第103話 違和感

 その時、マクシム・マルタンは異常を察知していた。

 違和感と焦燥感。

 あまりなじみのない、謎の感覚に急き立てられる形で行動していた。


 現在、マクシムは植物を操作し、枝から枝へと伝わることで移動している。

 もう手足を動かす必要さえなく、周囲の状況確認をしながら、ただただ植物に身を任せる。

 別のことを考えながら、その程度の芸当は可能になっていた。

 必死になって戦った経験が、怪物扱いされるほどの高みへとマクシムを成長させている。

 ただ、今はそれよりも、大切なことがあった。

 予定外の行動にマクシム自身が違和感を覚えていた。


 ──どうして、僕はこんなことをしているんだろう?


 そう疑問に感じないわけではなかったが、勘に近い感覚に従って、急き立てられる形で移動を続ける。

 マクシムの移動先は、戦闘の痕跡のあった場所。

 つまり、川沿いである。


 マクシムの感知能力では、誰が誰だったかは分からない。

 だが、四人の人間が一人を追いつめていた状況は把握していた。


 おそらくだが、『士』の人間たちが手を組んで、昇任試験参加者の一人を倒そうとしていたのではないだろうか。

 四人で手を組まないと倒せない、誰か。

 何となく、マクシムは最初に集まった時に目の合った美少年のことを思い出していた。

 おそらくあまりマクシムと年齢の変わらない

 何となくだが、『W・D』と同じく特務大尉の地位にある、ジャンマルコ・ブレッサのことを思い出していた。


 ──あの子が、倒されそうになったのかな。いや、倒されたのかもしれないのか。


 何も分からない状況が、自分を動かしているのかもな、とマクシムはあまり納得しないながらも考えた。


 先ほどの『士』たちの戦闘地点に到着したが──戦いの痕跡はわずかにしか残っていない。

 それさえも、場所を知っているから分かる程度のもので、派手な焼け跡などはない。

 それほど時間が経過しているわけではないので、もしかしたら、あの人たちがここに戻ってくるかもしれない。

 そう考えないわけではなかったが、何となく不安感からその場を調べ始める。


 ……マクシムは自分の行動を納得していない。

 何が起きているのか分かっていないし、そもそも、認識不足からにあった。


 マクシム・マルタンの強みは広範囲への無差別展開能力だ。

 人間に比べると広大な森に隠れながら、一方的に攻撃できる点が圧倒的に有利な状況を作っていた。

 島内ほとんどの植物に干渉するという、類を見ない大規模能力に『士』たちが警戒感を持ったこともある。

 実際、致死的な毒物を飛散する形で速攻を決めていたら、既にマクシムが勝利していた可能性さえあった。


 だが、それはさすがにマクシムにはできない。

 マクシムの選択肢にはない。

 自分の手を汚したくないという利己的な面がないわけではないが──恋人の姉ニルデ・サバトとの件が禍根を残している──それはメインの理由ではない。

 島全体を毒源とした時に、マクシムやナタリアに影響を出さないことが

 ナタリアに関していえば、島から出てしまえば問題ないが、マクシムについては不可能だ。


 実のところ、毒を生み出すことよりも、毒に指向性を持たせることの方がマクシムには難しい。

 指向性がない。

 つまり、マクシムは無差別攻撃しかできない。

 人体に影響のある毒物を、自分たち仲間だけ対象外にすることができなかったのだ。


 代わりに、毒を打ち消す薬を生成し、万が一には備えているが、やはりあまり致命的なものは使いづらかった。

 当然だろう。

 毒物を媒介するための空気や水は操作できない。

 確実に個人へ作用させるためには、マクシムの能力はあまりにも規模が大きかった。

 だが、直接的に毒を打ち込むこともあまりにも難易度が高い。

 毒を生成した植物に追い込む、罠のような使い方が最も現実的だ。


 だから、マクシムの必勝方法はとにかく『位置を悟られないこと』、『近寄られないこと』だった。

 それなのにマクシムは自分の不安感に煽られる形で、戦闘現場に出張ってきてしまっていた。

 このまま『士』の大尉たちに遭遇した場合、速攻で落とされるアンバランスな首が──マクシムだった。


 マクシムは何か痕跡がないか探すが、そこで気づいたことがあった。

 土だ。

 川沿いの砂とは異なった土が破片のように散らばっている。

 まるで、戦った後に、ばらまいてしまったように、この場ではありえない土が散乱している。

 つまり、それは人為的なものが絡んでいるということ。

 農家として暮らしていたマクシムだからこそ気づいた、土の異常だった。


「……まさか……?」


 それまでの漠然とした不安感とは違う、違和感に襲われる。

 たとえば、土を使って攻撃する能力者がいるとしたら?

 もしかしたら、この土に何か罠を仕込んでいるかもしれない。

 マクシムはパッと触れた土を払い、川で軽く手を洗う。

 考えすぎかもしれないが、とにかく、この土は異常事態だった。


 急いでこの場から離れよう。

 そう思った、その時だった。


 

 いや、それは高笑い付きの名乗りだった。


「はっはっは! 我が名はリオッネロ・アルジェント! マクシム・マルタン君だと見受ける! いざ尋常に勝負!」


 川の向こう。

 まだ直線距離では少しあるが、顔かたちが分かるくらいの距離。

 『士』の人間がいた!


 その場で、隣にいたウーゴ・ウベルティがリオッネロを殴り飛ばしているが、マクシムはそれをほとんど見もしなかった。

 その場から振り返りもせずに逃げ出したからだ。


 近寄られたら負け。

 自分が、敗北寸前の危機的状況であることを理解して、全力でその場から離脱を開始した。

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