大畠さんと別れたあと、僕は不安と恐怖と戦いながら、なんとかおばあちゃんの古民家に辿り着いた。日が沈んだ森の中はとても静かで、不気味だった。

大きな玄関を両手でゆっくりと開ける。


「ただいま」


「おかえり」


玄関ではいつものようにおばあちゃんが優しい笑顔で僕を迎えてくれた。


「お風呂に入ってきなさい、夜ご飯を用意していてるから」


「うん、ありがとう」


僕は自分の部屋に戻り、道具を置いてお風呂場に向かった。お風呂はもともと住んでいた家より広く、心を落ち着かせるにはとっておきの場所だ。

木でできている湯船につかりながら、今日の大畠さんの行動について考えてみる。

あの反応は、冗談の範疇を超えている、あの帰り道の森の中で本当に誰か自殺していたのだろうか。


なんで知ってるの?


大畠さんは僕にそう問いかけた。

大畠さんの友達もしくは親族があの森の中で、自殺していたのだとしたら・・・

それでも、大畠さんのあの反応は異常すぎる。


「壮助、大丈夫かい?」


いつもより出てくるのが遅かったからだろう、おばあちゃんが脱衣所のほうから声をかけてきた。


「もうすぐ上がるよ」


「あんまり入ってるとのぼせるからね」


「分かった~」


手を見てみるとお湯でふやけていた、僕は考えるのを止め、とりあえず湯船から上がる。脱衣所で体を拭き、パジャマに着替えてから居間に向かった。

居間の卓袱台にはおばちゃんが作った料理がずらりと並んでいて、いつもの夕食より豪勢な食卓となっていた。


「壮助、やけに長風呂だったね」


料理を見ながら、涎を垂らしていると台所からおばちゃんが歩いてきた。


「うん、少し考え事をしてたんだ」


「そうかい、まあ壮助も年頃の男の子だからねぇ。いろいろ考えることがあるだろう」


そんなふうに話しながら、おばちゃんは卓袱台を囲むように畳の上に腰を下ろした。僕もそれに合わせて腰を下ろす。


「まぁ、そうだね」


「今日は、入学祝いで腕によりをかけたのよ」


「やっぱり、いつもより豪華だと思ったんだ」


「たくさん食べて」


「うん、いただきます」


手を合わせて、箸で唐揚げを掴み口の中に運ぶ。

嚙めば嚙むほど肉の旨みが口の中に溢れて、とても美味しい。おばちゃんはとても料理が上手で、こっちに来てからおばちゃんの料理にはいつも驚かされる。


「おばあちゃん」


僕はご飯を食べながらおばちゃんに話しかける。

おばあちゃんとご飯を食べるときは、会話がほとんどない。たぶん、ご飯を食べるときは静かにするのがおばあちゃん流のマナーなんだと思う。いつもは、僕もそれに習って静かにご飯を食べるのだけれど。

今日はどうしても聞きたいことがあった。


「なんだい?」


おばあちゃんは少し驚いたような顔で僕を見た。僕は構わずに話を続ける。


「大畠さんって知ってる?」


僕がそう言うと、おばちゃんの瞼の上が、ピクリと動いた。


「知ってるよ」


「大畠さんの家ってなんかあったの?」


僕はストレートにそう聞いてみた。

すると、おばあちゃんは箸を止めて茶碗の上に箸を置いた。茶碗と箸が当たる音が微かに部屋の中に響いた。

僕は無意識に背筋をピンと伸ばして、おばちゃんの話に耳を傾ける。


「あの子はね、父親に捨てられた子なのよ」


思ってもいなかったおばちゃんの話に、僕はより興味が湧き、前のめりになりながら、話の続きを待った。

おばちゃんは言葉を選んでいるのだろうか、普段より丁寧にゆっくりと話を続ける。


「その後、何年かして母親が近くの森の中で首を吊って死んだ。ちょうど、1年前の夏くらいだったわ」


「そんな、あんまりにも可哀そうだ」


僕がそう言うと、おばちゃんは不思議そうに僕の顔を見て


「彼女は祟られているのよ、仕方ないわ」


と当たり前のように、そう言った。

僕は何とも言えない、人の怖さを見せつけられた気がして


「そうだね…」


と口をつぐむしかなかった。

そして、そのおばちゃんの反応で、大畠さんがこの村でどんな扱いを受けてきたのか安易に想像できた。

彼女のあの反応は、僕が彼女を『祟られている大畠さん』として見るのを恐れたんだろう。

でも、今日一緒に過ごして分かった、彼女が悪い人じゃないは確かだと思う。

僕は彼女のことをもっと知らなければならない、そんな気がした。


「ほら、そんなのどうでもいいから、早く食べなさい」


笑顔でそう言うおばちゃんの顔を見て、人には色んな顔があるんだなと思った。





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