第7話 不意打ち

『武道家』

 力の完全継承者。

 鍛錬してきた経験・知識・体力などの『全て』を次代に受け継がせる能力。

 しかし、実のところ、初代であるバジーリオ・スキーラは、破格ともいえる自身のその能力を『魔王』危機の際に知らなかった。

 能力の性質上死ぬまで知ることができず、彼は生きるために全心全力を尽くしたからである。

 つまり、バジーリオ・スキーラは単純な腕力のみで英雄になったのだ。

 その才能は超人と呼ばれるに相応しい領域にあり、歴史上類を見ないほどだった。

 あるいは、その才能を惜しんだ神様が、力を保管するために完全継承能力を与えたのかもしれない。


 だが、彼の本質は別にある。

 それは『武道家』の能力の本質にも繋がっている。

『武道家』を継承するためには二つの才能が必要だった。

 一つ目は誰よりも強さを求めること。

 二つ目は――。


 その能力は誰かに想いを継がせること。

 それは人類が得た最高の能力であり、その究極の体現者こそが『武道家』である。

 さまざまな観点から評価すると、現時点のは紛れもなく『二十七代目武道家』ニルデ・サバトであった。


   +++


 眠れずに寝返りをうった。

 なんとなく胸騒ぎがして、ニルデ・サバトは上体を起こす。

 彼女は『武道家』に成ってから、ほとんど睡眠が不要になった。

 それは底知れない体力のためである。

 故に、彼女は生物として一段階上の存在に成り代わっていた。

 しかし、過去の『武道家』たちの膨大な記憶を整理するためにも睡眠は必要な行為だ。

 ニルデは『武道家』を継承してまだ日が浅い。

 だから、全ての『武道家』の記憶を整理できているわけではなかった。

 これは知識として有していることと実際に活用できるかの違いである。

 実戦経験の伴わない知識は軽い――と言い換えても良い。

 そのため、彼女は七人の勇者が、六人の英雄になった経緯をあまり把握していなかった。

 ただし、彼女はその当時のバジーリオ・スキーラがある強い感情に襲われたことを知っている。

 いや、覚えている。


 それは


 強い恐怖をアダム・ザッカーバードに抱いたのだ。

『魔王』以上に、恐ろしいと思ってしまったのだ。

 アダムは戦闘には一切加わらなかった。

 戦闘時にはただただ逃げ隠れしていたが、実際に戦闘能力は皆無だったから仕方なかった。

 それに、勇者たちの『魔王』危機は戦闘以外の時間の方がずっと長かった。

 アダムは『料理人』として、あらゆる状況で最高の料理を提供してくれた。

 枯れた木の根でさえも、彼の手にかかれば一流のスープとして生まれ変わった。

 アダムがいなければ『魔王』危機は乗り越えられなかっただろう。

 最大の英雄だと言っても良い。

 しかし、彼はとても危険な存在だった。

 この世界から痕跡を消すしかないほどに。

 バジーリオ・スキーラは恐怖心から押し殺してしまったのかもしれない。

 しかし、まだニルデが思い出せない記憶も、その理由も、追々思い出すはずだった。


 そして、ニルデは、マクシム・マルタンを推し量っていた。

 アダムにあまりにも似ていたからだ。

 姿かたち以上に――身にまとう雰囲気が瓜二つなのだ。

 あるいは、彼と同じような能力を持っているのかもしれない。

 そして、それはとても危険なことなのかもしれないと、ニルデは考えていた。

 マクシムは平和そうな顔で寝息を立てている。

 あまりにも無警戒かつ無防備だ。

 自分がどういう状況にあるのか分かっていないのだから当然かもしれない。

 ニルデは腹を決めていた。


 本当に危険な存在であれば――ニルデはマクシムを処分するつもりだった。

 殺す。

 せめて苦痛なく。

 アダムと同じように。


 もう当時の秘密を知っている者で存命なのは、『武道家』を除けば『竜騎士』と『大魔法つかい』しかいない。

 ただ、『竜騎士』は年でボケてしまっているので、実質上は『大魔法つかい』のみ。

 ただ、『大魔法つかい』はもう人間界に干渉することはないだろう。

 彼女はとても臆病かつ心優しいだから。

 つまり、手を汚すとすれば『武道家』であるニルデの役目だった。


 しかし、記憶を完全に整理しきれていないから決意しきれていない。

 どうすれば、決められるのだろう。

 ニルデが眠れないのは、その物思いが原因なのかもしれない。


「……面倒だな」


 ニルデはため息をつく。

 殺すかどうか悩むことは辛くて、精神力と体力が削られた。

 わざわざ、

 どうしてこんなタイミングで現れるのか。

 いや、マクシムのひいおばあさん、イヴ・ザッカーバードが死去したタイミングなのは、ニルデの方の都合を考えてもおかしくはないが……。

 しかし、作為的なものを感じてしまっていた。


 それはあるいは、運命と呼ばれるものかもしれなかった。


 ニルデはいろいろ考えた結果、マクシムを「殺そう」と思った。

 結局、アダムに感じた、あの恐怖。

 それと同系統のものを、マクシムからもわずかではあったが感じ取っていたからだ。

 不意打ちではあるが、知らずに死ねるのであれば苦痛もない。

 死体の処理は大変だが、『武道家』は長い年月を経て権力を手にしている。

 事故として処理することも難しくはなくなっている。

 七十三年もの年月は立場を変容させていた。

 謝罪を呟く。


「すまない。これは本心だよ」


 


「………………………え」


 拳を振りかぶった体勢のまま、彼女はぶっ倒れた。

 まるで、急にネジが切れたぜんまい仕掛けの人形のような不自然な動き。

 指先一つさえ動かせない。

 世界最強。

 完璧なる肉体操作が可能なのに!

 何が起きたのか分からない。

 ただ、何か致命的なことが起きたと理解していた。

 そして、『武道家』はそのまま失神した。


   +++


 翌朝。

 マクシムは気持ち良い朝日に目を覚ました。

 背中が凝っていたが、それなりに快適な朝だった。


「んー?」


 そして、足元にはイモムシのような体勢で転がった『武道家』がいた。

 マクシムは呆れたように言う。


「僕を襲おうとしたのかな?」


 そして、


「これは不意打ち、になるのかな」


 全てを分かったような態度で、どこか寂しそうに笑った。

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