第2話 龍刀使いのマハト②


成龍式、当日。


式は前夜祭を龍神神殿で行い、本番を里の真ん中にある広場にて国から派遣される使節団とが受け入れ式を行う。それが終わったのち、連れていかれる代表者はそのまま使節団の乗り物に乗ってそのまま王都へと向かうのだ。


前夜祭の日。ナリミは大忙しであった。身を清めたり、神殿の巫女としての仕事をいつも以上に丁寧にこなしたり、里の住民への挨拶を行ったりしている。愛想を振りまく仕事であるため、ナリミもかなり疲れているだろう。


俺はというと、昨日までに荷物をまとめ、ナリミが使節団に連れて行かれても追いつけるよう、いつでも移動用のハレルドリを待機させてある。


俺は久しぶりに取り出した刀を眺めた。この刀は俺が木を倒す用の斧で外にいた魔獣を倒した際、斧を壊してしまったため、養父であるバーゼルが俺にプレゼントしてくれた。「この刀であれば、お前が振り回しても大丈夫だろう」と。

里の近くにある山で獲れる貴重な鉱石を使った刀らしく、魔獣を斬っても一切錆びつかない鋭利さを持っている。俺は武器をかなりめちゃくちゃな使い方をするのだが、この刀は使い続けても全く傷がついたりしない。プレゼントであることもあり、俺が心底気に入っている武器なのだ。


使うことはないだろうが、もし外に出てナリミが魔獣に襲われるようなことがあった時に守ってあげなければならない。丁寧に刀を手入れする。


一緒に連んでいた悪ガキ3人も、今日は静かだ。成龍式では祭りとして美味しい食べ物がたくさん用意されるため、それを狙ってのことだろう。





夜、里は活気に溢れていた。神殿へと続く道には屋台が並び、所々で焚き火と共に舞踊の輪ができている。あちこちで楽器が鳴り響き、より一層祭りとなっているのが窺える。


俺は道を作る谷間の上の岩に腰掛け、ぼーっと祭りの様子を眺めていた。よく見ると、悪ガキ3人も他の里の子供達と一緒に、木の枝を使ったチャンバラに興じていた。ちなみに、木の枝といっても里の近くの山に生えている木はかなり硬い木であり、木刀でも十分切断能力があるので、チャンバラでもかなりレベルが高い。


龍の里に暮らす民はかつて存在した「龍」の子孫であると言われている。里の外では幻獣の「ドラゴン」と混ぜた言われ方をされるが、龍はドラゴンとは全くの別の生命体であり、格としては幻獣すら遥かに上回る。「神獣」とでも言うべき、伝説の存在なのだ。

そのせいか、里の住民は外の世界の人間と比べて身体能力がとても高いらしい。里の外には幻獣クラスの生命体がたくさんいるし、魔獣なんて数え切れないくらいいる。通常の動物なんていようものなら、一瞬でこの魔境の餌になって終わりである。そんな中で狩りをしながら生きているので、高い身体能力を持つのは当たり前のことなのかもしれない。王都には危険な魔獣どころか、一般的な野生動物もいないらしい。


成龍式で国が龍の里の民をたびたび迎えているのも、高い身体能力を持つ優秀な戦力を欲してのことだろう。それくらい、龍の里の民は国にとっては貴重な存在なのだ。歴史の勉強をしたときも、国が外国と戦争をする際には龍の里の出身者が活躍した話を聞く。


ナリミが戦士として戦う姿は想像できないが、彼女は彼女で霊装の使い方が抜群に上手い。霊装とは特殊な武器のことで、通常の物理法則では起きえない現象を呼び起こすことを可能とする。火を出したり氷を出したり、形を変えたり使い手に影響を与えたりするものなど、様々な種類があるそうだ。


里にも代々伝わる霊装がいくつかあり、それらを使えば一人で幻獣すら倒すことができるのだという。ナリミもおそらく、その才能を買われたのだろう。





___そうしているうちに祭りは終わりに向かい、神殿での儀式が始まった。俺はほぼ行く事がない神殿だが、バーゼルに連れられて行ったことはある。神殿は洞窟のようになっていて、しばらく進むと神秘的な広い空間が出てくる。神殿内は不思議な力で満たされており、夜なのになぜか明かりがついているのだ。明かりというより、神殿を構成する岩が光っている。何度見ても不思議だと思う。


