第3話 会話

 少女はとても美しかった。

 ただ、マクシムに向けられた視線は苛烈であった。

 その感情は怒りに属しているようだったが、それと同じくらい、マクシムのことを恐れているようだった。


 だから、マクシムはそれでも呑気に笑った。

 それは人の少ない地方で暮らしていた経験で得たもの。

 怯える獣を宥めさせてきた経験からの行動だった。


「で、誰なの、アダムって? 僕、そんなにその人と似ているの?」

「……いや、そんなはずない。分かっているんだが……」


 少女はこちらを無視してそう独りごちる。

 ただ、マクシムから興味を失ったわけではないようだ。

 横目でこちらの動きを注視している。


「親戚……いや、子孫。そんな話は聞いたことがないが……」

「おーい、僕の言葉聞こえている? 無視しないでよ」

「よく考えると、俺はアダムのことを何も知らなかったんだな……」


 そこで少女はようやく正面からマクシムのことを見た。

 戦闘の結果、土埃で汚れているし、化粧気もないが、派手な顔立ちだ。

 生命力に溢れている。

 それに似合わないのは、苦悩が刻まれているかのような眉間の深いシワだけ。

 長い年月を経た年輪のような、そのシワだけが不釣り合いだった。

 マクシムは再び「すごい美人だなぁ」と思った。


「すごい美人だなぁ……」


 思ったことをそのまま口に出してしまったマクシムに、少女は苦笑した。


「そうか。褒められても何もできないがな」

「それと、変な喋り方だね」

「そこは気にするな。俺はこういう喋り方なんだ」

「そう。で、君の名前は?」

「……ニルデ・サバト」


 ニルデは試すような言い方をした。

 まるで、知っているか、とばかりに。

 世界最強の魔獣と素手で殴り合える人間なんてそう多くはない。

 おそらくは有名な戦士であるに違いないな――と、マクシムは考えたが、名前は知らなかった。

 やや申し訳なく思いながら彼は謝る。


「……えっと、ごめんね。僕、田舎にいたからあんまり有名な戦士とか知らないんだ。竜がすごく強いことしか知らなくて……」

「ふーん、俺を知らないんだ」


 ニルデはむしろ少し嬉しそうな顔になる。

 知らないということで喜んでしまうほどの有名人か……マクシムは反省する。


 ニルデは屈伸などをして体を動かす。

 体調に異常がないか確かめているのだろうが、非常に滑らかだ。

 指先からつま先まで連動している。

 美しい所作は生き物として格上に見える。

 ケガらしいケガもないのか、とマクシムは驚きながらも気になっていたことを質問する。


「竜とどうしてケンカしていたの?」

「ケンカ。あれがケンカに見えたのか、お前は?」

「うん。だって、竜、君を殺さなかっただろう?」

「それは……なるほど、そういう判断か」

「それ以外にどう判断するのさ」


 竜は世界最強の魔獣だ。

 これは知識に乏しいマクシムですら知っている基礎的な知識。

 竜は人語を理解するというが『魔獣』なのだ。

 ニルデとは概ね互角の戦いを繰り広げていた。

 報復を考えると、殺さなかったこと自体、あれがケンカだったことの証拠になる。    

 人間とは異なった文化を築いているのだから、敵に止めを刺さないとは思えない。

 そういった倫理観は通じないはずなのだ。


「ふーん、田舎者の割には頭が回るんだな」

「田舎者は余計でしょ」

「自分で言っていたくせに」

「自分で言うのと他人に言われるのは違うだろ」

「まぁな。それに、別に悪口じゃないさ」


 酷いなぁ、とマクシムは訴えるが、ニルデは知ったことかという顔だ。

 どこか感心したような表情でもあるため、別にマクシムは腹を立てない。

 そもそも、彼はあまり怒ったり嘆いたりすることはない。

 基本的に楽天的な性格をしている。

 そして、率直だから思ったことをそのまま口にする。


「しかし、ニルデさん。君って美人なのに、なんか女性として全然魅力的じゃないね」

「ん? もしかして、ケンカを売られているのか」

「竜とケンカして、僕ともケンカしたいの? どんだけ好戦的なのさ」

「別に好戦的じゃない」

「そう?」

「呼吸をするように戦いたいだけだ」

「もっと悪いよね、それ」


 ニルデは不敵に笑う。

 整った上品な顔立ちなのに、そういう野卑な表情の方が似合う女性だった。

 それはマクシムにとって不思議なことだった。

 内面が外面を侵食している。

 そんな印象さえも抱いていた。


 ニルデは既に疲労も、ケガも問題なさそうだった。

 失神するほど全身全霊で戦っていた時から、どれほども経過していないのに。

 恐ろしい回復力である。

 マクシムはそこで質問する。


「ところでさ、質問があるんだけど」

「うん? 俺に答えられることだったらな」

「ここに村があるって教えられていたんだけど、なんか廃墟だよね。どうしたの?」


 ニルデは事もなさげに応じる。


「ああ、滅んだよ」

「え? 僕はここに村があるって聞いて来たんだけど……」

「仕方ないさ。竜が暴れたんだから」


 そこでマクシムは納得した。

 ニルデは竜とケンカをしていた。

 それはこの村を滅ぼした、償いをさせるためだったのではないかな、と推理できたからだ。


「人、死んだの?」

「いや、死んでない」

「ふーん」


 しかし、そうなるとまたいろいろな疑問が生まれる。

 どうして可憐な少女が、竜を殴り飛ばせるほどの実力があるか、という疑問。

 そもそも、どうして竜はこの村で暴れたのか、という疑問。

 どうしてこのタイミングだったのか、という疑問。

 どうしてニルデは戦ったのか、という疑問。

 次から次へと疑問は生まれた。

 分かることの方が少ないくらいだった。

 そういう疑問よりも、マクシムは困っていたことがあった。

 それは非常に即物的な悩みだった。


「村がない……野宿かぁ……」

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