第172話 別の古代遺跡

 『幻想境』――それは『獣姫』と『大魔法つかい』の暮らす異境の地。

 この暗黒大陸のどこかにあるというおとぎの国だ。

 今からマクシムたちはそこを目指すということだが――ふと思ったことを口にする。


「えーっと、とりあえず、死なないかな?」


 クラーラ・マウロによる、あの異常な魔法を見た率直な感想である。

 マクシムとしては軽口七割本音四割だったが、ルチアはこちらを安心させるようにふにゃふにゃ笑う。


「大丈夫です。本当に大丈夫なのです」

「念押しが逆に怖いんだけど……」

「ルチアを信じて欲しいのです。マクシムさんは絶対に守って見せるです」


 年下の女の子に胸を張って言われる台詞としては情けないかもしれないが、マクシムは少しだけ安心する。

 ルチアの能力があるなら、本当に大丈夫なのだろう。危険を避けるために、わざわざ、こうやって遠回りもしているのだから。


「じゃあ、急ごうか。その『幻想境』に!」

「実はさらに寄り道をするのです」といきなり出鼻をくじかれた。


「どうしてって訊ねても良い? でも、きっとそれも必要なことなんだよね」

「はいです。いろいろ条件を成立させるために必要なことがあるのです。そのための寄り道をするです」

「じゃあ、仕方ないね」

「仕方なくないのです。これが良い道なのです。本当なのです」


 念押しが怖いなぁ、とマクシムは苦笑する。

 それでも、あの『大魔法つかい』相手に交渉するならいろいろ下準備が必要というのも理解できた。


 ギンが速度をあげる。

 ギンの背中に乗るのも最初は大変だった。

 元々騎乗するために造られたわけではないので、振動などで体が痛くなるのだ。

 そこでマクシムは振動が緩和されるように植物をクッションのように敷いた。

 鞍というほどではないが、無理なく体を固定するものも作った。

 ギンは嫌がることもなかったので、それで移動を続けていた。

 風はかなりの問題だったが――不安定な車みたいなものだから――風よけでかなりマシになった。

 非常に移動は楽になったが、ひとつマクシムは気になっていることがあった。


「そういえば、ルチアちゃん、どうやってギンと意思疎通しているのさ?」


 手綱があるわけでもないのに、どうやって目的地へ向かっているのか分からない。

 ただ、ギンは疲れる様子もなく――機械の体だから当然かもしれないが――正確にどこかへ向かっているような一直線さだった。


「愛情があれば通じるものなのです」

「いや、別にごまかす必要はないよね」

「本当なのです。というより、愛情以外にルチアがギンに渡せるものはないのです」

「愛情、かぁ。愛情……ごまかされている気がするよ」

「逆に考えて欲しいのです。愛情があるからうまく目的地に向かえているのです」

「結果論? でも、そう言われると、納得するしかないのかなぁ」


 マクシムが首を傾げていると、ねぇ? とルチアはギンの背中を撫でる。

 ギンは走りながらもわずかに身じろぎみたいなものをした。小さく鳴いた気もするが、風にまぎれてマクシムにはよく聞き取れなかった。

 ただ、愛情は伝わっている気がした。


「ふぅ……」


 ルチアが疲れたのか、マクシムに体重を預けてきた。一瞬戸惑うが、どうやら彼女は無意識的なようだ。

 眠そうな様子で目をこすっていたが、すぐに寝息を立て始める。疲れたのか。いや、疲れるに決まっていた。

 マクシムは起こさないように気をつけながら嘆息する。

 まだ幼い少女に頼りきりの状況――もう少し頑張らないといけなかった。


   +++


 そして、数日後、ルチアの言う寄り道場所に辿り着いた。

 マクシムは見上げながら呆然と言う。


「えーっと、これも神代の遺跡ってやつかな?」

「そうなのです。やっぱり、似ているです?」

「パッと見はそうでもないかなぁ。ただ印象はギンのいた遺跡と似ている気がしなくもないけどね」


 印象というか、おそらくは古代からあるものだろうと分かるだけで、正直、遺跡としては似ていなかった。

 ギンがいたものは全体的に建物が低いというか、半ば地下に埋まっていた。戦闘機械のギンがいたのだし、そういう用途で使われていたのだろう。

 だが、今回は立方体に近く、そこそこ高さがある。ビルというよりも、大きなスタジアムや博物館を思い出させる。


「前よりも建物が高いしね。何階建てくらいなんだろうね」

「それはちょっと分からないのです。ただ、ここは地殻変動の影響の少ない場所だったので、こういう遺跡も可能だったようです」

「ふーん、ところで地殻変動って?」

「ゆっくり、少しずつですけど、地面は動いているのです。ここはあまり関係ない場所なのです」

「へぇ。そういえば、ここは『大魔法つかい』に消されていないんだね。つまり、まだ遺跡として機能しているってことかな?」

「そうなのです。ルチアたちはその残された機能を解体したいのです」

「解体? えーっと、どういうこと?」

「それがあると、ルチアたちにとっては不都合だということなのです」

「どんな機能なのさ」


 マクシムは問いかけた。

 それに対して、ルチアの表情は見えなかったが、なるべく感情を込めないような、サラッとした答えだった。


「簡単に言うと、人体改造のための施設なのです」

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