第6話 我が名は

 ニルデは入浴中だから、当然全裸だった。

 やや小ぶりの乳房、くびれた腰、若い女性の美しい姿があった。

 竜と互角に殴り合えるのに、しなやかで柔らかそうな身体つきだった。


 ただ、ニルデは


 ニルデは全身、顔以外に多数の傷痕が刻み込まれていた。

 おそらく、腹部にあるのは剣か何かで斬りつけられた痕だろう。

 大腿部は獣に噛まれた痕。

 二の腕は大きなハンマーか何かで叩かれて開放骨折したような痕。

 右胸には銃創らしき痕。

 腰の辺りには大きな火傷の痕。

 全身、あらゆる種類の傷痕があった。

 それはとてつもない年月、あらゆる拷問でも受けてきたような傷痕だった。

 しかし、それは直接受けたのではないような、まるで入れ墨のような文様にも見えた。


 マクシムは目を逸らすのと目を逸らさないの、どちらが失礼なのか分からなくなった。

 ただ、初めて身内以外の異性の全裸を見たけど、性的興奮はまるで起きなかった。


「す、すごい傷痕だね」

「名誉の負傷だよ」


 ニルデは右胸を見せながら言う。


「これは『魔王』の手下に射られた時のものだな。不意打ちだったが、俺は身を挺して『料理人』を庇ったんだ」

「……君は……いや、そんなバカな話はないよ」

「何がバカな話なんだ?」

「だって、もう73年も前の話だよ。君は僕と同い年くらいにしか見えない」

「ああ、肉体年齢は17歳かな? ところで、マクシム、お前は何歳だ?」

「えーっと、16って、そんなことどうだって良いんだよ。。年齢が合わないよ!」

「そう興奮するなよ。しかし、事実だ」


 ニルデは宣言する。


「我が名は『。そして、『でもある」


 マクシムはため息をつく。


「『武道家』って何者なの?」


 そんなアッサリ教えてくれるのか、とマクシムは開目する。


「じゃあ、竜と殴り合えたのもずっと能力を継承し続けたから?」

「ああ、継承を続け、鍛えてきたおかげでおそらくは単純な腕力であれば世界最強にまで成長できた」

「『武道家』ってそういう存在だったんだ」

「だから、73年前はそれほど強くなかったがね。今なら当時よりはずっと『魔王』退治に役立つだろうな」

「今なら単独で『魔王』は倒せる?」

「無理だな。『魔王』は全員が揃っていたから倒せたんだ」

「……英雄ってさ、自分たちの能力を秘匿していたよね。僕が知らなかったわけじゃないよね? 概略は分かっても、具体的な能力は不明。だからさ、そんな告白されても困るんだよね」

「秘匿は当然だろう。俺たちが世界を救った後、どういう目に遭うか想像していなかったと思うか?」


 これは歴史に刻まれている事実だ。

 英雄たちは全員が全員幸せな予後を過ごせたわけではない。


「そんなに酷かったんだ」

「ああ、命は何度狙われたか分からない。力と立場を利用するために権力者に狙われることは分かっていたが、あれほど執拗だとは思っていなかった」

「英雄だったのに?」

「英雄だったから、だな。実際、俺が生き延びれたのは『予言者』のおかげだ。まぁ、あいつは最終的に病んで自殺してしまう自分の未来さえも分かっていて世界を救ったようだが……」

「良い人だったんだね」

「その意見は割と異見があるがな、個人的には」


 どことなく懐かしそうにニルデは言った。

 いや、バジーリオ・スキーラ。もしくは『武道家』と呼ぶべきなのだろうか。

 分からないが、彼女自身はニルデ・サバトという少女らしいのだから、特に変更する必要もないのかもしれない。

 そろそろ寒くなったのか、ニルデは湯船に浸かり直した。


「火、弱くなっているぞ」

「ああ、ごめん」


 マクシムは薪を足した。

 そして、しばらく黙っていた後、マクシムは問いかける。


「どうして、そんなことを僕に教えてくれるのさ?」

「気紛れ、では納得しないか?」

「うん。本当に、英雄なんだよね」

「お前、気づいていたんじゃないのか」

「いや、半信半疑というか、まさかって感じかな。でも、竜と殴り合えるなんて英雄クラスの人間しかいないかなって」

「いや、世界は広い。俺クラスの戦闘能力の持ち主なら意外といるんだがな」

「英雄がゴロゴロいるなら世界の危機なんてなかったでしょ」

「いや、そういう奴らは世界を救うために立ち上がらなかっただけだ」


 意外とそういうものなのかもしれない。

 彼らは特別だったのは強かったからではなく、世界を救うために立ち上がったからなのだ。


「俺がお前に教えてやろうと思ったのは、お前がアダム・ザッカーバードの子孫だからだ」


 アダム・ザッカーバード。

 それが『料理人』の名前なのか。

 そして、それが自分にとってどういう存在なのか、マクシムは理解する。


「子孫、つまり、ひいばあちゃんのお兄さんって、本当に英雄のパーテイだったの?」

「ああ。そうだ」

「じゃあ、どうして英雄として名前が残っていないの?」

「途中で死んだからだよ。意外かもしれないが、他にも勇者はいたんだ。最後まで残り『魔王』を倒せたのが俺たち六人だっただけなんだ」

「なんか、それってズルいというか、冷たい気がする」

「『魔王』退治に失敗した勇者は多かったんだ。その全員の名前を残すことはできないくらいには、な」


 そういうものなのかもしれない。

 強くても戦わない人間もいれば、弱くても戦う人間がいる。

 才能の有無と行動するかどうかは別なのだから――。

 ただ、マクシムはいろいろ教えられたことで頭が混乱して、それ以上何も言えなかった。

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