癸/逃がした魚が大きすぎ!

『001_癸/逃がした魚が大きすぎ!

/2040/12/12

/PCW/日本東京大田区/RMS大田区南支部

/支部職員 南野由美(ミナミノユミ)伍長』


「お局様、不機嫌そうね」

 そうあたしが聞こえるのも構わず呟く若い子を腹立たしく思わなくなったのは、息子が小学校に入った頃だろう。

 大学卒業と同時に今務めている支部に入り、雑用をする傍ら、大学卒業直後の大騒動で別れた恋人の代わりにする様に別れた夫と結婚、一人の子供を儲けた。

 そんな私の気持ちを察したのか元夫は、子育てと仕事の両立に四苦八苦するあたしを尻目に自分の仕事場の若い子と浮気。

 その浮気相手が本気だと騒ぎ、養育費を約束させて離婚。

 それ以降会っていないが養育費が振り込まれているから生きているのだろう。

 まあ、また新しい若い子と浮気して修羅場に陥っている噂もあるけど私には、関係ない。

 所詮は、女の価値を若さでしか図れない奴だったって事。

 そう、結婚しようと言っておきながら十四歳の従妹達を孕ませたあいつみたいに。

 前の夫と違い、こみ上げてくる怒りが消える事は、無かった。

 大学卒業してそのあいつの叔父さんがマスターを務めるギルドに入る準備で忙しいと会えないと言っていたが突然の妊娠させたと大騒動が発動。

 噂を聞いて嘘な事を確認しにいくと陽性反応が出た妊娠検査キット見せてくるあいつの従妹達の邪悪な笑顔は、一生忘れないだろう。

 結局、そのままその場で別れたあいつは、言ってた予定とまるで違うスケットとして世界中を回ってるらしい。

 何でいま、その事を思い出しているかと言えば、手元の申請資料だ。

 十二のメンバー登録申請書。

 申請者の父親の欄にあいつの名前があったからだ。

 最低年齢の十歳での申請、当然通常の登録申請より厳しいチェックの最後にあたしの所に来ている。

 書類不備は、ない。

 登録と同時にギルド加入する理想とさえ言える状況。

 母親が現役中佐で父親があいつ、小田一二四大尉だ。

 承認をしない理由は、無い。

 それでもあたしは、最後の足掻きをする事にした。

 申請書をもってこの支部責任者の部屋に向かう。

「大久間少尉、確認して頂きたい申請があります」

 ノックしてからドアを開けるとゴルフのスイングをしているここの支部長、大久間獅子男(オオクマシシオ)少尉が居た。

「珍しいね君が態々書類を持ってくるなんて?」

 呑気な口調で言ってくる額の禿が年々後退している大久間少尉を一言でいうなら小心者。

 ダサスーツを着ているそう容貌は、何処にでもいるおっさんであり、間違ってもメンバーとして塵獣と戦っていた歴戦の戦士って訳じゃない。

 元は、区役所職員だったが、前支部長の定年を受けて役所の方から問題起こさない人材として選出され、少尉という階級を与えられた完全なお飾りである。

 間違っても前例に無い事は、しない為、前例にそって処置されている限り、関与してくることは、ない。

 故に実務をやってるあたし達も殆ど居ない者と日々の業務を行っている。

「はい。この申請についか確認したく参りました」

 そういって問題の登録申請書を見て明らかに嫌そうな顔をする大久間少尉。

「最低年齢の登録かー、しかし前例は、あるんだよね?」

 あたしは、頷きます。

「はい。添付書類にも不備がなく、申請内容にも問題がありません」

「認可をだすしかないって訳か……」

 本当に嫌そうに大久間少尉がいうのも当然だ。

 一応先進国では、登録最低年齢は、十歳が設定されているが、日本では、暗黙の了解で義務教育終了後ってボーダーラインがある。

 まああいつは、ギルドマスターだった叔父さんの後ろ盾があったから十三歳で登録していたけど、それは、かなり例外なのだ。

 開発途上国で頻発する低年齢登録メンバーの死亡案件があり、世論では、登録年齢の引き上げの声すらあがってる。

 そんな状態で十歳の登録を認めて何か問題が発生した場合、間違いなく大久間少尉に糾弾の声があげられる。

 事なかれ主義の大久間少尉だったらどうにかして避けたい状況だろう。

 そして私には、一つだけ案があった。

「申請書の生年月日をみてわかる通り、その娘たちは、いずれも多胎児でその上、母親は、現在二十五歳、詰り出産当時は、十五歳。未成熟児の可能性が高いです。その証拠に提出された身体情報は、平均値を大きく下回っています。詰り、書類上は、可能な年齢ですが、身体的にそれに耐えられない可能性があるという事です」

