第180話 新たな力
ギンはルチアを助けてくれたし、『魔王(成り損ない)』の枝も打ち払ってくれた。ギンが動いてくれなかったら、ルチアがどうなっていたかは分からない。
つまり、マクシムはほとんど何もしていない。
マクシムとしては自分の無力さを痛感するばかりだ。
「参ったなぁ……」
ギンはルチアをくわえたまま、マクシムに合図をした。
乗れ、という意思は伝わって来た。
そこでマクシムも理解する。
――おそらく、この基地はもう長くない。
『魔王』の枝が張り巡らされていた。つまり、その内部構造を支える役目を担っていた。
ギンがそれをズタズタにしたのだ。
しかも、『魔王』の枝は急速に劣化しているように見えた。
以前の古代遺跡のように『大魔法つかい』の手で破壊されるかもしれないが、おそらくはそこまでしなくても自壊しそうだ。
「ルチアちゃんを渡して」
マクシムはギンに言うと、素直にこちらに渡してくれた。言葉が伝わったというより、身振りと視線からだろう。
ギンは再度乗れと合図してきた。
「ルチアちゃん……」
ルチアは失神したままだった。
目を覚まさないのはそれだけのショックを受けたということだろう。
それとマクシムはルチアをお姫様抱っこして気づいた。
軽すぎる。
かなり痩せている。
ルチアはまだまだ成長期だ。
当たり前だが、背も伸びるし、もっと大きくなるはずなのだ。なのに、痩せている。
それは純粋に肉体的な疲労によるものか。
いや、暗黒大陸での過酷な暮らしという精神的な側面もあるだろうし、そもそもの問題、マクシムが生み出す植物だけでは食事量が不足しているのだろう。
本当に、僕は何をやっているのだろう。
自己嫌悪はある種の贅沢だ。
本当の危機の際には過去を振り返るような余裕がないからだ。
つまり、これは「自分が悪い」とある意味、自分に自惚れているだけだし、何の意味もない行為だからだ。
それはマクシムも分かっている。
だが、反省というには、自分に対しての攻撃的な感覚が抜けなかった。
にゃあん
その時、ギンに急かされた。
「ごめんよ」
マクシムはそれ以上考えるのを止めて、ルチアを抱えたまま能力を使い――ギンは低い体勢であっても体高があるため植物をはしごにするしかない――ギンに騎乗する。
ギンはマクシムたちが乗るや否や走り出す。
マクシムは二つの目的でルチアを抱きしめる。
一つはギンの急な加速で振り落とさせないため。
もう一つは彼女の無事を喜んで。
「ごめんね」
ただ、聞こえてないことは分かっていたけど、それでもマクシムは謝罪を繰り返した。
謝罪くらいしかできなかった。
+++
ルチアが目を覚ましたのは古代遺跡からかなり離れてからだった。
ルチアは目を覚ましてからしばらくは動けなかったようだ。
「ここは……どこです?」
「遺跡の外。今は移動中だね」
「ああ、マクシムさんが助けてくれたのです? ありがとうなのです」
その笑顔が申し訳なさを増幅させる。
マクシムは頭を下げる。
「ごめん。僕は何もできなかったんだよ」
「じゃあ、どうやったです?」
「ギンが助けてくれたんだよ」
「ギン、です? ギン、ありがとうなのです」
ルチアは走るギンにお礼を言う。
ギンは走りながらもわずかに身じろぎして反応する。背に乗っていても分かるくらいには嬉しそうに見えた。
ルチアは嘆息する。
「ルチアも想定外だったです。まさか、あの『魔王』が動くとは思っていなかったのです」
「あれは一体何なのさ、結局のところ」
「『魔王』と『勇者』の融合体……? いえ、ルチアにも詳しいことは分からないのです。ですが、あまりこちらの世界に良い印象は持っていない人だったようなのです」
「良くない印象、かぁ」
確かにマクシムにも怨念的なものは見えた気がする。
「想定外だったですけど、切り抜けられたので問題ないのです。次は失敗しないです」
「次、か。でも、次は致命的な失敗になるかもしれないよね?」
「そこはルチアの能力を信用して欲しいのです」
信用という言葉は甘い。
それで思考停止していた面がマクシムにはあった。だから、言う。
「ねぇ、ルチアちゃん、もう止めない?」
「止めないです。マクシムさんが言っているのはルチアだけが止める提案です。それは飲めないのです」
「じゃあ、僕も止めるって言ったら? もう基地に戻ろう。それで次の定期便で家に帰ろうよ」
「無意味な仮定なのです。マクシムさんは止めないです。ニルデさんのことがある以上、止められないのです」
正論だった。
でも、この件でルチアをこれ以上巻き込みたくなかった。
「ルチアちゃん、痩せすぎているよ……」
「ダイエット成功なのです」
「軽口はいいからさ。体調崩しても医者もいないんだよ。ちょっとしたケガが致命傷になるかもしれない。僕はこれ以上、君を巻き込みたくないんだよ。危険が多すぎるし、どうなるか分からないから」
「……どちらかと言えば、ルチアが巻き込んだ物語なのです」
「え?」
「ルチアが始めた物語でもあるのです」
「? どういう意味さ」
ルチアはしばらく黙っていた。
「マクシムさん、ところで、もう一度聞きたいことがあるのです」
「うん。何さ」
「暗黒大陸の植物、今も植物に見えないです?」
「そりゃ、変わらない――あれ」
マクシムはそこで気づいた。
何かが変わったような気がしていた。
それが何かは分からないが、確かに何かが変わったようだった。
「今なら暗黒大陸の植物も操作できるはずなのです」
「無理だと、いや、ちょっと待って。いける、かも。いや、分からないや」
以前までは絶対に無理だと思っていた。
だが、今ならもしかしたらいけるかもしれない。それくらい世界が変わっていた。
全てがダメではなく、部分的には植物があるように見える。すぐは難しいかもしれないが、それを上手く操作することも可能な気がした。
マクシムが呆然としていると、ルチアは言う。
「ルチアは可能性を読むのです。確かに先ほどの『魔王』の件は見落としもあったです。でも、致命的なことは避けていたのです」
「結果論にしか聞こえないよ……」
「ですが、そういうものなのです。マクシムさんが暗黒大陸の植物も操作できる可能性を得るための、ちょっとした不測の事態というだけなのです」
「それも、必要なことだったんだね。『大魔法つかい』と会うために」
「はいです。不測の事態はありつつも予定通りなのです」
「危険過ぎるよ……」
「仕方ないのです」
ルチアはどこか愛おしそうに言う。
「マクシムさんは自分か、大切な人の危機にしか能力を成長させられないのです」
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