平和

剛のいじめが始まって、1か月ほどが経ち、僕は学校で孤立し始めていた。

蝉の声はすぐに聞こえなくなり、あんなに生き生きとしていた森の草木も今は枯れて、綺麗な赤色になっていた。


「はぁー」


結局、大畠さんと話していたうさぎの世話はすることもなく、大畠さんは段々と僕と距離を置くようになった。

学校に僕の味方はいない、おばあちゃんに話して心配をかけたくない。

また、僕は1人になった。

でも大丈夫、前に戻っただけだ、父親のせいで孤立していた、前の学校生活に。

僕はそんなことを考えながら、校庭の端にあるうさぎ小屋の前にいた。


「壮助君」


ぼーっとうさぎ小屋のうさぎを眺めていると、後ろから聞き慣れた声がした。


「大畠さん」


久しぶりに話した彼女の顔には貼り付いた笑顔はなく、少し疲れているように見える。


「どうしたの?」


少し緊張しながらも、話を続ける。


「ごめんね、いじめられてるの知ってるのに、何も、できなくて…」


なるほど、そういう話か。

都会に住んでいたときもいた、知っているのに見て見ぬふりをして、勝手に罪悪感を感じている人間が。

直接話しかけられたのは初めてだが、僕はそういう人は別に悪くないと思う。

だって、もし自分が逆の立場だったら助ける気なんて、これっぽっちも起きないからだ。


「大畠さんが、気にすることじゃないよ、いじめは仕方ないことなんだ」


「仕方ない?」


彼女は不思議そうな顔で、そう言った。

そう、仕方ないんだ。


「うん、人は愚かな動物だよ。

弱くて、1人で生きていけないから、集団で行動する。

けれど、集団ができれば、自分より下の人間を従え、侮辱し、罵る人間が出てくるんだ。

俺がこの集団で1番正しい!って顔でね」


「それが、ごうちゃんってこと?」


「そう、標的が僕さ」


そう言いながら、僕は自分が哀れに思えて、思わず


「ははっ」


と笑ってしまった。

彼女は、なぜか悲しそうな表情をして僕のことを真っ直ぐに見つめる。

その目があまりにも真っ直ぐだったので、僕には少し眩しく感じた。


「確かに、人は誰かを侮辱したり、罵ることもあるかもしれない」


大畠さんは僕を見つめたまま、口を開く。


「けれども、支えあって、笑いあうこともできる」


彼女は堂々とそう、言った。

目を見ると、少しきらきらと輝いて見える。

大畠さんが見てる未来はきっと輝いているのだろう。

そんな、彼女に僕は少し目を奪われてしまった。

それと、同時に壊してしまいたいとも思った。


「そんな世界になれば、戦争なんて起こらないだろうね」


僕は嫌味っぽく、そう言った。


「少なくとも、日本は平和だよ」


彼女はくすっと笑って、校門の方へと歩いていった。


「じゃあ、またね」


「うん、また」


彼女が校門の向こうへ見えなくなる。

その後ろ姿を見て僕は


「変なの」


とぼそりとつぶやいた。

夏の暑さはどこかへいって、秋の心地よい風に校庭の木々の葉っぱが揺れていた。

うさぎ小屋の中を見ると、3匹のうさぎが身体を寄せ合って、すやすやと眠っていた。

僕もこんなふうに、穏やかに眠ることができたのなら、どんなに幸せなのだろうか。

太陽が沈みかけた、空をぼんやりながめながら1人、帰り道を歩いた。

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彼女はなるべく、死にたいらしい。 @Reninoue

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