 それを聞いて大久間少尉が納得の表情を浮かべる。

「確かに! それを理由に認可を拒否する事も出来るな!」

 思った通りの反応だ。

「それでよろしければ私が申請者の保護者にその旨を通知いたしますが?」

 ついでに自分が前面に立たなくて良いって状況まで追加してやった。

「うん。構わない、対応は、よろしく頼むよ」

 許可をもらったあたしは、あいつが待機している筈の部屋に赴むいた。

「お待たせしました小田一二四大尉」

 敢えて慇懃にそういってやった。

 ばつの悪そうさ顔をしながらあいつ、セブンが言ってくる。

「えーと、なんだ。学生時代の目標通り、RMSの支部に務めているんだな?」

 あたしは、笑顔でいってやる。

「ええ、貴方をサポートしたくて頑張って勉強してたからね」

 顔を引きつらせるセブンを他所にあたしは、申請書を机に置いて本題に入る。

「今回の貴方(・・)の娘さん達の登録申請だけど認可が下りなかったわ」

「申請書に不備は、無かった筈だが?」

 そういうセブンのどこが他人事な所は、自分の申請書すらあたしに手伝わせていた大雑把さがにじみ出ている。

 きっと今回も他の誰かが確認してOKだしたのだろう。

「スノー達があの子達を産んだのは、中学生の時よ。それも四ツ子をまともに産めると思ってるの? 明らかな未成熟児だったのよ」

「そうだったのか!」

 驚いた顔をするセブンに軽蔑のまなざしを向けてやる。

「父親のクセにそんな事も知らなかったの? 十四歳の出産、それも多胎児って事で赤の他人のあたしだって知ってる事よ」

 苦虫をかみ潰したよう顔をしながらセブンが言う。

「あの家には、事情が事情だけに近づけなかったんだよ」

 大きくため息を吐きながらあたしが言ってやる。

「とにかく、書類上の年齢が十歳でも実際の身体年齢が足りてない。セブンだって未成熟児の死亡事故の多さは、知っているでしょ」

「……開発途上国中には、登録者の一割以上が死んでいる国もあった」

 セブンの辛そうな答えにあたしが言い切る。

「そこまで解っているんだったら、この申請がどれだけ非常識かくらい解る筈よ!」

 あたしの言葉を受けてセブンが妙な反応を見せる。

 これでも小さいころから付き合いだ、あたしの言っている事に正しいと解れば折れてくる筈。

 それにこの反応は、何か隠し事をしている反応だ。

 書類上では、解らない何かを隠している。

「何を隠しているの?」

「……何も隠していないぞ」

 目を逸らさないセブンだったが、それがセブンの嘘を吐く時の癖だ。

 学生の頃にあたしとのデートをギルドの訓練ですっぽかした時と同じだ。

 セブン絡みで顔見知りだった三世さんに聞いたら、猫万の心法の詐欺術の嘘を信じさせる時の手段としてじっと相手の目を見るってあるらしいからそれを実践しているだけなのだろう。

