第67話

「土谷、良くやった。先生は鼻が高いぞ」


そう言って目の前に座っている土谷を労う向井。向井の機嫌はすこぶるよく表情にもそれがよく表れていた。

だが、当の土谷は無言のままだ。



2人は今ノーザイアからバッジオへ向かう馬車の中

彼らの隣には2人のミッケラン伯爵専用の美女がそれぞれついていて笑顔で見守っていた。

当のミッケラン伯爵はというと、なぜか御者を務めている。




〜1日前〜


ミッケランが意気揚々とノーザイア城へ帰還した。

その姿が何も言わずとも良い成果であることを告げていた。

ミッケランはそのまま王へ報告をしに向かった。



王の御前で跪いたミッケラン

そして、その場には名のある重臣たちも並んでいた。


「王よ、報告致します。

無事バッジオを制圧しました。現在、奴隷の選定作業中でございます。更に、バッジオ王宮にある宝物などの回収も併せて進めております」



「「「「おぉ!」」」」

重臣たちから低い歓声が漏れる。


王は重々しく頷き

「そうか、良くやった。

獣人どもがギルファーに大敗したのは痛手だったが、これで我々の国力も高まる。

そなたには何か褒美を取らせねばならんな」


ミッケランは褒美が貰えるというのに表情一つ変えなかった。

「ありがたき幸せ。では、一つ助力を願えませんか?」


「ほう、なんだ?」


ミッケランは跪き下を向いたまま


「『ビーストマスター』の派遣をお願いしたい。

と言いますのも、時間とともにスキル効果が弱まっておりして…その為、獣人の王は宝物の在処について『死んでも吐かぬ』などと申しております。

また住民の中にも反抗的な態度を取る者が出てきております」



王はフンと鼻で笑い

「反抗的な者は斬り殺してしまえばよい」


ミッケランは動じずに続けた。

「もちろんその通りなのですが、スキル効果が弱まっている今何が引き金でスキルが完全に解けるかわかりません。

それよりは今一度ビーストマスターにスキルを使用させた方が時間も労力もかからないのではと愚考した次第であります」



王は「ふむ…」と頷き

「だが、アレは裏切る可能性もあるとボレスが言っておるのでな」


「では、ビーストマスターの見張りをおつけいただくというのはいかがでしょう?

今回の一件に関してもその者がビーストマスターを説得したと伺っております」



王はしばらく悩んでいたが「そちらの方が時間も労力も少ないか…」と呟いた。そして


「よかろう!2人を連れて行くことを許可する」



ミッケランはやはり表情一つ動かさず


「ハッ!ありがたき幸せ!

すぐに出立し、早々に終わらせて参ります」



そのやり取りの後すぐに土谷と向井が呼ばれ、王直々に『ミッケランとともにバッジオへ向かえ』との指令が下された。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


私(土谷楓)はずっと上機嫌に話し続ける向井にほとほと嫌気がさしていた。


(このクソ男、ずっと喋る気?ほんといい加減にしてほしい。この女たちは笑顔で見ているだけで一言も話さないし…はぁ……

でもあれ?なんだろう…何かおかしい気がする…喉元まで出かかっているんだけど、最後の一押しが足りない感じ)


私は頭をフル回転させるが、前のクソ煩い担任のせいで気が散ってしまい違和感の正体が掴めない。

私はこのことについて考えるのをやめた。

そして、別の大切なことに想いを馳せる。



(ああ…ひばり君の優しい笑顔が見たい…)


私は記憶の中のひばり君の笑顔を思い浮かべた。

だが同時にスキルのせいで大勢の獣人が死んだことも頭に浮かんでくる。



ひばり君に置いていかれたあの日、私は自暴自棄になってしまったのだろう。ついうっかり自分の本当のスキルを話してしまった…それをこのクソ男に知られてしまい、この事態だ。


(仕方なかった…そう仕方なかったんだ。私のせいじゃない…

だってあのままだったら私、このクソ男に本当に殺されてたかもしれない…)



私のスキルを知ったクソ男は、私に今回の計画を持ちかけてきた。

当然私は断った。すると、この男は鬼の形相となり教師であるにもかかわらず暴力で私を支配したのだ。


そうして私は必死に自分の責任から目を背けた。



(ひばり君の笑顔を考えないと…)


そう思ってふとクソ男の隣に座る美女を見た瞬間、今まで掴めなかった違和感の正体に気づいた。


この美女たちは会ったときから笑顔だった。そして、その笑顔は今の今まで変わっていない。1mmも。まるで静止画像を見ているような感じなのだ。


今考えると、ミッケラン伯爵も御者を務める際に『ハッハッハ!英雄の御者を務めるのは末代までの自慢になりますからな』と笑っていたが、あの笑顔もまるで感情が入っていなかった気がする。



(ヤバい…!逃げな…)


そこまで考えたとき、私は耐え難い眠気に襲われた。意識が朦朧とする。

必死に外へ出ようと手を伸ばすが、その手は空を切る。

朦朧とした意識の中、私の目に映ったのはグウスカ寝ているクソ男と変わらず笑顔のままの美女の姿だった。


「おやすみなさい」

私は沈んでいく意識の中で美女の声を初めて聞いた。




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