第5話 入浴

 お風呂、だった。

 正直、マクシムは今日入浴できると思っていなかった。

 廃村の中、どうするのだろうと思ったら、壊れた家に残された風呂釜を利用するらしい。

 廃村といっても、完全に住めなくなった家ばかりではないようだ。


「ま、俺も傷を洗い流したいしな」


 ニルデは軽く言っているが、マクシムとしては気が気ではない。

 正直、全く下心はないのだが、興味がないわけではないのだ。


「そ、そうなんだ……えっと、何か手伝うことある?」

「そうだな。水は近くの川から汲んできたから俺が風呂に入っている間、薪の番を頼む。適温に保つ。それくらい経験あるだろう?」

「おー……」


 マクシムは思わず息を漏らす。

 まさかの予想外で、向こうからお願いされるとは……。

 日頃の行いが良いに違いない。


「分かったよ、手伝うね」

「おう、堂々と覗いてくれ」

「…………」


 見抜かれていたマクシムは少し顔を赤らめる。

 しかし、まぁ、それはそれ。

 マクシムが野草を集めている間で既に、風呂釜には水が溜められていた。

 廃村である。

 壁や天井は基本的に破壊されており、遮るものはない。

 枯れ木を薪として利用し、お湯を沸かす。

 空が見えて気持ち良いな、とニルデは言う。

 マクシムは気を紛らわせる意味もあり、気になっていたことを訊ねる。


「ねぇ、ここにあった村ってどんな村だったの?」

「普通の村だよ」

「普通の村がどうして竜に襲われるのさ。逆におかしくない?」

「竜に聞けよ」

「竜と会話なんてできないでしょ」

「いや、喋れる竜はいるぞ」

「竜に人間と会話できる能力があることと、僕が竜と会話できるかどうかは別問題でしょ」

「確かに。愚答だったな。っと、そろそろ良いかな」


 ニルデは何の躊躇もなく、服を脱ぎ始めた。

 マクシムはとっさに目を逸らす。

 ニルデはニヤニヤと笑いながら言う。


「おーおー、ピュアだねぇ」

「いや、恥じらいとかさ」

「難しい注文をつけるねぇ」


 ニルデはサッサと湯船につかって「あー、効くぅ……」と、気持ちよさそうな声をあげた。

 マクシムは見ないようにしながら、なるべく落ち着いた様子で訊ねる。


「お湯加減はどう?」

「良い感じ。一緒に入るか?」

「遠慮しておきます……」


 しばらくお互いに黙っていたが、ポツリとニルデは呟くように言う。


「マクシムは、六人の英雄については知っているのか?」

「えっと、『士』『案山子』『竜騎士』『予言者』『大魔法つかい』『武道家』だよね? 違ったっけ? 歴史で習ったよ」

「正解だ」

「『魔王』を倒したんだよね」

「ああ。ちなみに、英雄それぞれについてはどれくらいの知識がある?」

「もう昔の話だから詳しくはないけど、『士』は世界最高の剣士で『案山子』は正体不明の殺し屋」

「ふむ」

「『竜騎士』は竜を使役できた。あとは『大魔法つかい』。名前の通り最高の魔法使いなんだよね。『予言者』は……分からないけど、名前からすると、予言ができた人じゃない? あと言ってないのは……えーっと」

「『武道家』だな」

「『武道家』は拳闘士なんだっけ? 正直、英雄の中では一番印象が弱いかも」

「ははっ、その理由は?」

「なんか、後方支援だったんだよね。前方っぽいのに。ほら、『士』が言ったエピソード」

「『『武道家』は荷物番だ』か?」

「そう、それ。『武道家』なのに荷物番かよって面白エピソードとして語り継がれているやつ。でも、名前の割に後方って面白いよね」

「そうかもな。『士』は口が悪くて軽かったからな」


 ニルデは楽しそうに笑う。

 まるで見てきたような物言い。

 マクシムはその点に気づいたが、特に何もコメントしなかった。


「荷物番、か。そもそも、英雄たちの荷物って何だったんだろうな」

「え。それは服とか食べ物とか」

「それは戦闘中に守らないと駄目なものだったのかな」


 マクシムは考える。

 結論はすぐに出た。


「んー、人間って食べないと死ぬよね。だから、『魔王』の手下とかは食料は積極的に狙いそうだよね」

「……確かにそうだな」

「ごめんね。なんか話の流れでは、守らなくても良いってことにした方が良いのかもしれないけど、どう考えても食べ物は大切だと思ったから」

「いや、大切だよ。これは愚問だったな……。しかし、さすが野菜を売っているだけあるな」

「でも、確かに英雄たちって、兵站をどうやって確保していたんだろうね? あんまり知らないんだけど、英雄たちって確か敵地に進出していたんだよね」

「普通に考えると現地調達だよな」

「そうなると略奪していたのかな。なんか嫌だなぁ……」

「意外と倫理観が強いんだな」

「そうかな? そうかも。いやでも、現地調達って毒とか心配ないのかなって思った。『魔王』の部下たちもバカじゃないでしょ? 食べ物に毒くらい混ぜると思うんだよね。そこまでしなくても、敵に食べられてしまうくらいなら破棄しちゃうだろうし」


 ニルデはそこで笑った。

 どこか、苦笑めいた苦味が混じっていた。


「そうだな。兵站は重要だ。英雄もそれは一緒で、だから、自分たちで確保するしかなかった。英雄の仲間に『料理人』がいたんだ」

「『料理人』? えっと、料理上手が六人の中にいたって意味?」

「違う。本当に別の人間、料理を専門とする人間がいたんだ。だから、お前のひいばあさんは正しかったんだよ」

「いや、仮にそうだとしても『料理人』がいたって仕方ないだろう。重要なのはだから」

「英雄は超人だ。常人では推し量れない能力の持ち主たちだった。『料理人』は兵站という概念を崩壊させてしまう力の持ち主だったんだ。ただし、戦闘能力はなかったから『武道家』は身を挺して守っていた。だから、冗談半分で荷物番だったんだ。『士』はいつもの軽口を叩いてしまっただけ。本当は言うつもりなんてなかったはずなのに、まぁ、一言で言うとアホだったんだよ」


 マクシムは疑問の声をあげる。


「どうしてニルデはそんなことを知っているのさ。いや、そもそも、君は何者なの? 竜と殴り合える人間なんて聞いたことがないよ」

「マクシム、お前は俺が誰だかもう想像がついているんじゃないか」


 ニルデは湯船から立ち上がった。

 お湯が溢れて、思わず水がかかってマクシムは顔を上げた。

 そこには、ニルデの全裸があった。

 それはマクシムが見たかったもの。

 とても美しい姿だったが――。

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