第171話 『幻想境』へ
古代遺跡があった地点に戻ってみるが、本当に何もなくなっていた。
いや、本当のところ、マクシムにはここに遺跡があったのか自信なかった。周辺の自然環境と見分けがつかなくなっていたからだ。目印がないので分からない。
おそらく、そうだった場所を見渡しながら、変な笑いがこみあげてくる。
なんというか、ありえなさすぎる。
「何もなくなってるね!」
「どういうテンションです?」
「いや、意味不明すぎて。どんな魔法? どれだけ超越的なのさ」
「空間干渉、いえ、時空間干渉です……?」
「分かるの?」
「魔法についてはルチアにも全然なのです。とにかく『大魔法つかい』は超スゴイのです」
「なるほど。残念ながら、それなら僕も分かっていたよ。あと、超怖い」
何もなくなっているが、少しだけギンがどう思っているのか気になった。
が、ギンは鳴きもせずに大人しくしている。遺跡がなくなったことを気にした様子は見えない。
別に人間のような感傷があるとは思っていなかったが、そもそも、どれくらい理解しているのかも分からない。
「じゃあ、もうここには要がないかな」
「はいです。とりあえず、早く離れるです」
「どうして?」
「もしかしたらですが、『大魔法つかい』が帰ってくるかもしれないのです」
「急ごう」
+++
マクシムたちは逃げるようにして、ギンの背に乗って移動を開始する。
チラチラと後ろを気にしながら、ふと気になったことをルチアに訊ねる。
「そういえば、どうして『大魔法つかい』はわざわざここに戻ってくるのさ」
「一言で言うなら――」
「言うなら?」
「ヒマだからです」
「ヒマなんだ……」
予想外の答えにマクシムは苦笑をしてしまう。
だが、ルチアは意外と真面目な顔をしていた。どこか同情するような口調だった。誰に? 『大魔法つかい』に対してだろうか? どうして?
「マクシムさん、もしもの話です。もしも、何でもできたら何をするです?」
「何でもできたら、かぁ。よく分からないけど、今抱えている問題は解決しちゃうかな」
ニルデは復活させるし、アダム・ザッカーバードが殺された理由も知る。
それ以外にもいろいろある気がするが、とりあえずはその二つを解決させたい。
「英雄にして至高の魔法使いであるクラーラさんなら簡単に解決できてしまうのです」
「つまり……超羨ましい?」
「持たざる者にとっては羨ましくとも、持っている者にとっては不要ということもあるのです」
「そうかな。そういう人も持っていなかったら欲しいと思うんじゃないかな?」と言いながらマクシムは首を横に振る。「いや、ちょっと違うね。持っている者から失われたらそれを取り戻そうとするんじゃないかな?」
たとえば、とマクシムは少し考える。
「すごく速く走れる人が事故で足を失ったら、健康的な足を求めるんじゃないかな?」
人間は自分が手にしたと思ったモノを失うことを極端に嫌がり、恐れる。
基本的に人間は何かを得するよりも損することに強い抵抗を覚えるらしい。
つまり、持っている者にとって、それを失うということはストレスになるはずだ。
ルチアは「一理あるです」と認めながらも、「どう言えばよいのです?」と首を傾げる。
「『大魔法使い』は不可能がほとんどないくらいスゴイ力の持ち主です。万能の力は好き勝手使えなければ、逆にその過剰な力が枷になるものなのです」
「どういう意味さ?」
「行動は人を傷つけることがあります。クラーラさんはそれを避けようとする人なのです」
「えーっと、もしかしてだけど、『大魔法つかい』って優しい人なのかな?」
「はいです。優しいのです。なので、万能の魔法で他人の運命を変えすぎてしまうことを避けるために、彼女は隠遁生活を送っているのです」
「えーっと、つまり、だから、ヒマってこと?」
「唯一無二、不老不死の至高の魔法使いは積極的ヒマ人なのです」
さすがにそこまでいくと、七人いたという救世の英雄たちの中で頭抜けすぎていないだろうか?
「ふと思ったんだけど、一人だけスペックおかしくない?」
「ただ、クラーラさんにも聖剣は通用しなかったり、弱点はあるようなのです」
聖剣? とマクシムは首を傾げる。
ルチアは「『士』の昇任試験の時に見たはずです」と前置いて続ける。
「聖剣『テイル・ブルー』はイーサンさんが持っていた剣です」
マクシムは、ナタリアと戦いになった時にイーサンが抜いた剣を思い出した。剣の刃がいきなり消えて驚いた記憶がある。
「あー、あの消える剣だっけ?」
「です。かの英雄クレート・ガンドルフィが生み出した永続防衛特化型聖剣はあらゆる魔法を打ち消すです」
「でも、ナタリアの使役する竜の一撃は防げていなかったよね」
「相性の問題です。そもそも、あんな無茶苦茶な一撃は例外なのです」
「意外と英雄同士でも相性とかあるんだね」
「そういうものらしいのです。あの聖剣の持ち主なら『大魔法つかい』も斬ることができるです。あと勝てる可能性があるとしたら『案山子』くらいなのです」
最強の殺し屋なら通用する、ということか。遠距離遠隔無差別殺人能力なら納得だ。
ルチアは「あともう一人いたです」と言う。
「もう一人? 他の英雄かな? 『武道家』とか?」
「いいえ、『予言者』や『料理人』はもちろん、『武道家』でも『竜騎士』でもないです。英雄ではないのです」
「じゃあ、誰?」
「『獣姫』です」
何度か話題に上ったので、その名前はマクシムも知っていた。
「あー、聞いたことはあるよ。おとぎ話だと思っていたけど、実在しているんだよね。そんなに強いんだ」
「戦闘能力においては究極です。英雄たちが束になっても勝てないと思うのです」
「『大魔法つかい』って至高かつ万能とか言っていなかった?」
「それでも及ばないのです」
「それが本当なら化け物すぎない?」
ちょっと想像できないほどの怪物だ。少なくとも英雄たちに倒された魔王よりも魔王な気がする。
「ですが、ルチアたちはこれから会いに行くです」
マクシムは何を言われたか分からなかった。
ただ、言われた内容が少し浸透し、理解に至る直前、思考停止したまま口が動く。問い返す。
「? 誰に?」
ルチアは微笑んだ。
どこか強がっているような笑みだった。
「これが『大魔法つかい』と会う最短経路。最善策なのです」
「お願いだから教えて。僕らは誰と会う必要があるのさ」
ルチアは答える。
「これからルチアたちは『幻想境』にいる『獣姫』に会いに行くのです」
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