第169話 唯一無二
ネコのギンが仲間になった!
のだろうな、とマクシムは判断したが、別に確証があるわけではない。
ギンは大人しくルチアについていっているが――マクシムではなく、明らかにルチアだ――会話できないので、どういう意識なのか分からなかった。
ただ、何となく動物が懐いているような空気を醸し出している。
マクシムが微笑ましく思っていると、ルチアは「あ!」と大きな声をあげる。
いきなり表情が一変し、顔を青ざめさせた。
「忘れていたです! すぐにここから脱出するです!」
「どうしてさ」とマクシムが問い返す前に手を捕まれ、ルチアは小さな体で引く。
「危険なのです!」
「走ろう」
マクシムは事情を問いただす時間もないという事態に驚きつつ、小走りになる。
全力疾走するには足場が悪いし、視界も悪い。おまけに、ルチアは幼い。
可能な限りの速度で、来た道を引き返す。
一瞬だけ背後が不安になるが、ギンはゆっくりとした足取りで――そうでなければ、マクシムたちを抜き去ってしまう――こちらについてきていた。
だが、すぐにギンは何かに反応し、にゃあん、と鳴く。
そして、カレは口をあんぐりと開けると、
「え」「わ」
器用にマクシムとルチアの服をくわえて、ポンと上空へはねあげた。
マクシムは必死にルチアを庇おうとするが、中空では体勢が取れない。
ただ、宙に浮いていたのは一瞬だけだった。
ギンはマクシムたちの下になるように滑り込んだ。
マクシムたちは着地の際にもほとんど衝撃はなかった。
ギンの背に乗る。
「わぁ」「きゃぁ」
それほど広くなかったので、ルチアと密着した状態になる。
掴むところはなかったが、ギンが上手くバランスを取っているのか、意外と安定感があった。
ギンはそのまま加速して走り出す。
機械の体なのにほとんど音がしない。
そして、あっという間に遺跡の出口が見えてきた。
ルチアは呼吸を整えながら言う。
「ギンにも分かったようなのです」
「この子、すごい賢いな」
「です。それよりも危険についてです」
「それ。一体、何の話なのさ」
「『大魔法つかい』です。もう少しでこの場に『大魔法つかい』が現れるです」
マクシムは少し意表をつかれた。
「『大魔法つかい』って、英雄のクラーラ・マウロだよね。僕らが会おうとしている」
「はいです」
「それが危険ってどういう意味?」
問いにルチアが答えるタイミングだった。
風。そして、光。
遺跡の外に出た。
マクシムは眩しくて目をすがめた。
「あぁ」と意識せずに息が漏れる。
ギンの足は止まることなく、そのまま遺跡からどんどん離れていく。
風を全身で感じながら、マクシムは大きく声をあげる。そうしないとまともに会話できないからだ。
「ちょっと待ってよ。『大魔法つかい』が来るなら、会おうよ」
それでマクシムの目的達成だ。いや、達成は言い過ぎにしても達成に大いに近づくはずだ。
だが、ルチアは首を振る。
彼女の声は風の中でもよく通った。
「会ってもムダなのです。ルチアたちはまだ交渉材料が揃っていないのです」
「じゃあ、交渉材料はいつ揃うの?」
「もう少し時間が必要なのです。とりあえず、逃げるのです」
「逃げないとどうなるの?」
「一番可能性が高いのは、基地まで逆戻りなのです。ギンとももう二度と会えなくなるです」
それは勘弁して欲しい。
全てが台無しというのは、本当に心が折れるし、それ以上に、ニルデが保つかどうか分からない。
そして、ナタリアと会いたかった。
もうそろそろ子どもも生まれるはずだ。
早くこの仕事を終わらせて、平和な暮らしに戻りたかった。
それは心からの、切なる願いだった。
「マクシムさん」
「ん?」
「もう少しなのです」
「うん」
「頑張りましょうです」
「うん、そうだね」
ルチアはマクシムの心の裡を理解しているのか、どこか達観した笑みを浮かべている。
それはまだ十歳の少女には見えないほど、大人びていた。
「そろそろ、現れるです。ギン、止まってです」
言葉が通じたのか、それとも、ポンポンと背中を叩いたことで通じたのかは分からない。
ただ、ギンはゆっくりと速度を落として、止まった。
「降りるです」
「手を貸すからちょっと待ってて」
ギンは低い体勢になって座っているが、それでも馬よりも体高はあるので、慎重に降りた。
ルチアに手を貸して降ろしてから、そのまま低い体勢になる。
「このまましばらく待ってです」
「身を隠さなくても大丈夫?」
「この距離なら大丈夫です。そもそも、クラーラさんはルチアたちがいることを知らないので、気にしていないのです」
「魔法を使って探知とかは?」
「可能性は高くないのです」
皆無というわけではないのか。
この辺りは自然が多いが、マクシムの目では植物には見えない植物だらけだ。
ここでマクシムが生み出した植物で更にカバーするのは……あまり意味がないどころか、不自然な植生に気取られるかもしれない。
「苔なら良いと思うです」
「え」
「苔はこの辺りに生えている植物にも紛れるので、それで迷彩すればほとんどバレないと思うです」
なるほど。
ルチアのアドバイスに従い、マクシムは苔を生み出し、それをシート状にする。
ギンとルチアに被せて、その中にマクシムも入る。
『大魔法つかい』が見えるように、一部を裂いて、そこから視線を向ける。
準備はギリギリだった。
「現れたです」
「どこ?」
「離れているので、ほとんど見えないです」
マクシムはルチアの視線の先を見て、ようやく分かった。
宙に浮いているため、鳥との見分けがつかない。
五〇〇メルは離れているのだから当然だろう。
目を凝らすが、ほとんど点のようにしか見えない。
「あれが世界最高の魔法使い……」
今までマクシムが会った最高の魔法使いは『士』の大佐だったカルメン・ピコット。
彼女と比べても、圧倒的に格上だという存在らしい。
「クラーラ・マウロは特別なのです」
「そりゃ英雄だしね」
「そういう意味だけではないのです。彼女は唯一無二の存在なのです」
マクシムは目が離せなくなる。
これだけ距離が離れているため何が起きたのか分からない。
だが、明らかに空間が歪んでいた。
その中心には『大魔法つかい』の姿がある。
「これから魔法を使うです。世界最高の魔法使いが」
「一体、何のために?」というマクシムの問いは意味がなかった。
目の前でそれが起きたからだ。
それは一瞬の出来事だった。
あれほどまでルチアが焦っていた理由が分かった。
先ほどまでマクシムたちがいた遺跡は非常に堅牢な要塞のように見えた。
七〇〇万年だかの時間経過にも耐えられたのだから、おおよそ人知を超えた耐久性を誇っていたはずだ。
だが、『大魔法つかい』クラーラ・マウロの魔法が発動した結果――。
古代遺跡は消滅した。
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