第99話 リオッネロの役割

 リオッネロ・アルジェント大尉も、ディアナ・フェルミ大尉と同じく、作戦行動を開始していた。

 彼はこの試験開始直後に少しだけ記憶が飛んでいるが、作戦に問題はない(実際にはウーゴ・ウベルティ大尉に失神させられた)。

 正確には問題ない

 頭が割れるように痛い気もしたが、忘れようと努力して忘れられた。

 深く考えず忘れる──それは単なるリオッネロの特技である。

 とは一切関係ない。


 リオッネロは『契約者』である。

 上位存在と取り引きし、望みの能力を手に入れることができた。

 その能力とは『掴んだものを決して離さない』というもの。なお、この能力を得てから手だけがより巨大に成長し、握力もかなり増した。

 代償として食事に制限はできたが、特に問題はなかった。


 ──問題ない。

 それがリオッネロの基本スタンスだ。

 考えなければ何も問題などないのだ。

 気づかず、考えず、見過ごす。

 本当に必要なこと、大切なこと以外は気にしない。

 今であれば、試験に勝ち残ることが大切なことだ。

 それ以外は些細なことである。


 リオッネロが最初に渡された道具は、何の役にも立たないものだった。

 盗聴器である。

 使い方が分からなかったので──説明書はあったが、読むのが面倒くさい──捨てるつもりだったが、作戦にあたりウーゴ大尉に交換を申し出られて応じた。


 代わりに手に入れたのが、潜水装備である。

 これが元々はディアナが保有していたということをリオッネロは知らない。

 囮役として身軽になるためにディアナが手放したのを流用していた。


 リオッネロの持つ能力──『掴んだものを決して離さない』は上位者との交感で得ているため、通常ではあり得ないことも可能としている。

 たとえば、リオッネロの現在の状況だ。


 彼は今、川を遡上そじょうしていた。


 水量がそれなりに多い川であっても、魚のように泳げなくとも関係がない。

 リオッネロはからだ。

 水は下流へ流れる。

 掴んでいたはずの水もその場に留まることはない。

 なのに、水を掴むというおかしな現象についても、リオッネロは考えない。

 意味がないからだ。

 その程度の能力ではないことを知っているからだ。


 リオッネロの役割はである。

 ディアナが囮だとしたら、それを生かすための餌。

 マクシム・マルタンを釣るための生餌いきえだ。


 ディアナが状況をかき乱し、リオッネロが誘導。その一環として森のない場所──川を上っていた。

 川であれば、マクシムの能力の範囲外という判断だ。

 ただし、リオッネロが見たところ、川底に木の根が侵食しているところもあった。

 ここはマクシム・マルタンの領域である可能性があった。

 リオッネロは独り言ちる。水面下、そして、潜水装備のせいでくぐもっているが、他人が聞き取れるくらいの独り言だ。


「──川も、もうすぐ駄目になるかもしれない。今のところは森からプレッシャーは感じないけどな」


 リオッネロは深く考えない。

 餌として、マクシムを釣ることに専念していた。

 深く考えることで、即座に行動できないことを恐れている。反射。即行動こそが彼の強みだから。


 川を上っていくと、そこには湖があった。

 狭い島に豊かな水源があるのは、この湖のおかげのようだ。

 ちなみに、ディアナが最初に森から逃れるために使った湖である。


「目的地に到着。水上に出る」


 リオッネロは湖の中心部からやや東に位置したところで、水草を手で払ってから湖面から顔を出す。


 そこで、彼は空中を掴んだ。


 そのまま、更に頭上を掴むことで、完全に水中から脱する。

 

 彼の能力は、空中さえも掴むことができた。

 これを利用した三次元での近接戦闘が彼の裏技。大尉以下であれば、屈指の戦闘力を誇っている。

 そもそも、掴んで離さないという点は、投げ技において圧倒的なアドバンテージとなる。


 だが、もちろん、リオッネロは無制限、延々と空を飛べるわけではない。

 掴んで離さないというだけで疲れないわけではない。

 体を指先の力だけで保持するようなものだ。

 それほど長時間できる技ではなかった。


 リオッネロは空中から空中へと飛び移り、川岸へと向かう。

 水中ではなく、空中を移動しているのはもちろん理由がある。

 水草に触れないためだ。


 マクシムがどれくらいの能力があるかはリオッネロたちには分からない。

 だが、彼が支配しているものには触れない方が良いだろう。具体的には植物全般。どれが支配にあるかは分からないから全て敵であると行動する。そういう判断だった。


 リオッネロは空中をギリギリで移動し、木の触れない範囲で湖岸に寄った。


 その時だった。

 湖岸に一人の女性が現れたのは。

 ディアナ・フェルミ大尉だ。

 囮役として、この場にいるはずがないのに、なぜか彼女がこの場に現れていた。


 ──何故?


 本来なら、独り言のように連絡すべきだったが、それを忘れるくらい混乱する。

 リオッネロのその混乱は更に拍車をかける。


 ディアナの様子がおかしい。


 彼女は白目の部分が真っ赤になっていた。

 ちょっと見たことがないほど赤く、碧眼とのバランスもおかしい。

 そして、表情もおかしい。

 視線が定まらず、大量の汗をかいている。

 疲労?

 いや、正気を失っているのは明らかだ。

 リオッネロが問いかける前に、ディアナは言った。


「見つけたぞ! !」

「は?」

「お前のような奴が『士』に入るのは許せない! 死ね!」

「待て、待ってくれよ!?」


 問答無用だった。

 ディアナは「ウーノドゥーエ、行け! トレは準備」と三体の土人形を操って攻撃をしてきた。


「っ⁉ ウソだろ!」


 リオッネロは応戦するしかなかった。

 一切躊躇しなかったのは彼の即行動の理念のおかげ。

 ただ、混乱しながらも叫ぶ。


「ディアナ大尉が、俺を襲ってきたぞぉぉぉっ!」

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