第173話 人体改造

 人体改造。

 人を改造するというのがどういうことなのか、マクシムは一瞬理解できなかった。

 だが、マクシムは思い出したことがあった。


「獣人種……!」

「はいです?」

「獣人種はネコの因子を得た人間だったんだよね。人体改造施設……つまり、ここはそう改造されるための施設だったってことかな?」


 ルチアはニッコリと笑う。


「マクシムさん、よく覚えていたのです」

「まぁね。ビックリしたからね」

「でも、間違いなのです」

「え?」

「獣人種の皆さんは暗黒大陸とは無関係なのです。なので、それは忘れてくれて良いのです」

「関係ないんだ……」


 はい、そうですか。とマクシムは忘れられるわけないだろう。


「獣人種はこちらの世界にしかいない、つまり、暗黒大陸にはいないのです。なので、人体改造の施設があるとすれば、こちらの世界なのです」

「あー、まぁ、そう言われたら納得するけどさ。じゃあ、一体、人体改造って何のことなのさ」


 ルチアは少しだけ考え込んでいた。


「……なのです」

「へぇ……」


 マクシムはその言葉でいろいろなものがつながっていく感覚に襲われた。世界が広がっていく万能感に似た何か。言葉にできない震えが起こり、ああ、と声が漏れる。分かった、気がした。


「……なるほど。僕にもいろいろ分かってきたよ。

 七百万年前、ってことだね」

「ですです。分かったです?」

「さすがにいろいろ考えてきたからね。正解みたいで安心したよ」


 マクシムの知っていることは多くない。

 それでも、今まで得た情報をまとめると、さすがに見えてくるものがあった。

 七百万年前に異世界からこちらの世界に移住してきたのが今の人類種だという。

 その世界がどうかは分からないが、暗黒大陸の環境は過酷だ。巨大な生物種がいるし、高温多湿から極寒まで気候も変わりやすい。マクシムたちは比較的平穏な旅を送っているが、それはギンとルチアのおかげだろう。それでも、環境の変化はあった。

 そして、何よりも植物の種に見えるものが動物だとマクシムには分かったことが大きかった。

 マクシムは周囲を見渡しながら言う。

 古代遺跡を前に、自然が広がっている。

 樹々に見えるが、そう、『魔王樹ゴッズ』だってそうだったではないか。

 最初から分かっていたのだ。

 分からなかったのは、マクシムが理解できていなかっただけ。


姿?」


 この古代遺跡で改造されたのだろう。

 ルチアは首肯した。


「それだけではないと思うですが、そういうものもあったらしいのです」

「あの甲殻のある生き物たちもそうなんだろうね。元人間種。やっぱり、暗黒大陸の環境に適応するためかな?」

「おそらくはそうだと思うのです。ただ、ルチアにも当時のことは分からないのです」

「まぁ、ちょっと想像できないほど大昔のことだもんね」


 今も細々と続くが、『英雄』たちは人間種同士の戦争をしていたのだ。そして、『魔王』を討った。

 そう考えると、『大魔法つかい』クラーラ・マウロが暗黒大陸の守り人をしているのも分かる。人間種全体を愛していたのだろう。

 いや、そうすると、こちらの世界の一員として戦った理由が分からなくなるか。何か心変わりする原因があったのかもしれないが、マクシムには分からなかった。

 ルチアは周囲を見渡しながら言う。


「この古代遺跡は、暗黒大陸の環境に人間種を適応させるための施設だったようなのです」

「そっか。暗黒大陸の方が僕らの世界よりもずっと広いんだよね」

「ですです」


 確か四百倍だったか。

 それだけ広大で、過酷な環境に適応するのであれば、何か特殊な施設があることも理解できた。

 マクシムたちの世界と暗黒大陸の世界で、歴史と種が完全に分かれてしまったのだろう。

 どれだけ元人間種が改造されているのか分からない――と、そこでマクシムは閃く。


「待って。あのさ、ひとつ思ったんだけど」

「そうです。英雄たちはここの生き物を食べていたのです」とルチアはマクシムの疑問を先回りして答えた。


 マクシムは元人間種という単語に引っ掛かっていた。

 英雄たちは『料理人』の手で料理された、暗黒大陸の生き物を食べていたというではないか。


「つまり、英雄たちは一種の人喰いをしていたってこと……?」

「マクシムさん、元人間種だった部分があるというだけで、現在は人間種の要素はほとんどないのです」

「改造されたから?」

「違うです。何万世代も重ねて、時間が経ち過ぎているからです。それがダメなら、たとえば、豚や牛を食べるのも禁忌になっちゃうのです」

「そうなの?」

「進化論という考え方があるのです」


 そういえば、そういう考え方があるということは聞いていた。微生物が進化をして今の人間になったというやつだろう。

 ルチアは、遡ってしまえば豚や牛も人間とつながっていた、と言いたいのだろう。

 実際、七百万年というとてつもなく長い年月は説得力があった。


「じゃあ、僕、『料理人アダム・ザッカーバード』が殺されたのも、それが理由だと思ったんだけど、違うのかな」

「えーっと、暗黒大陸の生き物――元人間種を料理して、英雄たちが食べていたということです?」

「うん、それがバレたら権威とか失墜しちゃうでしょ。だから、その秘密を守るために殺されたって思ったんだよね」

「大昔に人間種だった部分があるというだけなので、あまり関係ないと思うのです。それがダメというのなら死ぬしかないのです」

「そっか。食事するものがこれしかないのだから、仕方ないよね。当たりだと思ったんだけどなぁ」


 ルチアは微笑んだ。


「それよりも中に入るです」

「うん、ってあれ?」


 その時だった。

 それまで後ろで静かに待機していたギンがルチアの服をくわえて引っ張った。

 ギンはサイズ的に遺跡内に入れそうもないので、入り口前で待機の予定だった。

 そのギンがぬーん、と控えめに鳴く。まるで、中に入ってはダメという様子だった。

 ルチアはギンを安心させるように撫でる。


「大丈夫なのです。危険である可能性は、そこまで高くないのです」

「危険がないわけじゃないんだね……」

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