第4話 荒ぶる神の御業。超超超高速板ジャンプ

 孤児院の朝は早い。

 子供にしては広いスペースの家庭菜園を世話しなければならない。

 その手順も、10日で覚えた。

 また季節が変われば作物が変わる。その時は覚え直しだ。


「ペチョスくーん。お兄さんたちがお土産持ってきたよー」

「おー! 今行くー」


 12歳を超えたあたりから丁稚奉公に出たり、外で仕事を探すことになる。その兄さん姉さんたちが数日に一度帰ってくる。

 今日帰ってきた兄さんと姉さんはどちらも優しく気にかけてくれる人だ。


「タコベス兄さん! 今回はどこ行ってきたの?」

「ちょっと遠出して隣の領までだな」


「ワッカメお姉ちゃん。髪結ってー」

「良いよ。こっちに座ってね」


 モチョコはワッカメ姉さんが来るといつもベッタリだ。


「ペチョス。まだ食ったことなかっただろ?」

「ん? なんです?」

「ペチョスだ」


 開いた紙包に潰したパンのような物がある。見た目は悪いが香ばしい匂いが食欲をそそる。


「まだ肉はダメなんだろ? 今日は肉なしだ」


 タコベス兄さんの話だと、こういう小さな気遣いが商人に必要と教わったみたい。ちなみにその丁稚先の商人も孤児院出身だ。


「食べても?」

「おう! 一人1枚あるからさじ持ってきてくれ。あとシスターも呼ぼう」

「呼んでくる!」


 飯となるとみんなの行動は早い。

 すぐに集まって、集まって。

 神父様!?

 今日はまだ出かけてなかったのか。


「ペチョス買ってきたと聞いて」


 右手に持つビンには薄黄色の何かが詰まっている。


「そ、それは!」

「タコベスも、これがあったほうが良いだろ?」

「久々にあれを食すことができるのか」


 めちゃくちゃに喜んでるけど、そんなに美味いのか?


「「「「神のお恵みをありがとうございます」」」」

「いただきます」


 なんだこれは!?

 今までに無いふわふわ食感。

 ちゃんと火は通っている。

 小麦のほのかな甘味が広がって笑いが止められないぞ。

 匙で切り分けるたびに見える野菜たち。

 安っちい見た目のわりに、色々入っていて楽しめる。


「みんな一口食べたね? あとは掛けたい奴で分けるんだよ」


 すでに自分のペチョスにとろりとした液体を掛けた神父様が、幸せそうにペチョスを食している。


「お、おい! ノッポンかけすぎじゃ無いか!?」

「そ、そんなことねーよ」

「もう十分だろ!」

「っち」


 奪うほど上手いのか!?

 かと思えば、女性陣はそんなにかけてない。

 回ってきた時には、すでに適量と言える程度しか入ってなかった。


「最初は少なめでも良いかもね。軽く逝けるから」


 言ってる意味はわからないけど、残り全部をかけて一口。

 見た目通りトロミのある感覚を口の中に感じるな。

 これだけであの騒ぎになるのか。

 ペチョスで液体まで舌が届いてないな。

 もぐもぐもぐもぐ。


「ふぉおおおおおおおおおおおおお!」


 ガタガタガタ。


「フラッスン抑えろ!」

「くっそ。意外と力あるんだよな」


「う、うみゃー」

「落ち着いたか」

「もう一口。くぅぅぅぅぅ!」


「ペチョス。食事中は静かに!」

「シスターマーガレットも落ち着いて。彼はこのカロリー爆弾の信者になったわけだ。つまり神への信仰が深まったということだよ?」

「その解釈はどうかと思いますが」

「良いんだよ。神の雫とまで呼ばれる『マヨ』。そして対になる『ケチャ』どちらも神の思し召しなのさ」


『ケチャ』という言葉に女性たちが身じろぎする。

 まさか、まだ他にも上手い物があるのか?


「ほらほら、冷めないうちに食べちゃおう」


 そうだ。

 至高なるマヨを最高の状態で食さねばならない!



