第174話 魔王の
明らかにギンは『入るな』という様子だったが、マクシムたちは古代遺跡に侵入する。
危険はそんなにないというようなことをルチアは言っていた。
多少は危険があるのかもしれないが、今までの流れからすると、これも上手く避けられるのだろう。
解体という部分は若干気になるが、この古代遺跡も必要がなくなれば、『大魔法つかい』が消滅させてしまうのかもしれない。
そんなことをマクシムはつらつら考えていた。
「ねぇ、ルチアちゃん。僕、ひとつ思ったんだけど」
「ルチアも思ったです。人が暮らしていたみたいです」
「うん、普通の家みたいだね」
ギンのいた古代遺跡との違いはそこだ。
あの遺跡では配管や何らかの線が剥き出しになり、壁や天井を這っていた。
戦闘用に造られていたようだったので、あるいは補修をしやすいように剥き出しだったのかもしれない。
なので、通路を歩いていても生活感がないというか、無機質なものがあった。
それに対してこちらの遺跡は違う。
無論、経年による侵食はあった。
特に目立つのは太い樹の幹や枝のようなものが壁や床をを突き破っている。
だが、そこに目をつぶれば、壁は汚れが目立つものの、普通に人が暮らしていたような温かみがある。いや、汚れているからこそ、逆に、不思議な生活感が生まれていた。
マクシムはそこでふと気づく。
ルチアが足元に生えていた枝に少し足を取られている。
バランスを崩すほどではないが、いかにも危なっかしかった。
「足元気をつけて。樹が根を張っているのかな」
「はいです」
ルチアはマクシムに自然と手を掴んできた。特に意識することなく握り返す。
マクシムはそれに合わせて歩調を緩める。緊張のためか、少し早足になっていたのかもしれない。
「マクシムさん、この植物は操作できるです?」
「いや、無理だね。多分、人間種の部分が混ざっているんじゃないかな」
「です……」と伏し目がちで考えるルチア。
「どうかしたの?」
「いえ、とりあえず、進むです」
何が気になるのか分からないが、気になることが多いのはマクシムも同じだった。
染みついた匂いみたいなものからマクシムは学校の科学室を思い出していた。
「でも、ここ、人体改造ってことは研究所みたいなものなんだよね。昔さ、学校の研修旅行で魔法学研究所へ体験学習みたいなの行ったんだよ。それを思い出したよ」
「似ているです?」
「正直、あんまり。でも、何となく思い出す程度の雰囲気はあったかな」
「ルチアが似ていると思うのは病院です。ここは人を治療し、暮らす場所だったからです」
もっと大規模な施設だからだろう、この古代遺跡は一部屋一部屋がもっとサイズが大きく、エリアがもっとつながる形で分かれているのだ。大量生産する工場のような精密さがあった。
ただ、それとは違うのは人体を改造するという場所だということ。
サイズが大きいこともあるから分かり辛いが、確かにここは病院に似ていた。
病室のような区分はされていないが、エリアごとで何らかの処置がされていたのだろう。
「なるほど。病院か。そっちの方が近い気がするね」
「こっちが奥になるようです」
ルチアはマクシムの手を掴んだまま、誘導するように奥へ。
突き当りには大きな扉があった。だが、その大きさよりも気になる点が一つ。
「なんか、やけに扉に樹が根を張っているね。これ、開くかな……」
マクシムは奥につながる扉を開いた。
そこで、見た。
+++
マクシムたちが出たフロアは広かった。
それまで横にあった部屋とかも人が暮らすには大きかったが、最後のフロアはとにかく広かった。
上も、下も、右も、左も、奥も広い。
最初、マクシムはそこが最深部だからかと思った。
陽光が差していて、それまでの薄暗い通路を出て中がよく見えなかったからだ。
違った。
なぜ、このフロアが広かったのかは一目瞭然だった。そして、陽光が差す理由も。
そして、ルチアがここを解体したいと言った意味も理解することができた。
これが人類種だとして、『大魔法つかい』が優しいとしたら、滅ぼせないかもしれない。
マクシムは思い出していた。
小声でルチアに言う。
「……『ヨルムンガンド』の子どもだっけ。あの巨大な蛇みたいな生き物」
「この旅の最初に出会った生き物がどうかしましたかです?」
「あれを思い出していたよ。きっとこれもそうだよね」
それは『樹』だった。
そして、明らかに『人間種』でもあった。
ただ、人間種だった割合は0.1%もないだろう。
中心というか、根元らしき場所に五体の陰を残しているだけで――かろうじて頭部と胴体だった箇所が分かる――ほとんどが樹に侵食されていた。
樹に見えるが、マクシムは操作できそうもない。
だから、人間種なのだ。
改造された人間種の成れの果て。
おそらくはこの遺跡全体に広がっているのだ。
最深部でもあるのに、上階どころか、天井すら突き破っている。だから、陽が見えるのだ。樹の部分が上へ顕著に成長させたのだろう。
見上げるほど大きい。
先ほどルチアがつまづいた樹もこの一部だったのだろう。
そう考えると、以前見た『ヨルムンガンド』の子と同じくらいの体積があるかもしれない。
マクシムは抑えられない震えを押し殺しながら呟く。
「これは『魔王樹ゴッズ』の子どもだね……!」
理屈ではなく、直感から悟れた。いや、今まで積み重ねてきた、いくつかの情報がそう答えを囁いていた。
ルチアも小さな声で言う。
「惜しいです」
「惜しい? でも、これ、明らかに『魔王の眷属』よりも『魔王』に近いよね。絶対に何か関りはあると思うんだよ」
「ですです。なので、惜しいです。『魔王の眷属』よりも『魔王』なのです」
「だったら、子どもってことでしょ」
ルチアは答えを言う。
「子どもではないのです」
「子どもじゃないって……」
マクシムも気づく。
危険だ、と心の中の何かが最大級の警鐘を鳴らしていた。
今すぐ、この場から逃げ出せ。
これは人間種が、普通の人間種が関わって良いものではない、と。
「え、そういうことなの?」
「はいです」
ルチアが答えを言う前に、マクシムは言う。
「これは『魔王樹ゴッズ』そのものってこと?」
「正解なのです」とルチアは短く答えを言った。
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