第102話 動き出した策

 ──このまま待ちで良いのかな?


 その時、マクシムは何となく嫌な予感がしていた。

 言葉にできない焦燥感に不安感。

 樹上から動かず、能力を使用するだけの現状に疑問を感じていた。


 そもそも、マクシムは自分が化け物扱いされていることなど知りもしない。

 森の中に入った人間を、撃退するために『自分の攻撃性を増幅させる』劇物を作り出した。

 その結果、同士討ちをさせることもできた。ようだ。

 たとえば、眠らせる形では試験が終わらない可能性も考え、負傷退場を狙ったのだ。

 だが、明らかにやりすぎな気もしていた。


 ──誰も死んでないよね?


 そうマクシムが考えてしまうほど激しい戦闘があったようだった。

 具体的に何が起きているかまでは把握できない。そこまで完全な感知能力はない。

 何となく分かる程度のことで、確信はない。

 これは、あまりにも高い感知能力では、虫や動物の動きを含め膨大な認識能力が必要になるため、無意識にセーブしてしまうからだ。

 もしも、完全に認識してしまったら、あっという間に脳が疲弊ひへいし、倒れていただろう。


 完璧な能力など存在しない。

 バランスは重要だ。

 ただ、総合力が無意味になるケースは存在する。

 専門家スペシャリスト総合手ジェネラリストを一分野で圧倒するのは当然の話。


 その不完全な認識でも──マクシムは何となく違和感を覚えていた。

 順調に島全体を支配下に置いている状況は、あまり良くない気がしてきた。


 ──このまま終わるとは思えない。


 何が起きているのか、完全に分からないからこそ、その予感は具体的なものへと成長する。

 たとえば、だ。


 超遠距離からの魔法攻撃は?

 空間転移による直接攻撃は?

 大規模魔法での焼き討ちは?


 ……マクシムは戦闘経験がほとんどない。

 田舎で野菜を育てるばかりで、まだそれほど長いわけでもないが、争いごとは明らかに苦手な人生だった。

 そんな中、『武道家』や『竜騎士』『案山子』をはじめとした、ワールドクラスの達人たちと触れ合ってしまった。

 『魔王の眷属』や『魔女』カルメン・ピコットといった容赦ない敵と対峙してきた。

 故に、彼は敵を過大評価する傾向があった。

 無論、過小評価するよりは良いのだろうが、過大評価も良いことではない。


 ──ちょっと見に行くかな……。


 マクシムは不安感から動き出す。

 最初の作戦としては徹底的な待機策だった。

 島中の植物を操作し、森に入って来た人間を徐々に削っていく。

 それが勝率の高い策だと考えていた。

 しかし、マクシム、いや、策を相談したナタリアも含めて分かっていなかったことがあった。


 ということ。


 何も見えず、敵が何をしてくるか分からない状況は怖いのだ。

 更に言えば、マクシムの中途半端な感知能力が悪い想像をかき立てた。

 そこには、もしかしたら、死人が出たかも、という不安もあった。


 ディアナ・フェルミ大尉の評価は正しい。

 マクシムは優しい、小市民だった。


 ただ、実のところ、マクシムが動き出したのは、そのではなかった。


   +++


 厳しい表情のディアナは「マクシム、動き出しました」と言う。

 実は、その後に「おそらく」と付け加えそうになっていたが、その言葉は吞み込んだ。

 厳しい表情なのは神経を集中させているからであり、そこに感情はのっていない。

 そんな余裕はなかった。


 彼女の前には一体の土人形がある。

 それは非常に粗い造りではあったが、マクシム・マルタンを模していた。

 マクシムを模しているが、それは形だけだ。

 手足を投げ出した体勢で、地面に座ったまま動かない。

 

 ディアナの呪詛蒐集能力は最低限に達していない。

 情報収集は最低限だし、攻撃も不可能。

 そもそも、ヒトガタを生み出すことができないから土人形で代替している。

 だが、たった一つだけ、『メイド天国』の従業員をはじめとした現代の呪詛蒐集能力者たちより優れた、特殊な用途があった。


 それはする能力。


 いや、正確にはそれしかできない。

 入念な準備が必要だし、刺激した結果がどうなるかのコントロールも不可能。

 ただ、硬直したどうしようもない状況を動かすだけの力があった。


「……本当に動き出したのか?」

「ええ」

「……どこから現れる?」

「分かりません。ただ、おそらく、私たちの方向に来ているみたいです」


 他の三人の『士』たちは何が起きているか分からない。

 ただ、ディアナに対する信頼から、確かにマクシムが動き出していると判断する。


「……マクシムはどういう心理でこちらに向かってきているんだ? 待機戦術が最も効果的な状況だろ。それが分からないくらい素人なのか?」

「いくつか理由はあるんだと思いますけど、一言でまとめると『不安』ですね」

「不安? どういうことか教えて、ディアナ」

「何が起きているのか知りたい、そんな不安ですね。一番は私たちが死んでないか、傷ついていないか、不安なんだと思います」


 ディアナの言葉に『士』の面々の間に、どこか不可解な空気が流れる。

 正当な試験であっても、相手のことを考える心理は理解できなくない。

 だが、真っ先に切り捨てるべき感情だからだ。


「……確かに、マクシム・マルタンは悪い奴じゃないのかもな」

「むしろ、良い奴だろ!」


 こういう状況でなければ、少しくらい話をしてみたかった、とディアナは思った。

 もちろん、別に友だちになりたいわけではない。

 試験が開始されてしまった今では手遅れだが、意外と説得できたかもしれない。

 手を引いてもらう、利益交渉できる可能性。

 ただ、それは今更の話だ。

 ディアナたちはそこまで甘い人間ではない。

 つけ入る隙があれば、総取りが基本。

 マクシムには負けてもらう必要があった。


「急ぎましょう。マクシム・マルタンを迎え撃つために」


 『士』の面々は同時に頷いた。

 作戦準備をしながら、ふと、ウーゴ・ウベルティ大尉は独り呟く。


「……そういえば、ジャンマルコ特務大尉はどうしたんだ?」


 その呟きは誰かに向けたものではなかったので、虚空に吸い込まれる。

 そして、マクシム・マルタン迎撃作戦の準備で、その疑問は意識の外に運ばれていった。


   +++


 ちなみに、その時のジャンマルコ・ブレッサ特務大尉は、


「…………………ぐぅ……」


 まだ呑気に眠っていた。

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