せっかくのチャンスを、感情的になって捨てるとは。もうあなたは、私に傷一つつけられませんよ?」


事実、ザイドを傷つけるための霊装は全て砕かれており、マハトが手にすることのできる武器はもうなかった。

だが、それでマハトは止まらない。


「そうかよ。なら___殴りゃいい!」


武器も持たずに、マハトがザイドに殴りかかる。マハトの拳は、魔獣を仕留めることができる破壊力を持つ。霊装にすら傷を入れることのできる、破壊の拳なのである。


「おやおや、まさかそんな暴挙に出るとは」


武器を持たないマハトは、既に防御手段を失っている。剣を一閃するだけで、その身は簡単に引き裂かれるだろう。


だが、マハトは走りをわずかに遅め、紙一重で斬撃をかわした。そのまま突っ込んでくると思っていたザイドは、わずか数センチの差でかわされたことで、迎撃する姿勢を崩した。


「なっ……!」


そのまま懐に潜ったマハトは、ザイドの顔面に強烈なアッパーを喰らわす。ガコンッと君のいい音が鳴り、ザイドが吹き飛んだ。


「ぐぅ……!武器がなくなったら殴るとか、どこの拳闘士ですか。全く……」


よろめくザイド。だが、マハトの想定よりダメージを受けていないようだ。

睨み合う両者。戦う際、肉食獣は牙を剥く。その牙を剥く行為こそが、「笑う」という顔の動きの原点なのだそうだ。

睨み合う二人は、微かに笑みを浮かべていた。獰猛な獣がお互いを喰い合おうとするかのごとく___。


素手だが天才的な戦闘センスを持つマハト。高位の霊装を持ち、熟練の戦士として無駄のない動きをするザイド。二人の戦いは、終わりに向かおうとしていた。





___________





ナリミは走る。途中、血まみれになって殺される兵士が多数いたが、気にしない。たったの数時間の話だったが、死体を見慣れてしまった。


当然だが、今でも叫び出したいくらい心は滅入っている。ずっと共に生活をしてきた者たちの無惨な死体を、数え切れないくらい見てきた。マハトとは違い、ナリミには彼らと生活を共にした思い出が数多く存在する。


加えて、ナリミは戦った経験が少ない。最低限、身を守るために魔獣と戦った経験や霊装を扱う経験は持っているが、それも最低限の水準でしかない。肉体的な強さは、ある程度心の強さとリンクしている。死体の山を見てすぐに「敵を殺す」という選択を取ることのできるマハトと違い、ナリミは目の前の状況を受け入れるのに時間を要する。


それでも、今この場で崩れ落ちてはいけない。崩れ落ちてもいいのは、全てが終わってからだ。ナリミは、ずっと持ち歩いていた短剣の霊装を手に、神殿の中へと入っていった。



しばらく歩くと、神殿の中の広間に辿り着いた。


「___っ!___うっ……」


里で見た光景にも劣らない、凄惨な現場がそこにはあった。兵士の血や臓物が飛び散り、神殿の壁や床などのそこら中に張り付いている。まだ時間があまり経っていないためか、刺すような死体の匂いが充満していた。神聖な広間の場所とは思えぬほどにそこは死が満ちる空間であった。今すぐに引き返したいが、ここで逃げるわけにはいかなった。ひどい状況だが、これもマハトが戦った跡なのだ。


よく見ると、あちこちに砕け散った武器の破片が転がっている。その中には、マハトが使っていた刀の破片も含まれていた。砕けてしまった刀を拾い、ナリミはある人物を思い出していた。


「お父さん……」


ナリミの父にして、マハトの育ての親、そしてこの刀を作った男、バーゼル。いつも太陽のように暖かく、優しい笑みを浮かべた愛すべき父親だった。

父が亡くなった時、自分はただ悲しくて泣いてばかりだった。父が亡くなる以上に悲しいことを知らなかったからこそ、自分はただ悲しむばかりで、泣いてばかりだった。自分と同じくらい悲しいはずのマハトのことも鑑みずに。

