第10話 俺は、忘れられなかった

「はぁ、はぁ……」

マルクはすさまじい快楽の余韻よいんに浸っていた。甘い痺れに身を震わせ、もう動くことさえできない。

「まだ……まだ……もっと!」

アリスは、疲れ切ったマルクの股に手を伸ばし、もうくたびれてしまったそれをくわえた。

「んっ! んんっ!! チュッっチュウ!」

必死に先端を舐め、吸い、締め付ける。しかし、マルクのそれが再び強張りを取り戻すことはなかった。

「何で、何で!」

アリスは涙をこぼしながら嘆いていた。

「私は……こんなにもマルクが好きなのに! マルクはもう私を求めてはくれないの……。ねぇマルク! 何がしたい? ここはあなたの夢。あなたが望めば何でもかなう。私、何でもするよ! もっともっと忘れられなくするから! だから……!」

その、悲しみに打ちひしがれるアリスを見て、マルクはアリスを抱きしめていた。

「アリス、もういいんだ」

「もういいって? 現実にいない私は、用済みってこと?」

「……アリス、君に謝らなきゃいけないことがある」

「えっ?」

「俺はずっと……心のどこかで、君を忘れようとしていた」

「……っ!」

悲しみとも、怒りとも取れるの表情を浮かべるアリスを、マルクは更に強く抱きしめる。

「大好きだった君はもういない! 現実を生きるために忘れなきゃって! ……でも、無理だった。忘れたくても、忘れられなかった」


 マルクは、アリスが消えてからの事を話した。

 アリスが消滅してからしばらくの間は、マルクは魂が抜けたようになっていた。しかし、それも長くは続かず、一年もすれば元のように生活できるようになった。そして元々の夢であった画家を目指し、何度も挫折を経験しながらも、前を向いて生きていった。マルクは、アリスの思い出を乗り越え、未来に歩み出していたのである。

 しかし、やはり完全に忘れることなどできなかった。マルクが本当に描きたかった景色は、アリスがいる景色だったのだ。それはマルクにとって、どんな絶景よりも美しいと感じられる景色だった。画家としての技術や経験が増していく度に、アリスのことを思い出す。この景色の中に彼女がいたらどんな歌を歌うだろうか、どんなことを言うだろうか、どんな踊りを見せてくれるだろうか。そんなことを考えずにはいられなかった。

 それでも、アリスが生きられなかった人生を生きて、アリスが見られなかった景色を見ると決めていたので、マルクは前に進めたのである。

「だから……忘れたんじゃない。ずっと俺も会いたかった」

マルクは強くアリスを抱きしめる。心の中を全て打ち明け、最愛の人と直接触れ合う。長年の寂しさにこおりついた心が、その温もりによって溶かされていくのを感じる。それは、今までのどんな刺激よりも優しくマルクの心を包み込み、体を安らげ、彼本来の心を取り戻させた。それはアリスも同じだった。悲しみは綺麗に流されて、大切な人の愛を肌で感じ合う。アリスは、安心すると共に涙がこぼれた。

「マルク……ありがとう」

二人はそのまま優しく抱き合った。もう言葉も、強烈な刺激もいらなかった。二人が求めていた心を感じるには、これが一番相応ふさわしかったのだ。

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