 ◆ ◆ ◆



 食器洗いは新入りが率先して行う習わしだ。これも外に出た時に困らないように洗い方を教わる。


「水は場所によって貴重だからな。セツヤクが必要だ」

「言葉はわからないが、なんとなく意味はわかった。なるべく少なくってことで良い?」

「そうだ」


 そこで院の外から声が聞こえてきた。


「タダーシ神父様いらっしゃいますか!!」


 なんか聞いたことあるような声だな。

 その神父様は、ロッキングチェアで休憩中。


「行かなくて良いんですか?」

「ん? うぇ?」

「外で呼ばれてますよ?」


「タダーシ神父様いらっしゃいますかーー!!」

「今日は用事無いからゆっくりするつもりだったんだけどなぁ」


 のろのろと動き出し、外に出ていく。

 こちらも食器を洗い終わり、しばしの休憩。

 腹の張りが収まったところで、黒板に文字を書いていく。

 新しく覚えた言葉や大事なことを一度書く。

 フラッスンから聞いた先輩の教えでは、使う言葉から書いていくと文字に馴染みやすいらしい。

 今日の先生はタコベス兄さん。

 ワッカメ姉さんはモチョコが独り占めしているからだ。


「そうそう。良い感じだぞ」

「しこう の そーす まよ きゅうきょく の そーす けちゃ」

「次は水だ」

「みず は けちれ。 けちれ?」

「あー、そこは『少なく』とか『ちょっとずつ』のほうが良いぞ」

「なるほど、スラムの言葉は文字だと書きにくいんだな」


 そこでシスターから声がかかる。

 外に来なさいってだけで、言葉が少ないんだよな。


「ペチョス。この袋持ってけ」

「これは?」

「アメちゃんが入ってる。困った時に使いな」

「タコベス兄さんありがとう!」


 袋の中はぎっしり詰まっていて、一人じゃなかなか食べきれないだろうな。


「来ました」

「おう。久しぶりだな」

「ん! ケンボス! 兄さん」


 出身者とわかってたら付けないと怒られるんだよな。

 シスターの様子は?

 ギリギリセーフ!


「成長したじゃねーか」

「ところで、なんで呼ばれたんですか?」

「それは神父様から」


 爆散以降、1週間はまともに見れなかったけど、今は見れる。この人自体は悪い人では無い……と思う。

 行動はあれだけど、世話になってるしね。


「今回はケンボス経由の話だからね。連れられてきたペチョスを連れて行こうかと思ってさ」

「そうですか。え?」


 今連れて行くって言ったか?


「お、オレ何も出来ませんよ!?」

「大丈夫大丈夫! みんなから優秀だって聞いてるし、変なところがあれば教えてくれたら良いよ」

「そういうことなら」


 ケンボスの後ろにいた子綺麗な服のおっさんが出てきた。


「話は済みましたかね? 司祭様」


 様付けしてる割には、若干見下してる感があるな。

 嫌な奴。


「えぇ。それで目的地はどこらへんですか?」

「アールゴ領から北東へ2領またいだ先ですな。馬車があるのでこちらへ」

「いえ、それなら先に行ってますので、後から来てください」

「はぁ?」


「ケンボスはどうする?」

「僕は護衛もあるから、使者殿と参ります」

「わかった。この前はしくったからな。今日は板を使うか」


 人間大の板を2枚持ってくると、俺を呼び寄せる。


「ちゃんと紐で縛ってと。じゃあ、ケンボスあとでね」

「おい! 何を言ってる!」

「ペチョス。しっかり捕まってなよ」

「え? え!?」

「荒ぶる神よ! お力をお貸しください」


 そう言って両手に掲げた板を持ち、板の上で飛び跳ねる。


「ははは。ご乱心なされたか! まさに狂行ではないか」

「あまり甘くみないほうが良ろしいですよ。荒ぶる神は司祭様と言えど制御が難しい」

「あれが制御とな! 馬鹿馬鹿しい」


 そんな会話を気にも止めず、ひたすら飛び跳ねる。

 ふとした瞬間違った感覚がある。

 世界が捩れるような、気持ち悪い感覚。


「行けますよ! ペチョス。絶対に離したらダメですよ」

「は、はい!」


 この時、大地に沈み込む体と、弾き出される感覚を味わった。


「ぎゃああああああああああ!」


 バキバキベキ!


「ぬわあああああ!」


 たぶん前の方は俺の声。

 そして、何かが壊れる音もした。ような気がする。

 必死にローブにしがみつき、頭を横向きにしながら上空にキラキラと撒き散らす。


「うげろろろおおおおお」

「はっはー! 毎度ながら最高の眺めだ! ペチョスも見なさい!」


 見えてます。

 俺のペチョスとマヨが。



 ———————————————


 なんとも馬鹿馬鹿しい。

 領内の問題を教会などに頼むとはな。

 しかも、なーにが神の使徒だ。

 タダーシ孤児院?

 所詮は噂の一人歩きであろうが。


 領主にも困った物だ。

 自称勇者の暴挙が止められぬだとな。

 あのお方は暴挙などしておらぬしししししししし。

 儂もももも毒されてなどおらぬわ。


 着いてみれば何の変哲もない孤児院で、神父も30程度で若造ではないか。


 バカが!

 板を持って飛び跳ねおった。

 なんの曲芸か?


 ん?

 何だ今のは。

 地面が歪むような。

 ありえん。


「ぬわあああああ!」


 ……

 …………



「あれ? 儂はなぜここに」

「神父様の御業をご覧になり、倒れられたのですよ」

「そうだ。あの飛び跳ねて……衝撃が」


 辺りを見ると、見慣れぬ物が。

 いや、儂は知っている。

 これは馬車だ!

 豪奢に作った箱だったはずが、綺麗に荷馬車になっている。


「くっくっく。はぁーっはっはっは! ケンボス殿。戻りますぞ!」

「しかし、馬車は?」

「馬があって乗れるのだ。問題なかろう」

「そうですか。ではお供いたします」


 微かに残る記憶には、およそ人体とは思えぬほど伸びた体の神父。

 鳥肌を抑えつつ笑みが止められない。


「あれが、御業か。恐ろしいものだ」


 化け物のたぐいだな。

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