神殿の奥には、巨大な広間がある。そこには壁と天井を埋め尽くす巨大な龍の壁画と、広間の真ん中に祀られた龍の石像が存在する。壁画はすごいが、龍の石像には何の威厳も感じないが、里の大人たちはしきりに石像に「龍神様、龍神様」とお祈りをしている。


式典は厳かに進行した。主役のナリミは白い衣装を着て、龍神に捧げる舞を披露したり、里で大切に作られていたお酒を飲んだりして必死に式典を進めている。ナリミが酒を飲んだところを見て、ナリミが大人になったんだということを思い知らされる。


「我らが祈りを、我らが1000年の祈りを、巫女の舞と成龍たる我が身と変え、龍神様へと捧げん。____」


ナリミが聞いたことのない、古い里の言葉でお祈りを始めた。白い衣装に飾られたナリミは、まるで白い妖精のように綺麗だった。俺より少し年上の里の男子たちも、見惚れたような目でナリミを見ている。ちなみに、ナリミはしょっちゅう里の男子たちに言い寄られている。里のマドンナの名は伊達ではない。ナリミと仲がいい俺はいつもそいつらから煙たがられ、喧嘩を売られたこともあるのだが、いつも再起不能になるまで俺がボコボコにしているため、最近では滅多に彼らとは目を合わせない。ナリミが近寄りづらい人間になっているのも、毎回俺がそいつらを殴ってしまうからだった。中でも里の有力者の子供で、ガタイが大きいヘンズという18歳の男はこの筆頭でこれまで俺と4回喧嘩し、4回とも俺に気絶させられ、起き上がるまでに何日もかかっている。俺が里の大人に嫌われているのはこういった事情もあってのことだ。


ふと、俺の視線が龍の石像に向かう。幼い頃から、何だか漠然と「見られている」ような感覚をあの石像に覚えるのだ。俺が神殿に近づかない理由は何も大人たちに反発してのことではなく、何か大きいものに見られているかのような感覚を嫌ってのことだった。

今日は久しぶりだからか、より一層見られている感覚が強まっている。ナリミの姿を見ていたいのに、なぜか石像の姿になぜか目を釘付けにされてしまうのだ。


俺が妙な違和感を覚えている間に、式典は終了した。




___________




翌日。


里は巨大な岩山の間にある谷に作られている。そのため、里に入るには、険しい山道を超えた先にある門を潜らなければならない。


潜るのは、門番に認められた国の使節しかありえない。



里の広場で里の住民たちが待っていると、門の方角から、何やら妙な乗り物に乗った使節団がやってきた。ブオンッ、という可愛くない音と共に、硬そうな金属で彩られた乗り物が姿を表す。


「ちょっと、何だいあれは?」「見たことのない乗り物だな」「王都ではすごいものを使うんだねぇ」「かっけぇ!」「ちょっと変な匂いしない?」「どうやって動いてるんだ?」


里の住民のざわめきが広がる中、乗り物から何人かの男が出てきた。里では見かけることのない、「スーツ」という黒い動きづらそうな服を着ている。


「初めまして。アルセル王国軍第3師団所属、中級将軍のザイドと申します。龍の里の皆様におかれましては、此度の『成龍式』をお手伝いいただき、誠にありがとうございました」


挨拶をしたのは、おそらく使節団のリーダーと思しき男だった。高い背丈にぴったりのスーツを着こなしている。撫でつけられた金髪は里では見ない色である。


「皆さんもご存知の通り、この成龍式は1000年前にこの龍の里を作り上げた里の創始者にして、アルセル王国を作り上げた英雄の一人がアルセル王国と交わした契約によるものです。龍の里の皆様からは強く才気ある若者が里を代表し、王国の発展に寄与する重要な人物を王都に派遣していただきます。我ら王国からは見返りとして、何があっても里の皆様を守り抜くための里の防衛と、皆様が健やかに暮らしていけるような金品の奉納を行わせていただいております。この契約は、王国にとっても、龍の里の皆様にとっても、大きな利があるものであるとご理解をいただきたい」


