くしゃ
ご飯を食べ終わり、僕は自分の部屋で彼女のことを考えていた。
彼女のあの目がどうしても頭の中から離れなかった、冷たく暗い色をしたあの目には思い返してみると悲しい色も混ざっていたように思える。
「祟られているか・・・」
まさに田舎臭い罵りだ、彼女は父親と母親を亡くした僕と同じ年の女の子。
ただ、それだけなのに。
そして、僕も父親と母親を亡くした男の子。
もしかすると、彼女は僕の雰囲気に何か自分と近しいものを感じたから、あんなに話しかけてきてくれたのかもしれない。
とにかく明日、大畠さんともう一度話そう。
僕はそう心に決めてから静かな夜に包まれて、眠りにつくのだった。
翌朝。
僕は雨の音で目を覚ました、窓の外を見ると木々の葉っぱが雨に濡れていた。
身体を伸ばして居間に向かう、台所ではおばちゃんがせっせっと朝ご飯を作っている最中だった。床に腰を下ろし、テレビをつける。朝のニュースを見るのは密かに僕の楽しみの一つだった。
ニュースキャスターの声と一緒におばちゃんの小刻みな包丁の音が居間に響いている。僕はそれを聞きながら、いつも通りの朝だなと安心する。
ただ、今日は少しだけ雨の音がうるさく感じた。
おばちゃんが用意してくれた朝ご飯を食べて、僕は傘をさして雨の中を歩いて学校へ向かう。その途中で大畠さんを見かけたので、後ろから声をかけた。
「大畠さん」
大畠さんはこっちを振り向き、すぐに笑顔を作った。まるで、ホステスが客にむけて見せる笑顔のような、昨日見た純粋な笑顔とは全く別ものの笑顔だった。
「廉くん~、昨日は驚かせてごめんね!」
声も無駄に明るかった。
きっと大畠さんは人に気を使う態度や言葉遣いを、普通は大人になって自然と学んでいくことを環境と経験から勝手に身についてしまったのだろう。
人は大人になると、簡単に友達が作れなくなるんだ。そう父親が呟いていたことを思い出す。
その言葉の続きは
だから、子供のうちにいっぱい友達を作っておくんだよ。だった。
「大畠さん、無理しなくていいんだ」
「無理?無理なんかしてないよ?」
大畠さんは、小さな手で僕の背中をぺしぺしと叩きながらそう言った。顔は笑顔が張り付いているように剥がれない。
「そっか、まぁ、そのもう本当に駄目だって思ったら僕に言ってね」
「…うん、分かった!」
少し間を空けてそう返事をした彼女は早足で学校のほうへ去っていった。
せっかくだから、一緒に学校に行きたかったのだが、まぁそれは仕方ない。
僕も時間に遅れないように、学校へと向かった。
田んぼの畦道や、森の中をしばらく歩いたあと廃墟のような校舎が現れた、校門には中肉中背のいかにも変態そうな人がジャージ姿であいさつ運動をしていた。倉敷先生によると、この人が校長の田中先生らしい。
「おはようございます」
田中先生は明るく僕に挨拶してきた。
「・・・おはようございます」
僕は少し距離を置いて、挨拶を返す。
田中先生はにんまりと笑い、僕を見送った、口の端のほうに、ケチャップみたいなものがついていたが、僕は気にせずに教室に向かう。
教室の扉を開けると、僕の机には昨日絡んできた牧野 剛が座って取り巻きの男子と話していた。
「ねぇ、ここ僕の机なんだ」
「おぉ、すまね」
剛はそう言うとにやにやしながら、取り巻き男子と一緒に自分の机に戻って行った。僕は鞄をロッカーにいれて、自分の机に座る。すると、くしゃと尻で何かを踏んでしまった、席を立ちあがり見てみると、それは蝉の抜け殻だった。
剛がこちらを見ながらくすくすと笑う。
僕は蝉の抜け殻を、剛の机の上に叩きつけ
「これ忘れものだよ」
と言った。
途端に教室が、しんと静まり返る。剛は何も言わず、ただ、僕を睨んでいるだけだった。
そこから、剛の陰湿ないじめが始まった。
朝だというのに、教室の外は薄暗く、まるで、教室ごと深海にでも沈んだのかと思うほど、どんよりとした朝だった。
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