夕闇
そうして、大畠さんと一緒に帰ることになった僕はこれまでにないくらいにどきどきしていた。夕闇に染まる山道を僕たちは歩いている。
「壮助君はさ」
何を話していいのか分からず、彼女の後ろをとぼとぼ歩いていると彼女から話し始めてくれた。
「うん」
「壮助君は、いつも空ばかり見てるよね」
突然よく分からないことを言われて、僕は困惑した。
それはどういう意味なのか、考えてもよく分からない言葉だった。
僕が何も答えずに頭を悩ませていると
「ごうちゃんのこと、嫌い?」
今度ははっきりと意味の理解できる質問をされる。
「いや、嫌いじゃないよ」
「そっか」
駄目だ。全然、会話が弾まない。
大畠さんは可愛い。猫のような目つきと少し茶色い髪の毛、小動物のような笑顔。
こんな可愛い子と一緒に帰るだけでも緊張するのに、楽しい会話など生まれるはずもない。
「さっきのセリフはどこにいったのさ」
「さっきのセリフ?」
僕がそう聞き返すと、大畠さんはくすくすと笑いながら
「エスコートしてくれるんじゃなかったの?」
「あ、あれは、調子に乗ったから、言っちゃっただけで・・・」
今頃になってあんな気持ち悪いことを言うんじゃなかったと後悔した。
しかし、時すでに遅し。大畠さんは、僕のことをそういう事を簡単に言える気持ち悪い男と認識してしまったかもしれない。
「びっくりしたよ、壮助君がそんなこと言うとは思わなかったからさ」
大畠さんはからかうように僕を見てきた。
僕は恥ずかしくなり、思わず大畠さんから目をそらした。
「ごめん、時々、調子に乗っちゃうんだ」
「全然いいよ、面白かったし」
大畠さんは優しそうに見えるが、意外と意地悪なところもあるらしく、なんだか凄く楽しそうだった。そんな大畠さんを見ていると、なんだか心が和むような心地になった。
「そうだ、このことみんなに言われたくないなら、明日うさぎちゃんのお世話するの手伝ってくれないかな?」
「えー」
正直、僕は猫以外の動物はあまり好きではなかった。うさぎも可愛いらしいとは思うのだが、世話をするとなるとまた別の話だ。
「じゃあ、ごうちゃんにも言っちゃうけど」
「ぜひ、やらせていただいきます」
大畠さんと話して分かった。彼女にはどうしても敵わない。
大畠さんはくすくすと笑って満足そうに
「よろしい」
と言った。
何か大畠さんが苦手なものはないだろうか、今のところ彼女のいいようにからかわれているような気がする。
そこで、思いついたのが。
「大畠さん、この森のなかでね、女性が自殺してるって知ってた?」
大抵の女子が苦手な怖い話をすることだった。
今は日も落ちてきて辺りは暗い、しかも周りは鬱蒼とした森の中で、僕と大畠さんの2人きりだ。これでびびらない女子はいないだろう。
勿論、話は適当に作ったものだ。
「壮助君、それ、誰に聞いたの?」
彼女は足をピタリと止める。
「へ?」
「誰に聞いたの?」
どういうことだ。
そう思い、大畠さんの顔を見ると別人のような目つきで僕を真っ直ぐ見つめていた。どこまでも冷たく、暗い色をした目。
「誰?」
「え、いや」
「誰がそんなこと言ったのっ!!」
豹変。
「なんで知ってるの?ねぇ」
ぼりぼりと変な音が聞こえる、音がするほうに目を向けると彼女は血が出るほど自分で自分の右手首を搔きむしっていた。
「なに言ってるの、僕の作り話だよ・・・?」
僕は恐る恐るそう言った。
すると彼女はくすくすと笑い始めた。
「あははは、知ってるよ、そういうノリじゃん」
「はは、そうだよね、びっくりした」
その笑顔はさっきまでの態度が噓のように無邪気でいつもの大畠さんだった。
僕にはそれが恐ろしく、それ以上、彼女と話すことができなかった。
それから、十五分ほどあるいた別れ道で彼女と分かれた。彼女の右手首からは血が滴り落ちているのがみえたが、恐ろしくて、何も言えなかった。
辺りの夕闇を、こんなに恐ろしく感じたのは初めてだった。
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