「とにかく、この支部では、その登録申請に認可は、出せないわ」

 あたしがそういってやると困ったという顔をするセブンだが、敢えて無視してやる。

 恋人時代と違うんだ、そんな顔をしたって手伝ってやったりしないんだから。

 そんな事を考えていると一人の少女が現れた。

 一目で解った、スノーの娘だ。

「お父さんを虐めないで」

 顔が引きつるのが解った。

 こうしてこの顔をみると学生時代、事あるごとにあたしとセブンの邪魔をしてきたスノー達の事を思い出す。

 妹達は、ともかく、スノーだけは、ガチでセブンに気があった。

「べ、別に虐めてないわよ」

 あたしが作り笑いでそう答えるとその子は、少し考えた後、言ってくる。

「あちき達が孕まされた時の裏事情を知りたい?」

「おい、ガキがませた事を言うな!」

 セブンが本気で止めに入った事であたしの興味が一気に跳ね上がった。

「聞かせて貰えるの?」

「由美(ユミ)これは、個人的な話でな……」

 何か言ってくるセブンの言葉を遮りあたしが言う。

「あの時、付き合っていたあたしにも関係ある話よ! それと馴れ馴れしく名前で呼ばないで!」

 怯んだセブンの代わりにその子が話し始めた。


「詰り、スノーが招猫万五郎大先生の援助を受ける為にセブンと子作りして、そして貴女達が生まれたって訳ね」

 あたしは、とんでも話を聞かされて頭を抱えたくなった。

「こんな非人道的な事をするなんて……」

 あたしの呟きに対してその子、武田雪子が言ってくる。

「そんで本音は?」

「スノー、なりふり構わず邪魔しやがったな!」

 あたしは、怒りを籠めて叫んでいた。

「えーとそのだな。このことは……」

 歯切れの悪いセブンに対してあたしが即答する。

「言える訳が無いでしょう。こんな事が公表されたら、RMSがひっくり返るわよ」

 偉人と言われていた招猫万五郎がこんな非人道的な実験をしてたってだけでも問題の上、その知識を全て継承した娘が居るとしたらその争奪戦は、とんでもない事になる。

「それと念の為にいっておくけど、薬を盛られたとかあってもあんたの行為は、許されないからね」

 あたしの釘差しにセブンが項垂れる。

「重々承知している」

「そんな訳だから実力には、問題ないから許可だして」

 武田雪子の要求にあたしは、考える。

 今の話が本当なら実力は、問題ないだろう。

 いや逆に問題があり過ぎるかもしれない。

「不自然な事があれば勘が良い連中には、気付かれるわよ」

 武田雪子が眉を顰める。

「やっぱり、そうなるよね」

 自然と視線がセブンに集まる。

「結局の所、あなたの立ち回り次第って事よ。どうするの?」

「とりあえずは、普通の新人と同じ様に萌草採取からやらせてくつもりだ」

 セブンの真っ当な答えにあたしが視線を向けると武田雪子が頷く。

「前世がばれても厄介ごとしか呼ばなそうだからな」

 それであたしが確認する。

「どうしてあたしにばらしたの? その気になればもっと上を動かして認可がとれた筈?」

 武田雪子が頷く。

「これから色々とお世話になると思うから。もちろん、対価は、払う」

「対価って、何?」

 あたしの言葉に武田雪子は、セブンを押し出す。

「お父さんとの再婚を許可してあげる」

「何言ってやがるんだ!」

 怒鳴るセブンを無視して武田雪子が言う。

「雪母達は、結婚に拘らない派というか、三人の内の誰が結婚しても面倒なんだよ。書面上の娘も認めているから後は、本人たちしだいだよ」

「由美、こんな馬鹿な提案は、無視しろ!」

 必死に言うセブンをあたしは、睨む。

「そんなにあたしと結婚するのは、嫌なんだ」

「それは……」

 言葉に詰まるセブンに対してあたしがため息混じりにぼやく。

「あの頃、結婚しようと言っていたのは、全部嘘だった訳ね。あたしは、騙されていたんだ」

「それは、違う! あの時の言葉に嘘は、ない!」

 そう主張するセブンに詰め寄るあたし。

「だったら、他の男と子供を産んだからもう興味が無くなったって訳?」

「そういうことじゃない。だけどな……」

 語尾を濁らすセブンにあたしは、告げる。

「今更って言いたいんでしょ? それは、あたしも一緒。あの時、結婚しようと思ったのは、確か。でもお互いに十年の時間は、決して短くないわ。一つだけ確認。いま付き合ってる女性は、居るの?」

「何人かと付き合ったが、避妊を気にしすぎだとと直ぐに別れた」

 セブンの相変わらず変な几帳面な性格にあたしが苦笑する。

 その場の勢いで生でやった後に妊娠したかもと告白した時、あたしは、別れる事も予想した。

 しかし、セブンは、正面から向き合ってくれ、その後は、きちんと責任をもてるまでといってその後は、きっちりゴムをつけていたっけ。

「今後、会う機会が増えるんだからそれで判断しましょう。あたしだって息子も居る。今更ヤケボックリに火が付いたと直ぐ結婚なんて出来ないわ」

「……解った」

 真面目な顔でそう了承するセブン。

「登録申請は、認可をだしておくわ。娘さん達の事もあるから申請等は、こっちに回しなさいね」

 そういってあたしは、部屋を出る。

「まずは、あのハゲに適当な理由つけて認可した事を伝えないとね。自分より階級が上のセブンが責任とるって言えばあのハゲだったら納得するでしょう」

 そう言いながらその部屋に向かいながら今のセブンを見る。

「ナイスミドルになってたわね。スノーの奴、今度あったら絶対に許さないんだから」

 そんなあたしの携帯端末に一通のメールが入ってくる。

『セブン兄は、渡さない!』

 早速宣戦布告ですか。

『初めての女を舐めるなよ』

 煽りのメールを送るあたしであった。

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