ザイドと名乗った男は広場に入り里の人々に対して演説を始めた。なるほど、里の有力な大人たちが外部からもたらされる恩恵を預かれていたのは、ナリミのような若者を王国に売る事ができるからなのだろう。

前々から大人たちのやりとりは気に食わなかったが、この話を聞いてより一層大人たちを嫌いになった。こんなやりとりのために、ナリミを独りにさせるものか。





演説が終わり、いよいよ最後の局面に入った。使節団をもてなす歓迎の宴が開かれ、祭りにも出てこないような色とりどりの料理が使節団の前に並べられる。


「こちらは滅多に狩ることができない幻獣、スケイルプテラの頬の肉でございます。ヘルシーであるにも関わらず、普通の牛の肉とは比べ物にならないくらいの柔らかさとジューシーさが___」


里の料理人たちが腕を振るい、スーツを着た使節団の面々が舌鼓を売っている。美食を求めて里にくる人間がいるくらい、里の料理は格別に美味い。数少ない、俺がこの里を気に入る理由の一つでもある。



俺はそんな宴会気分からは離れ、ナリミを探していた。もうすぐ宴が終われば出発なので、おそらく最後の祈りのため、神殿にいるのだろう。俺は谷の傾斜部分を走りながら、神殿に向かった。

だが、神殿に向かう途中で足を止めた。神殿の入り口付近に、使節団の団員を見つけたからだ。


(何をしているんだ?なぜ武器を構えている?)


様子を見ると、何やら周囲を警戒しているようだ。しかも、巧妙に見えづらい場所から監視をしている。まさか谷の上を走ってくるとは思わないだろうから、俺からは見え見えなのだが。


様子が見るからに怪しい。俺は気づかれないように神殿の近くの草むらに忍びこみ、様子を伺った。


しばらくすると、中から見覚えのあるスーツを着た使節団の団員たちが現れた。かなり遠くにいるが、俺の耳には彼らの会話がしっかりと聞こえていた。


「おい、ここにもないぞ」

「どうなっているんだ」

「話と違うな。これでは聞き出すしかないではないか」

「だが、国の人間なら知っていて当たり前のことだぞ。こっちから聞くのは怪しくないか?」

「やむを得ないな。今は宴会の最中だ。隙を見て知っていそうな人物、里の長あたりをとしよう」


スーツを着た十数人の男たちは、そんな会話をしながら神殿を後にした。


(捕らえる、だと?物々しい会話だな。完全に悪さをする会話じゃないか)


彼らを放っておくと、何をしでかすか分からない。俺は奴らを尾行することにした。





___________





使節団用のキャンプにて。


「どういうことだ。話によれば、は神殿にあると聞いたが」

「それが……どんな検知方法を使っても、霊装の反応が全くないのです。曲がりなりにも、黒級ブラックランクの霊装だというのに、反応がないのはおかしいです」

「ふむ……他の霊装はどうなっている?龍刀以外にも、強力な霊装はあるはずだが」

「それに関しては問題なく。既に倉を押さえてありますので、いつでも取り出せます」

「分かった。では日没と共に行動を始める。成龍者を呼び出す際に里の衛兵達が全て集合するからな」

「了解いたしました。既に配置については指示を出しております」

「頼むぞ。ここが我々の正念場だ。龍の里の者たちを甘く見るなよ。呑気に暮らしているが、それでも大人になれば一人一人が魔獣を単独で倒せる強さだ。下手にかかると一般人に返り討ちに遭いかねん。徹底して作戦を遂行しろ。いいな」

「「「はっ」」」


使節団のリーダー、ザイドの正体はアルセル王国の将軍などではない。王国と敵対関係にある犯罪組織「アルテノ」の幹部の一人である。


龍の里に住まう者たちが、アルセル王国にとっての貴重な戦力源であることは明白だ。ザイドは過去に何度も、龍の里出身のアルセル王国の戦士がアルテノの幹部を葬り去ったことを知っている。


ここを潰さない限り、どんなに攻勢を仕掛けても王国の戦力は揺るがない。ならば、供給源まで潰すまでの話。今日、この場で、アルテノの脅威を取り除くのだ。


そしてついでに___里に代々伝わる強力な霊装を横奪する。可能ならば過去に誰一人とて使いこなせなかった伝説の「龍刀」を探したかったのだが、見つからないのであれば仕方がない。「龍の民」を滅ぼすだけでも、十分な戦果である。


