第101話 彼女の奥の手

 惑乱わくらんしていたディアナ・フェルミ大尉は意識を取り戻した。

 ただ、その代償というか、制圧戦の末に──彼女はボロボロになっていた。

 傷だらけ泥だらけになり、地面にへたりこんでいる。


 ただし、ボロボロになっているのは他の三人も同様だ。

 ウーゴ・ウベルティ大尉もリオッネロ・アルジェント大尉もマーラ・モンタルド大尉も、大なり小なり傷を負っている。

 それがラリったディアナを止めるためと言われても──ウーゴたちに非難の意図はないとしても──どうしようもない。不可抗力だから。

 それでも、ディアナは一応「ごめんなさい」と謝った。


「まさか、マクシムが毒、いえ、薬物を使ってくるなんて……」

「……いや、俺の方こそすまん。森に立ち入ることも難しいとは思わなかった」

「全然優しい子ではありませんでしたね……」

「……そうだな。能力的にも性格的にも難敵だな」


 マクシム・マルタンは厳しかった。

 冷たいとか悪とかそういう意味ではなく、

 こちらの動きを感じ取り、最悪の一手を打ってきている、恐い敵。

 逆に言えば、それだけ本気で試験に挑んでいるのだろう。

 マーラがボソッと言う。


「これからどうする? 他に策はある?」

「……悪いが、俺は抜けるよ」と肩を竦めるウーゴ。

「諦めるのですか?」

「……ああ。勝ち目がない」


 ウーゴは暗器使いだ。

 彼我ひがの戦力を冷静に判断し、強大な敵さえも一瞬の隙を突くことで倒す。

 そこには、策が破られたら、命を奪われても仕方ないという覚悟があった。

 卑怯な策を使うからこそある潔さ。

 暗器使いの美学。

 そして、命を賭けているからこそ、ウーゴは撤退の判断も迅速だった。

 本当に大切な場面で命を賭けるためには、命を無駄にできないのだろう。

 ディアナはリオッネロとマーラの二人に視線を向けて問いかける。


「二人はどうする?」

「部外者に負けを認めるのは悔しいから突撃」

 リオッネロは今にも突撃しそうな顔で言う。

「同感」とマーラは不敵に笑う。


 ディアナは頭を抱えたくなるが、『本気』は伝わって来た。


「この脳筋ども──ってバカにしたいところですけど、それ以上の策はありませんか……」

「気合い。それだけが世界を変えられる」

「下手の考え休むに似たりってやつだよ、ディアナ」


 ディアナは不屈の精神を騙る二人にため息を送る。

 本気で言っているからこそ救いがない。

 このままでは負けるためだけの戦いになりそうだ。


 だが、仕方ない面もあった。

 マクシム・マルタンの位置が分からず、広範囲への無差別攻撃も可能という状況下では、策の構築など不可能に等しい。

 正直、ディアナはここまでマクシムに有利な条件を設定した上層部に怒りを覚えた。


 ──いや、他責思考は無意味ですか。


 ディアナはすぐに冷静になる。

 仮に廃村みたいな場所であったとしても、植物は至る所にある。

 そもそも、人のいる街中での試験は難しいし、暗黒大陸への派遣を考えると、人里離れた島内での試験は理にかなっている。

 マクシムは空間を広く使った試験では無敵に等しいのだ。


 何にせよ、少しでも時間を与えたら、マクシムは自分の能力範囲を広げるのだから、勝つためには速攻で倒すしかなかった。

 ただ、そのための情報に欠けていた。

 いや、そもそも、マクシムの位置情報があったとしても、短時間で勝利することは超難題。

 最初から詰んだゲームだったのだ。

 だが、勝ち目がない中で戦うのはディアナとしても本意ではない。

 どうにか勝ち目を作る手段はあるか、自問自答する。


 

 


 だが、それを他の受験者たちに披露するのは、危険も伴った。

 ただ、脳筋の二人と陰湿な暗器使いを効果的に使わなければ、意味のない程度の裏技。

 ディアナは迷いたかった。

 しかし、迷う時間がないことも理解していた。

 だから、すぐにため息のような吐息と共に吐き出した。


「——少しだけ私に策があります」

「え、本当に? ディアナ?」とマーラは大きな目を更に見開いた。

「呪詛、という単語を聞いたことがある人はいますか?」


 三人とも反応は異なったが、「知らない」と否定した。

 どうやら『案山子』に関する知識はないようだ。ついでに『メイド天国』についても無知。

 ごまかすことも考えたが――たとえば、魔法などと混同させることも難しくはない――ディアナは口止めすることを選んだ。

 誠実さがなければ、通じないという判断。

 それは、『士』の仲間という以上に、少佐昇任試験のライバルという関係からの信頼だった。


「これは内密にして欲しいんですけど、私は、呪詛を蒐集し、それを活用する能力があります」

「……魔法みたいなものか?」

「いいえ、呪詛蒐集能力は魔法とは異なり、まともに体系化されていないです。個人差も大きく、英雄であるハセ・ナナセのようなことはできませんが、少しだけ状況を打破できるかもしれません」

「……よく分からないんだが、呪詛を活用すれば、何ができるんだ?」

「私がマクシム・マルタンの居場所を探ります。そこが判明すれば、諦めなくても良いのではないですか?」


 実のところ、ディアナはまともな呪詛蒐集能力があるわけではない。

 まず、ヒトガタを創造することができない。

 呪詛蒐集能力者にカウントもされないほどのわずかな能力で、見落とされている。

 ただ、土人形を操る能力もこの応用であり、ある意味では『メイド天国』の従業員たちよりもよほど有効活用できていた。

 正直、本当にマクシムの居場所が探れるかどうかは賭けだったが、不可能とも言えない、そんな能力だった。

 ウーゴは半信半疑の様子で言う。

 ただ、その表情を見ると、完全な諦めムードは払しょくされていた。


「……本当にそれが叶うなら、少しは勝機が生まれるかもな」

「やってみようよ! もしかしたら、勝つチャンスかもしれないでしょ!」

「おうよ、ウーゴ。諦めるよりは可能性があるだろ。そっちの方がよほど合理的だ」


 マーラとリオッネロの二人はもう乗り気だった。

 ウーゴはそれでもまだ疑わしげなままだ。


「……一つ聞くが、その呪詛蒐集能力とやらはお前の隠し技だよな。俺たちに言って良かったのか?」

「言わないと協力しないですよね」

「……分かった。その話はこの場限りで、口外しないことを約束しよう」


 ウーゴはディアナを見て、いろいろ察してくれた。

 それまで隠していたということは、何か後ろ暗いものだ、ということも分かってくれたようだ。

 実際、ウーゴが最後に決断できたのは、ディアナの覚悟を汲んでだった。


 リオッネロとマーラも承諾した為、作戦は決行となった。

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