第170話 世界を愛する者

 『大魔法つかい』クラーラ・マウロの魔法により古代遺跡は消滅した。

 しかし、遠目であったことは無関係に、何が起きているのかマクシムには分からなかった。呆然としながら声が漏れてしまう。


「え、遺跡……消えたんだけど……?」

「はいです。消えたです」

「何が起きたのさ」

「『大魔法つかい』の魔法で消滅したのです」

「いや、それは分かるんだけど、どうして『大魔法つかい』はこんなことをしたのさ」


 ルチアは「あくまでも可能性の話です」と前置きをして続ける。


「あの古代遺跡は役目を終えたのです。クラーラさんは、神代の遺物が現代にあってはならないと判断したのだと思うです」

「役目っていうなら、もうとっくの昔に終わっていたんじゃない? だって、もう使う人なんていなかったでしょ」

「いえ、ギンがいたのです。ギンがいる限り、古代遺跡は役目があったのです」

「ギンが? あー、なるほど。ギンがいるだけでも遺跡として意味があったのか。それがいなくなったから、か」

「ですです。ギンを守るための役目なのです」


 本来、この遺跡は戦闘目的で使われたのだろう。

 もちろん、その目的はとうの昔に失われている。

 そもそも、この暗黒大陸で何と何が戦ったのかさえ分からない。大昔過ぎてまともに情報も残っていないのだろう。

 だが、すごい技術を持った神代の人類種が戦争でもしたのかもしれない。あくまでも想像の話だ。

 ただ、それだけ強固な要塞にいたからこそ、ギンは悠久のような年月としつきを過ごせたのだろう。

 マクシムは一瞬で消し去った『大魔法つかい』の魔法を思い出しながら言う。


「すごい強固な遺跡だったよね。鉄なんかよりずっと固そうだったし、簡単に破壊できるなんて信じられないよ。一体、どういう魔法で破壊したのかな」

「意外と普通の攻撃魔法かもしれないです」

「そんなバカな。あの巨大な遺跡が一瞬で消滅だよ? 未知の究極魔法でもないと信じられないよ」

「クラーラさんは世界最高の魔法使いなので、こちらのスケールで考えない方が良いのです。普通の攻撃魔法が人類種の限界を超える威力を持つかもしれないのです」

「つまり、何でもアリってこと?」

「はいです。『大魔法つかい』は基本的に何でもアリなのです」


 ルチアは「見て欲しいです」と宙に浮く『大魔法つかい』を指さす。


「空中に浮いているです」

「言われてみれば、当たり前に観ているけど、あれもおかしいね」

「はいです。超高難度の飛行魔法を使用できる人間なんて数えるほどしかいないのです。普通の人間では魔力が不足していてその出力がないからです」

「それにいきなり現れた」

「空間転移です。そもそも、完全な空間転移は『大魔法つかい』以外に使える人間はいないです」

「そういえば、そんな話を聞いたような気がするよ」


 あの『案山子』の一件でカルメン大佐から聞いた気がする。疑似的な空間転移でさえも実現できる人間はほとんどいないとかなんとか。

 つまり、空中に浮く『大魔法つかい』は自然な光景に見えたが、冷静に考えると異常の塊だった。

 こちらの想像を超える破壊魔法だか消滅魔法が使えない方が不自然か。


「あ」


 目を離したつもりはなかったが、いつの間にか『大魔法つかい』の姿は消えていた。

 一応キョロキョロと視線をさまよわせて探すが、見える範囲からはいなくなっている。


「見失った……」

「もう目的は果たしたので帰ったようなのです」

「わざわざ遺跡を消しに来たってこと?」

「そうです。結果から見てもこの可能性以外考えられないのです」

「しかし、どうして遺跡があってはダメって考えたんだろうね」


 答えが知りたいというよりは、理解できないという感情の方が大きい。

 遺跡があったところは本当に何の痕跡もない。無だ。

 いや、よく見ると、うっすらと植物(に見えるが、マクシムは植物に感じられないモノ)が生え始めている。

 まさか、急成長させている? つまり、『庭師マクシム』と同じことができるということか?

 いや、暗黒大陸の植物(以下略)を操作できるなら、自分よりも圧倒的に格上な気がする。

 マクシムは何となく自分の存在意義に疑問を覚えながら静かに苦笑する。本当に何でもアリだ。


「本来なら、あの遺跡は存在してはいけないものなのです」


 ルチアの言葉が、マクシムの疑問に対する応答だということに一瞬気づかなかった。


「うん、分かる気がするよ。異物っていうかさ、暗黒大陸の生き物が使っているようには見えないからね。案外、大昔の人類種が持ち込んだものなのかもね」

「七〇〇万年も前から存在していたので、『大魔法つかい』にとって目障りだったのです」

「つまり、『大魔法つかい』はってことかな? 古代遺跡の痕跡さえも残したくないほど――憎んでいたってことなのかな?」

「憎んでいたわけではないと思うのです。ただ――」

「ただ?」

「おそらくクラーラさんは悲しかったのだと思うのです。本来なら存在しないはずのものがある、それを悲しいと感じる優しい人らしいのです」


 それが本当に優しさなのかは分からない。

 そもそも、どうして『大魔法つかい』がそこまで本来の状態に固執しているのかも謎だ。

 だが、それほどまでに固執していたからこそ、すぐ異変を察知できたのだろう。

 ギンがいなくなるという、遺跡の意味が失うというその時を待ち望んでいたことは想像できた。


「ギンがあの遺跡を出たから消したんだよね」

「そうだと思うです」

「遺跡を消滅させることが大事だったら、ギンがいても関係ないよね。でも、いる間は消滅させなかったってこと?」

「はいです。『大魔法つかい』はとても優しく、世界を愛しているそうなのです」

「確かに、優しい人なのかもね」


 ルチアは苦笑する。


「ただ、優しい人は怖い人でもあるのです」

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