こうして、恐るべき作戦が動き出す___





__________





ナリミは宴会の場で、使節団の者たちから王都に行った後の話を聞かされた。


成龍式の対象者、俗にいう「成龍者」が国へと派遣されるのは、1000年前から続く国との取引であり、王国としても非常に関心を持つことなのだそうだ。そのため、王都に入って早速、国王との謁見が行われることになる。


礼儀作法や言葉遣いなどは問題なくこなせるのだが、問題はどのような仕事を与えられるかである。全く想像もつかないのだが、使節団の者は「国王にしか知らされていない仕事がある。それを手伝う」のだそうだ。


そして何より___心寂しいのは、一人も従者を連れていけないことであった。龍の里から連れていってもらうのは1名のみ。そのため、マハトを連れていくことができない。


マハトと一緒にいると約束したのに、その約束はどうも守れそうにない___ナリミは憂鬱な気分だった。


「成龍者殿、間もなく出発の時間でございます。広場にて車にご乗車ください」


「……分かりました」


この時が来てしまったのだ。ナリミは泣きそうになる気持ちを堪えて、広場へと向かった。


広場には、里の有力者たち、そして里の衛兵と使節団の者たちが集っていた。

大人たちの列の中には、長年世話をしてくれた、神殿の巫女長もいた。巫女長は号泣しており、とても会話できそうもなかった。


「それでは皆さん、これにて私は王都に向かいます。心配なさらずとも、また里には戻ってくることがあるでしょう。その時はまた、美味しいご飯を食べさせてくださいね!それでは、ごきげんよう」


優雅に挨拶を決め、そのまま使節団の用意した豪華な車に乗り込む。本で「車」という乗り物を見たことはあるが、乗るのは初めてだ。車内は広々としており、快適に寛げるよう、飲み物なども置いてあった。



そうして、全ての車のドアが閉じた。チラリと外を見ると、里の人々が感激して大泣きしながら、大きく手を振っていた。


それを見て、本当に自分がこの里と別れるのだということを実感させられる。ああ、自分はもう、ここには戻らないのだと___



そうして、車は出発した。





___________





車が出発して、数分。


ナリミはマハトのことを考えていた。

あのマハトのことだ。下手をすればそのまま走ってついてくる可能性すらある。来ていいのは1人だけなのに、大丈夫かなと心配していたのだが___


すぐにその心配は、別のことへと向かうことになる。



突然、前方を走っていた車が止まり、ナリミが乗っていた車も急停車した。


「わっ!」


車の急停車は初めての経験だ。閉めろと言われた「シートベルト」の影響で飛び出たりはしなかったが。


何で止まったのか、少し外を眺めようとしたのだが、その瞬間運転席のドアが何者かによってこじ開けられた。


「オイ、ナリミの車はこれか?」


「ひぃ、お、おい、君は里の者か?何をしているのか分かって___ゲフッ」


「嵌めたのはお前らだろうが。そこらへんでちょっと突っ伏してろ。そのまま魔獣に食われちまえ」


運転手を気絶させ、そのまま引き摺り出したのは、マハトだった。


「え___マハト?」


「ごめんナリミ、時間がない、すぐに車を降りてくれないか?」


「わ、分かった」


マハトがまたやらかしてしまった___と思ったのだが、マハトの様子はただならぬものだった。


「ねぇ、何があったの?何で使節団の人たちのこと殴っちゃってるの」


「いいかナリミ。よく聞いて欲しい。こいつらは国の使節団の人間なんかじゃない」


「___え?」


「使節団の人間のことをよく見てみろ。ただの使節団なら、武装するものとしたら魔獣対策の銃を持つはずだ。なのに、こいつらはそれを全然持たず、対人間用の銃や剣を持っていた。中には霊装もあったぞ」


