第100話 混乱
ウーゴ・ウベルティ大尉は盗聴器に耳を傾けながら何が起きているか分からず、混乱していた。
戦闘が起きた?
ディアナ・フェルミ大尉が、ウーゴ・ウベルティ大尉を一方的に襲っている?
「……意味が分からない」
「どうしたの?」とマーラ・モンタルド大尉。
「……ディアナ大尉が、リオッネロに襲いかかった」
「は? どうして?」
「……だから、意味が分からないんだよ」
その時、ウーゴとマーラの二人は、囮と餌役の二人とは異なり、河口に近い平地で待機していた。
ここでマクシムを迎え撃つ予定だった。
ウーゴの計画はシンプルだ。
マクシム・マルタンを釣るためだけの計画、しかも、即興なので、やっていることは複雑にできない。
まず、土人形を使って偽装が可能である、ディアナ・フェルミ大尉が『
マクシムの能力がどれくらいの関知能力なのか不明であるため、男女二人ずつだと分かる程度には精巧な土人形にする。
そして、リオッネロ一人に別行動させる。
これが餌の役割だ。
マクシムは『士』の人間ではない。
彼の立場になって想像してみる。
ジャンマルコ特務大尉を含めた、五人が組んで攻撃を仕掛ける可能性も考慮しているはずだ。
四人と一人に分かれて行動していれば──きっと一人の側から倒そうとするはずだ。そう考えた。
もちろん、作戦に穴はいくつもある。
マクシムがそこまでの感知能力がない場合は全く無駄である。
だが、これだけ植物を広げているのだから、ある程度の空間支配能力があると仮定して作戦を組んでいた。
それに、五人が組んでいるといったが、ジャンマルコ・ブレッサ特務大尉だけは実際には手を組んでいない。
彼が勝手に森の中で動いていれば、六人が動いている計算になる。
つまり、人数が合わない。
そういう意味でもジャンマルコとも組みたいとウーゴは考えていたが、それは叶わなかった。
仕方ない。
完璧な計画など組めるわけがない。
可能なのはわずかでも可能性の高い計画である。
森の範囲外である川を下って、その先に待機したウーゴとマーラの二人で制圧する。
そのために、暗器使いであるウーゴが罠を作り、正統派の戦闘技能者であるマーラが魔法と武器を構えている寸法だ。
マクシムを森の中から引きずり出すための作戦。
それを成功に導くのは、リオッネロが与えられたアイテム、盗聴器だ。
これを持っていることをウーゴは知っていたため、計画を考えたのだった(ちなみに、リオッネロを倒したときに確認した)。
それがなく、マクシムが強敵でなかったら、ウーゴは既にリオッネロを退場に追い込んでいただろう。
ちなみに、ウーゴが持っていたアイテムは浄水器だった。
サバイバルとしては有用であったが、戦闘では使いにくいアイテム。
それぞれに与えられた道具を考えると、武器や潜水道具など、あまり一貫性があるとは思えない。
それらに頼らずとも、生き残れということなのだろう。
ウーゴは盗聴器から聞こえる音に耳を澄ます。
今回、要の道具である。
だから、ディアナとリオッネロは考えたこと、感じたこと、状況判断などを盗聴器を使って伝えてきている。
余談であるが、魔法で離れた距離の人間と交信できる者もいるが、かなりの高等魔法であり、使い手は多くない。
もちろん、肉体そのものを運ぶ疑似空間転移に比べれば難易度は下がるが、一般的には声だけ運ぶのでも専用の機械の補助が必要だった。
これは魔力と言語能力に直接関係性がないためである。閑話休題。
ウーゴは聞こえてきた情報から結論を下す。
「……どうやら、ディアナ大尉は、リオッネロのことをマクシムと見間違えているようだ」
「いや、意味不明。見間違えようがないでしょ」
「……幻覚を見ている? いや、そういうことか。幻覚を見させられているんだろうな」
「本当に? それ、やっぱり、マクシムがやっているの?」
「……多分な」
マクシムの植物を操作するという能力から推理するとそういう結論が出せた。全然優しくない。あまりにも厳し過ぎる能力。
マーラは頭を抱える。
「つまり、マクシムが能力で幻覚性のある植物を生み出したってことだよね?」
「……みたいだな」
「実際にリオッネロ大尉がマーラに襲われているんだよね?」
「……ああ。どうやら、ディアナは完全にマクシムを殺すつもりで動いているな。攻撃性も増幅させているのかもしれない」
「あ、リオッネロ大尉は幻覚にやられていないの?」
「……川を動いていたのと、潜水機材で空気を吸っていないからかな。肌に触れるだけで幻覚を見る植物も生み出せるかもしれないから、全然確定できないけどな」
ウーゴとマーラの二人は押し黙る。
作戦は既に失敗模様だった。
ウーゴは半ば真剣に言う。
「……これは無理だ。リタイアするしかないな」
「ダメに決まっているでしょ。バカ言ってないで策を考えなさいよ」
そうバカを言っているつもりもないのだが、森に入っただけで正気を失うなら手の出しようがなさすぎる。
「……持久戦は無理だ。この調子なら、食料も水も向こうは無尽蔵に用意できるぞ」
「そうとは限らないでしょ」
「……植物を自在に操作できるんだ。木の実とかで食料の確保も容易。水も潤沢。異常だろ」
「マクシムってまだ子どもよね? どうなっているのよっ?」とマーラは悲鳴のような声をあげた。
「……選ばれた人間ってことだろう。英雄たちと同様にな」とウーゴは言葉に力がなくなってなげやりだ。
そして、ウーゴとマーラの二人は押し黙る。
マクシム・マルタンは化け物だった。
ウーゴはピッキエーレ少佐の見立てが正しかったことを認めていた。
この昇任試験の最有力候補は紛れもない彼だ。
追随しようがないほどの怪物。
不屈の精神を幼い頃から叩き込まれたマーラですら、
「諦めるしかないの?」
「……バカな意見じゃなかったのか?」
「バカな事態の、正当な意見って感じ。私は諦めないけど、事実としてね。とにかく、ディアナを止めましょ」
リオッネロは攻撃を受けながらも、こちらに戻ってきている。
元々はマクシムを掴まえるための罠だったが、どうやらディアナに対して使用するしかなさそうだった。
事態はかなり絶望的だった。
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