思えば、マハトとの微妙な距離はこの時に生まれたものなのかもしれない。ただ泣くばかりだった自分を支え、さながら兄が妹を守るかのように自分を守り続けてくれたマハトは、ナリミにとって父の面影を残す存在であったのだろう。


ナリミは感傷を振り切り、また神殿の奥へと踏み出す。ここで止まってはダメだ。今度こそ、今度こそマハトとの埋まらぬ距離を、自分が駆け出すことで埋めるのだ。もうこれ以上、マハトに孤独を感じさせないために___


そう決意し、駆け出した瞬間。神殿の広間から他の間へと続く扉のうちの一つが爆発した。



「___えっ?」


爆発の中からゆらりと姿を現したのは___血をダラダラと流しながら、ボロボロの状態のマハトだった。


「……っ!マハト!」


ナリミの呼ぶ声は、しっかりとマハトにも届いた。


「……ナリミっ!なんでここに___」


マハトが振り向き、ナリミに声をかけた瞬間。爆発した扉から、白い影が凄まじい速さでマハトに近づいた。


「くっ……!」


白い影、ザイドは鬼気迫る表情で輝く剣を突き出し、マハトを貫かんする。紙一重でかわしたマハトは回し蹴りを見舞うが、ザイドの腕によってガードされる。


「お前の攻撃はもう効かないぞ」


「チッ、胡散臭い上に強いな、こいつ!」


マハトはそれでも攻撃を手を緩めず、何度もザイドに蹴りを叩き込む。マハトの天性のバネ感覚と空間把握力が、斬撃をかわしながら素手で戦うというあまりにも不利な状況を膠着させることを可能としているのだ。ザイドは、マハトの凄まじいほどの才覚に舌を巻いていた。


(齢十いくつかの少年が、武器もなしで金級ゴールドランクの霊装を持つ私とやり合うとは。相応の武器を持って技術を磨けば、間違いなく王国最強の戦士になるだろうよ)


かつて、ザイドの仲間や先達を倒した王国の戦士も、龍の里出身の成龍者であったという。この年でこれほどの強さを発揮するのであれば、その強さにも納得だ。


(だが___私には仕事がある。悪いが、そろそろ大人しくしてもらおうか)


ザイドは歴戦の戦士として、戦いを楽しんでいた。しかし、優先順位を履き違えてはならない。最優先は王国にとっての貴重な戦力源である龍の里の破壊、並びに最上級の強さを持つ霊装「龍刀」の奪取である。そして、成龍者の確保もまた、これに並ぶ優先事項である。


マハトは既に疲労困憊だった。過去、どれほど強い大人でも、自分相手にまともに立っていたやつはいなかった。里の外にも、それなりに強い幻獣がいて苦戦したりしたが、それでも武器を持てば勝てない相手ではない。しかし、今目の前にいる男。里の人々を虐殺した元凶であるこの男は、全く倒れない。それどころか、今にも自分を殺しかねない勢いだ。


近くにはナリミもいる。彼女を守り抜きながら、こいつは必ず殺さなければならない。目の裏に焼きつく、里の人々の死体。


「……フゥゥゥッッッ!!!!」


勢いよく息を吐き、闘志を高める。そして勢いよく飛び上がり、ザイドに蹴りを見舞った。


ナリミも気付いていたが、マハトは既に腕が使い物にならなくなっていた。度重なるザイドの鎧への殴打。そして、何度もザイドの攻撃を素手で防いだ結果である。既に拳を握ることすら難しく、攻撃をかわすために手を地面につくたびに激痛が走る。


だが、こいつは必ず殺さなければならない。足すらも段々と痺れ、使い物にならなくなることすら厭わずに、マハトは猛烈な蹴りを見舞った。


そして、その交錯を見たナリミは目撃する。





マハトの蹴りがザイドによって軽々と受け止められ___





ザイドの赤黄の剣が、マハトを袈裟がけに切り裂いた。

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