第5話 バグの街。ロープホーレへようこそ

「は! 俺、生きてる!? 腕ある。足ある。良かった〜」


 あたりを見渡すとまばらな木々と突き刺さった板が見える。


「方向は合わせたつもりなんですが、どこでしょうか?」


 いつの間にか横に来ている神父様。

 俺に聞かないで欲しい。知ってるわけないでしょ。


「とりあえず、向こうに街道があるみたいなので行ってみましょう」

「え? どこですか?」

「向こうですよ。ほら」


 視力は良いと思ってたんだけど、全然見えねぇ。


「ほら、指で輪っか作って目に当てて」


 真似してみるが見えないぞ。

 見かねた神父様がやってくれると、遠くに馬車の走る街道が見えた。


「うぇ!? すげー。まさか、これも御業ですか?」

「いいえ。これは仕様のはずなんですけどねぇ。違ったかな? そんなことよりも、向こうに行きましょう」


 しかし距離が遠く、歩くこと3時間。日が暮れはじめた頃にようやく街道へ辿り着いた。

 通り掛かる荷馬車で道を尋ねると、目的の街はこの先にあると教えてもらった。ついでに乗せてくれるというのでお言葉に甘える。


「気にしなくて良いって。神父様のお役に立つなら、これも信徒の誉れでさぁ」

「なんともありがたいことです。あなたに仏利炎神の加護がありますように」

「ぶつりえ? よくわかりませんが、ありがとうございます」


 俺もわからなかった。

 おじさんから話を聞いてると、この先の街は少し治安が乱れているらしい。そのことで、くれぐれも注意するように言われた。


「ゆーしゃとか言う輩がいるようで、そいつにお気をつけてくだせぇ」

「勇者ですか! なるほどなるほど」

「神父様はご存知で? 儂らはとんと聞いたことがねぇもんで」

「もちろんですとも! 勇者はいくつもの職業を経てなるタイプと、生まれながらにして勇者の者がいるのです」

「はぁ。まさか職業とは思いませんでしたわ。ですが、聞いた話だと裏世界の人間の類なんですがねぇ」

「いずれにせよ注意は必要ですね」


 毎度ながら話についていけない。

 わかったのは勇者という職業だったら危険な奴。出会ったら逃げるべし。


「司祭様でしたか。検問許可ありがとうございました。ロープホーレ領へようこそ」

「お疲れ様です」


 荷物検査も手早く終わってすんなり入れた。


「これだけでも助かりましたわ。いつもは何倍もかかるもんで」

「怪しい物が無いのは私も知ってますのでね。わずかばかりですが力になれたようで良かった」


 こういう姿を見ると神父様なんだと思う。

 だけど、思い出しただけで……。いや、思い出してはいけない。今は何も考えないようにしよう。

 御者さんと別れて教会へ向かう。若干遠くだが、歩けば20分で着くだろう。それにしても、立派な教会だなぁ。

 街中も立派な建物が多いけど、奇妙なアートがわからない。

 壊れた跡なんかもあって、スラムの危険地帯を彷彿とさせる。


 教会へ近づくにつれて、真っ白な外壁にもアートが施されていることがわかった。


「私には芸術はわかりませんが、描いた人は誰でしょうかね?」

「おそらく勇者でしょう。ほら、ここに『勇者参上!』と書いてありますよ」

「これって文字だったんですか!?」

「あっちには『う○こ店』、あっちは『良い奴』とか」


 ただの落書きレベルじゃないか。

 スラムのクソガキでもやらないぞ。勇者ってのはどこか飛び抜けてるのかな?