「そんな、なんで」


「多分、使節団はここに来る途中で襲われたんだろ。あいつらはただの犯罪者集団だ。でもそこらの山賊ってレベルじゃない。ちゃんと統率の取れたプロだ」


「___!」


「あいつら、里にある霊装とか盗む気だよ。でも、それをお堅い里の有力者たちが見逃すはずはない。このままだと___」


「里が危ない!」


そういうなり、ナリミは駆け出してしまった。


「車の出す音のせいで魔獣が集まってる!ほら、こんな風に、ね!」


ナリミが駆け出した側から、上空から鳥の魔獣が襲いかかってきた。サイロンバードという、大型の魔獣すら食べる肉食の鳥である。人間でも容赦無く食べるので、かなり危険な魔獣として有名だ。

だが、俺の敵ではない。この程度の魔獣は、幼い頃に既に何度も倒している。


「どけっ!」


手入れした刀を一閃。一撃で、3羽のサイロンバードの急所をえぐった。

これでこいつらはしばらく飛べないだろう。そのままナリミを抱えて、俺は猛ダッシュを初めた。


俺の猛ダッシュは、その気になれば車だって悠に追い越せる。抱き抱えられたナリミには猛烈な風圧がかかるのだが。


俺は、里を目指して走った。





___________





「流石は龍の民ですね。ですが、降参なさい。我々は万全の対策を期している。あまり戦うのは好きではないので、大人しく霊装を渡していただきたい」


「ふざけるな!卑しい盗人めが!我ら龍の民が貴様ら如きに___」


「やれやれ、これだから田舎者は嫌いです。考えが時代錯誤甚だしいのですよ。あなた方は強かったのは昔の話です。今は大したことではないのですよ、こんな風にね」


パンッ。


乾いた銃声が響く。


銃声と共に、衛兵の一人が口から血を吐き出し、そのまま倒れ伏してしまった。


「う、嘘だろ。衛士長が、一撃で……」


「この時代にもなって、銃の武装をしないとは。霊装の鎧でも着ていれば話は違いますが、鎧もつけず、剣だけ持って銃を持つ相手に斬りかかろうなんて。全く愚かしいにも程がある」


「き、貴様ぁぁぁぁ!」


衛士たちが、剣を抜き、黒スーツの集団に襲いかかる。彼らは既に使節団のものではない。反王国組織アルテノの手の者たちだ。


龍の民の高い身体能力で武装すれば、確かに魔獣を倒せるくらいの強さにはなる。だが、アルテノの者たちが装備している銃は魔獣を仕留めることのできる強力なものだ。一人、また一人と衛士たちが銃に撃たれ、倒されていく。


「さて、全員殺されるより前に答えた方がいいですよ。龍の里に伝わる伝説の霊装、『龍刀』はどちらにあるのですか?」


「貴様なんぞに教えるものか!我らは断じて___がはっ」


また一人、ザイドの撃った銃によって里の有力者が倒された。


「同じ質問をさせないでくださいね。左から順番に指名していきますので、分かる方はちゃんと正解を答えてください。はいでは一番左の麗しいレディ、『龍刀』の在処はご存知ですか?」


「し、知らないわよ。そんなの知るわけ___グフッ」


また一人、神殿の巫女を務めていた女性が撃たれた。ザイドの銃の腕は一流であり、正確に心臓を撃ち抜く。撃たれた物は瞬時に絶命し、血を流して倒れた。


「はいでは次。あなたは」



「やめてくれ、本当に知らないだけなんだよ、だから___ガッ」

「『龍刀』なんて聞いたことも___ウッ」

「やめて、お願い。まだ子供がいる___ゲハッ」

「命だけは、命だけは___アッ」



「全く。嘘でもいいから答えるという選択肢はないのですか?この里の人間には。平和ボケすると、こうまで愚かになるんですね。劣等人種でしょこいつら」


ザイドは表情を少しも変えずに、泣き喚き、逃げようとする里の物たちを片っ端から撃ち殺した。広場には、龍の民の死体が積み重なり、血の海が流れる。女も子供も関係なく撃ち殺した。


そのまま里の集落を回り、尋問を続けた。


集落の家にも、念入りに火をつけた。建築物も跡形もなく破壊するのだ。



こうして、1日にして龍の里は滅んだ。



「念のための確認です。龍刀がある可能性が最も高い神殿に向かいましょう。なければ神殿ごと破壊するだけです」


「「「はっ」」」


「終わったら戦利品でパーっとやりましょう。すぐに仕事を終わらせてください」


「「「了解!」」」


ザイドはアルテノの中でも上位の実力者だ。だが、世の中は実力だけではやっていけない。こうして、実力の無いものを従え、数で勝るための能力も必要なのだ。ザイドの元には、実力は普通だがザイドを慕うものが集まりやすい。


部下達にも、こうして定期的にハメを外す機会を与えることで、適度にアメとムチを使いこなしているのだ。





___________





俺とナリミが里に戻った時には、既に遅かったようだ。


「あ、ああぁぁ……」


ナリミは絶望のあまり、そのままへトンと座り込んでしまった。滅多に驚いたりしない俺も、目を見開いて呆然としていた。


見渡す限りの火の手と、破壊の痕跡。そして、広場を埋め尽くす夥しい数の死体。ショックを受けるには、十分すぎる光景だった。

死体を見ると、ほぼ全員が胸を銃で撃ち抜かれている。銃を里で使うことはないので、これが奴らの仕業であることは明白であった。


「……くそっ!」


俺はナリミを連れて、一人でも生存者がいないか探し回った。


「ラック!ボンズ!レリー!いたら返事をしてくれ!」


いつものように遊び回った、あの悪ガキ3人組。呼びかけるも、返事はない。


「ハルックじじい!ガーズのおっさん!メラの婆さん!バンジュさん!」


里の大人達のいたはずの建物に駆け込む。火の手が上がっており、中を見ることはできなかった。彼らを呼ぶ声にも、返事はない。


「ライグ!ベルヤ!ショーズ!ベン!いたら返事をしろ、クソ野郎!」


いつもナリミに言い寄って、俺と喧嘩をしていた男達。


「ナジャーさん!巫女のお姉さん!いたら返事をしてくれ!」


いつもナリミと共に仕事をしていた、神殿の巫女達。はぐれ者の俺にも優しく接してくれた、数少ない人たちだ。



「おい、返事……しろよ」



里中を駆け回って呼びかけたが、返事は一つもこなかった。走りながら、所々で見知った人間の死体を発見した。胸を銃で撃ち抜かれただけの死体はまだいい方だ。腕や足を切られた死体。腹を斬られ、臓物を撒き散らしている死体。首を刎ねられ、捨てられている死体。中でも凄惨だったのは、巫女達の死体だった。明らかに殺される以外の暴力を振るわれており、服を乱暴に破られていた。体のあちこちを撃たれ、斬られた跡が明確に残っている。


「……」


俺は何も言葉を発さずに、静かに心が死んでいくのを感じた。まるで冷たい冬の湖のように、俺のこころが冷たいものになっていく。

ふと目を向けると、見知った顔のシスターの首が転がっていた。その表情は無念さを物語るかのごとく、焦点の合わない目で涙を流していた。


プツン、と俺の中で何かが切れた。俺の心から、深く暗い湖から、何かマグマのようなものが上がってくる、そんな気がした。


死体の凄惨な現場は、ナリミも見ていた。俺は止めたのだが、見ないのは恥だと、自分から目にしたのである。


ナリミは共に時間を過ごした巫女達の死体の前で呆然と膝をついていた。


「……私のせい、かな」


「……」


「私が、何かいけないものを入れてしまったのかな」


「…………」


ナリミは、涙を出し尽くして枯れた目で、俺を見た。


「ねぇマハト、どうしよう?私は、どうすればいいの?」


ナリミも心が死んでいた。全ての希望を失ったかのような目が、それを物語っている。



「ナリミ、みんなを弔ってくれ」


「……え?」


「このままなんて可哀想だ。せめて墓くらい作ってあげよう」


「マハト、何を言っているの?」


「それが巫女の仕事だろ」


「…………」


ナリミは呆然としたまま、俺に問いかける。


「……マハトは、どうするの?」


俺は答えずに、そのまま刀を持って、歩き出した。


「やらないといけないことがある。神殿に行くから、ついてくるなよ」



そうして俺は、全速力で神殿へと駆け出した。足跡などを見れば、奴らが神殿へと向かったことは明白だ。



「マハト……」


一人残されたナリミは、ただその背中を見守ることしかできなかった。





殺す。


絶対に、殺す。


一人残らず、ぐちゃぐちゃに殺す。



抑えきれない殺意を振りまきながら、マハトは鬼気迫る表情で走っていた。



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