第4話 野営準備

 マクシムはあまり考えることが得意ではない。

 頭が悪いわけではなく、細かなことがあまり気にならない性格なのだ。

 だから、山道を歩くとはとても思えない装備でも構わず進む。

 村が滅んでいると知らされた彼に、野営の準備はなかった。

 マクシムが途方に暮れていると、ニルデは首肯した。


「どこかに泊めてもらうつもりだったのか。もう日も暮れるからな」

「うん、困ったよ」

「なら、俺と一緒に野営させてやるよ」


 え、とマクシムは声を漏らす。

 目の前にいるのは竜を殴り倒すという部分に目をつぶれば、かなりの美少女である。

 そんな相手と一晩を共にする……。


「ついに大人になるのか……」

「おいおい、お前は俺に何を期待しているんだよ」

「しかし、不思議とエロい目で見れない……」

「失礼な奴だな。俺の顔は良いだろうが」

「性格が悪いのかな」

「あきれるほど失礼だな……」


 ニルデは苦笑するが、別に腹を立てている様子はなかった。

 不思議なことに、全くエロい気分になれない相手だった。

 容姿がどうこうより、竜を殴り倒す相手に下手な手出しはできない、という生存本能がそういう気分にさせてくれないのかもしれない。


「ま、ちょっとした縁だ。気軽に頼ってくれ」

「んー、じゃあ、お願いするね」


 ニルデの野営の準備は非常に手際良いものだった。

 壊れた家の建材を使って、雨風をしのげるテントを作ってしまった。

 その間、マクシムは何もしていなかったわけではない。


「がんばれー」


 応援をしていた。

 そこでニルデはあきれたように言う。


「いや、なにか手伝いなよ」

「じゃあ、食事を用意するよ」


 そう言うと、マクシムはさっさと森に入っていった。

 ニルデはそれを興味深げに見送る。

 そして、ボソリと呟く。


「さて、アダムの血縁であれば、期待できるかもな」


 それは何かを試すような視線だった。

 そのためにこの野営を提案した、という様子である。

 そして、マクシムは野草を抱えて帰ってきた。

 日が落ちる前の、ほんの短時間だった割には抱えるほどの量だった。


「ただいまー」

「おかえり、大量だな」

「うん、多分、美味しいんじゃないかな」

「……多分?」


 毒草はなかろうか、という顔をニルデはしている。

 恐れているというよりは、困っているという表情だった。

 マクシムは安心させるように笑う。


「あ、大丈夫だよ。僕、毒に当たったことはないから」

「……まぁ、信じるよ」


 と、ニルデは全く信じているとは思えない疑いの表情で言った。

 マクシムは朗らかに笑いながら手にした野草を渡す。


「じゃあ、はい」

「……はい? えっと、料理しろってことか?」

「いや、そのまま食べられるから、これ」

「は?」


 マクシムは手本を見せるとばかりに野草をかじった。

 もぐもぐ、ゴックンと見せて。


「本当に美味しいよ」

「ウソだろ……料理は? 煮たり焼いたりしないと無理だろ……」


 ニルデは信じられないと目を丸くする。

 マクシムが黙々と齧っているのを見て、仕方ないとばかりに彼女も野草を食べた。

 一口、二口……。

 マクシムは訊ねる。


「どう?」

「……美味い」


 ボソリと呟いた後、ニルデは吠えた。


「どうしてただの野草が美味しいんだよ! 俺は知らないぞ! こんな野草!」

「さぁ? 不思議だよね」

「お前は疑問に思わないのか」

「でも、僕が採る野草ってどれも美味しいから」

「意味が分からん。誰が採取しても野草は野草だろうが」

「だから、不思議だよねって」

「それで納得するな」


 マクシムは肩をすくめて、再度野草を齧った。

 ニルデは納得できない、難しい表情ながらも再度野草を食べた。


   +++


 そのままなし崩し的に夕飯になった。

 ニルデとマクシムはとりとめのない話をした。


「ところで、このプチプチした魚卵みたいなのは?」

「多分、種じゃないかな?」

「なんで種まで美味しいんだよ……」

「さぁ?」


「そういや、マクシムはどうしてこの村に来たんだよ」

「んー、僕のひいばあちゃんがさ、この辺りが出身地らしくて」

「へぇ」

「でね、ひいばあちゃんさ、最近死んじゃったんだけど。あ、寿命だから全然悲しくはないけどさ、一回帰って墓参りがしたいって言ってたから、代理だけどその願いを叶えてあげたくて」

「そのお墓は残っていないのか」

「分からないね。これだけ廃村になっちゃってるとなぁ」

「そもそも、誰になるんだ、そのお墓は?」

「えっと、ひいばあちゃんのお兄さんって言っていたかなぁ。昔、『魔王』危機があったでしょ? その時に死んだんだって」

「被害者だったのか。当時は珍しくもなかったが」

「見てきたように言うね。でも、ひいばあちゃんの話では英雄のパーティに同行していたらしいよ。本当か疑わしいけどね」

「……そういうことを自称する奴は多かったらしいな。で、その人の名前は?」

「知らない」

「え?」

「なんか、ひいばあちゃんも覚えていなかったんだ。ボケていたわけじゃないのに不思議なんだよね」

「じゃあ、どうやって墓参りをするつもりだったんだよ」

「誰か知っている人がいないかなって。大してあてのある旅じゃなかったからね」

「学校とかは行ってないのか」

「行ってないよ。僕、実家の仕事を手伝っていて」

「へー、どんな仕事なんだ」

「高級野菜の販売。結構首都とかにも顧客がいるんだよ。野草とかも取り扱っていて……って、僕ばかりじゃなくて、君の話も聞かせてよ。どうして竜と喧嘩していたのさ」


 ニルデは食べ終わって笑う。


「内緒だ。疲れたし、そろそろ、お風呂を沸かすか」

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