 教会へたどり着くと、疲れた顔のシスターが出迎えてくれた。


「タダーシ神父! いらっしゃい」

「待たせたようですね」

「良いんです! 良いんです! それよりも中へ」


 奥へ奥へと進んでいくが、道中の孤児らしき子供が気になる。

 みんな指を咥えて物欲しそうな目だ。

 ぐぅぅぅぅ。

 なんて音が聞こえたら黙って通るなんてできない。


「ペチョス?」

「ちょっと話してから行きます」

「そうか。たぶん真っ直ぐ奥だよ」

「わかりました」


 神父様を見送ってから一人の子に話しかけた。


「腹減ってるんだろ。こいつ舐めてみな」


 口に突っ込むとキラキラとした目で舐めながら、頬を右へ左へと膨らます。


「他の子もおいでー」


 声に反応してやってくるが、誰言わずとも綺麗に整列している。

 最後の一人に渡し終わったところで残ったアメは一つだけ。


「残ってる子はいない?」


 一斉に話すからなかなか聞き取れなかったけど「いる」「向こう」「病室」「こっち」という言葉だけは拾えた。

 引っ張られながら到着した場所に居たのは、ベッドで寝ている少女が一人。


「誰?」

「アメ兄ちゃん」「アメくれる人」


 間違っては無い。間違っては無いんだけど、他に言い方無かったのな。


「タダーシ孤児院から来たんだ。ちょうどアメがあったからみんなにあげたんだよ。これは君の分」

「良いの?」

「食べてないのは君だけだよ」


 この子も同じように目を輝かせながら幸せそうに舐めている。

 すると、廊下から重めの足音が近づいてきた。


「ペチョスも来てたの?」

「この子たちに連れられて、アメをあげてました」

「そっか。容体を見るからちょっと離れててね。君はアメは舐めてて良いよ」


 神父様が少女を観察してみるが首をかしげている。


「これ、呪いじゃないですねぇ」

「やっぱりですか。私たちでも同じような判断をしました」

「うーん。だとすると……ちょっと動かないでね」


 出た神父様の奇妙な踊り!

 手を広げたり閉じたり、指先で空をなぞったり。


「あぁ、やっぱり変な書き換えがある。リンク貼ってるから元を潰した方が確実かなぁ」

「わかりましたか!?」

「あ、はい。なんて言えば良いんだろう。新種の呪いというか非常にわかりづらくなってました」

「どの程度の呪力でしょうか」

「命には別状ありませんよ。今回の件が終わったら治しましょう」


 神父様の言葉でみんな笑顔になる。


「とにかく、何をするにしても明日からですね。ペチョスも今日はここで泊まらせてもらいますよ。明日は領主館です」



◇ ◇ ◇



「であるから、こちらも手が出せない状況なのだ」

「それはお困りでしょう。私のほうでも確認して、適正か見定めたいと思います」

「仮にだが、もし適正だったとしたら?」

「神がお認めになった。ということでしょう。そうなると私も引かざるを得ません」

「……そうなったらこの街は終わりだ。明け渡すしかない」


絶望する領主様と従者たち。

教会の少女も助けてあげたいと思う。神父様でも難しいなら何か力になれないだろうか?

帰り道も悶々としていると、神父様から声がかかる。


「ペチョス。神の目の役割であるあなたは?」

「はっ! 見届けること」

「そうです。不用意にバグへ触れると大変なことになりますよ」

「気をつけます!」


危ないところだった。

バグの恐怖を間近で見た俺が、安易に手を出そうとするなんて……。


「ここを見てみなさい」


神父様が指した場所は例の落書きが書かれた壁。

そこの壁と地面の境目に手を伸ばす神父様。

何かを拾うのかと思えばドンドン腕がめり込んでいく。徐々に引き出してくると腕は何も変わらない。土埃ひとつすら付いてない。


「な、なんですか!?」

「これがバグです。ニヤリ」


ニヤリは口に出さなくても良いです。というかこれがバグか。いや、良くわからネェ。結局何がバグなんですかね?

腕が奥まで入ること? 見えない隙間があること?

さらに疑問が増えてしまった。


「勇者は明日街に戻ってくるようです」

「明日……」

「この様子だと、明日は激戦になりそうですね」


言ってる意味がわからねー!

なんで激戦なんだ!? 誰か説明頼む!

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