虫の鳴き声
「壮助、着いたよ」
おばちゃんの声で僕は目を覚ます、太陽はいつの間にか沈んでいた。辺りを見渡すと大きな古民家があった。懐かしいおばちゃんの家だ。おばちゃんは先に降りて、玄関の鍵を開けていた。僕もおばあちゃんに続いてリュックサックを持ち、軽トラを降りる。外の空気は澄んでいて、夏だというのに少し肌寒かった。僕が住んでいた住宅街では、意識しないと虫の鳴き声は聞こえなかったが、ここの周りには竹林が広がっていて、うるさいくらいに虫の鳴き声が聞こえる。耳が痛くなりそうだ。
「壮助、早くお入り」
おばあちゃんに呼ばれて、僕は玄関へと向かう。変な態勢で寝ていたせいだろうか、腰が痛い。
久しぶりに入るおばちゃんの家は、相変わらず畳の匂いがした。玄関は無駄に広く、人が二人が寝ても、まだ余裕がありそうだ。腰を曲げながらテクテクと歩いていくおばちゃんの後をついていき、暗くて長い廊下を進む。
廊下の突き当りのドアの前でおばちゃんの足が止まった。
「ここが、今日からあんたの部屋ね」
僕はそのドアを開ける。古びた音がドアを開けるときに聞こえた。
部屋の電気をつけると、そこには木でできたベットと何も置かれていない本棚があった。おばちゃんが掃除をしてくれたのだろうか、埃はおろか、髪の毛一本落ちていない。
広さは八畳ほどだろうか、取り付けられた大きめの窓からは山のふもとの町並みが絵のように見える。家の灯りや街灯が蛍のように、ぽつりぽつりと輝いて見えた。
「荷物を置いたら、居間に来なさい、ご飯を用意してるから」
そう言って、おばちゃんはテクテクと廊下を歩いて行った。
僕は早速持ってきたリュックサックを本棚の隣に置き、中に入っている大量の本を本棚に並べ始める。
太宰治、夏目漱石、坂口安吾など、子供の頃から何度も読み返した本を綺麗に並べていく。何冊かページがボロボロになったり、表紙にプリントされているイラストが擦れて見えなくなっているものもあった。そういった本を一つずつ手に取るたび、僕を僕らしくしてくれるものが何なのかわかる気がした。
持ってきた本を並べ終えた。本棚は案外大きく、一番上の段に何冊かぶんのスペースが余ってしまった。それが、僕が失った父と母の心のスペースに見えて、なんだかイライラした。
ある程度部屋の整理を終えた僕は長い廊下を歩いて居間に向かった。居間では、卓袱台のうえに焼き魚と味噌汁、そしてご飯と漬物が置かれていて、おばちゃんは楽しそうにテレビでバライティー番組を見ている。
「荷物の整理は終わったかい?」
「うん」
「座りな」
テレビを消して、おばちゃんが僕の方を向いた。僕は言われるままに畳の上に座った。目の前のご飯からは湯気が出ていて、焼き魚からは香ばしい匂いがする。つい、涎がこぼれてしまいそうだ。両親が死んでからまともな食事が取れていなかったからか、今までにないくらいお腹が空いていた。
「いただきます」
そう言って箸を使い、焼き魚の身をほぐして、口の中に運んだ。何の魚か分からなかったが身に脂が乗っていて、とても美味しかった。みそ汁とご飯によく合う味だった。
「美味しいかい?」
「うん、とても」
僕がそう言うと、おばちゃんは
「そうかい」
と言い、柔らかく笑った。
あっという間にご飯を食べ終えた僕は、おばちゃんが沸かしてくれたお風呂で体を温めていた。少しだけ空いたお風呂の窓からは相変わらず虫の鳴き声がうるさかったけど、今はそれすらも心地よく感じる。
「ふぅー」
ご飯を食べ終わった後におばちゃんから、地元の学校に通う手続きを済ませておいたから、と言われた。もう気づけば八月も終わりが近づいている、九月からはこっちの学校に通うことになるのだろう。それを考えるとかなり憂鬱だったけど、なんとか頑張らないと、そう自分に言い聞かせた。
お風呂から上がり、ベットで横になると唐突に母の死体を思い出した。
小腸と、胃と、それとよく分からない母の一部だったもの。
その全てが美しいかった。その全てが、僕を興奮させた。
その夜は懸命に自分の性器を手で擦り、3回ほど射精した後に力尽きてそのまま寝てしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます