辛/ふざけるんじゃねえ!

『001_辛/ふざけるんじゃねえ!

/2040/12/07

/PCW/フィリピン/RMSフィリピン支部

/スケット 小田一二四大尉』


 俺は、RMSフィリピン支部に入りながらあの時の事を思い出し、鼻の辺りに幻痛を感じながら言う。

「勇仁叔父さんの一撃は、治療魔法を使えるDFWで尚且つ治療特化した『鬼斬』のメンバーがその場に居なかった死んでたと思う」

「何度聞いてもとんでもない話だな」

 トクヒデが苦笑しながらいってくるので俺が半眼で言う。

「他人事だからそれで済むが当事者の俺は、人生計画が大幅変更になった。あれが完全にスノー達が加害者で、俺は、どちらかといえば被害者だと言ってもまだ十四歳の娘を孕まされた勇仁叔父さんとしては、俺をそのまま『鬼斬』ギルドに加入させる事は、出来なかった。雷雅叔母さんの仲裁もあって俺は、スケットとして活動を始める事になったんだよ」

「『鬼斬』ギルドのギルドマスター、オーガー。ギルド制度発生前からその武勇は、有名で最初期のギルドとして多くの貢献をしてきた。そして二年前に……」

 トクヒデが言わなかった言葉の先、レイドでの夫婦揃っての死亡。

 結局、俺は、大恩がある二人に何も返せずに死に別れる事になってしまった。

「そういえば、その三人の娘さん達は、どうしているんだ?」

 トクヒデの疑問に俺が苦笑交じりに答える。

「小学生の内から頭がよく、あの招猫(ショウジョウ)万五郎(マンゴロウ)の最後の門下生としてセクションで研究や開発方面で働いているよ」

 それには、トクヒデも驚いた顔をする。

「猫万の招猫万五郎の門下生だったのか!」

 トクヒデが驚くの当たり前だ。

 猫尻尾を作り、それを介して閲覧できる無数とも呼ばれる様々な術を開発した世紀の天才だ。

 もしもかの人物がいなければ世界は、もっと天災で荒れていただろうと多くの研究者が口を揃えて言う程の貢献をした人物。

「まあ、そんな偉人も俺が大学を卒業する前に亡くなってたから大した影響力があるとは、おもえないがな」

 そんな俺の判断に対してトクヒデが首を横に振る。

「そんな事は、無い。かの人物の影響力は、大きい。ただ、それだけにかの人物が最後まで上級大尉でしかなかった事を疑問視する人が多いがな」

 上級大尉、その階級には、純粋な階級以上の意味がある。

 RMSに所属すると階級を設定されるのだが、佐官以上の階級になるには、必ずその名が示す、陸局Rランドセクション、海局Mマリンセクション、空局Sスカイセクションのどこかに所属し、副職が認められない。

 佐官以上のメンバーは、RMSの支配下に置かれる。

 詰り、招猫万五郎は、RMSに従っていなかったともとれるのだ。

「死亡した最後の実験については、機密事項として開示されていなかった筈だ」

 トクヒデが問題の資料を携帯端末に表示し、見せてくる。

 俺は、その実験の日付がスノー達の薬入りのチョコを食べさせられた日の事に気付く。

「偶然か?」

 俺の小さな呟きに答えが出る前に支部の職員がやってきた。

「小田一二四大尉ですね? 奥で上官がお話があるそうです」

「セクション加入のスカウトかね?」

 探りを入れるようにトクヒデが言うと職員は、肩を竦めます。

「内容については、何も聞かされておりません」

「昇級絡みの話には間違いないだろう。了解した」

 俺がトクヒデに万が一の為の保険になってもらい職員に案内されるままに一つの部屋に入った。

 そこでは、意外な人物が待っていた。

「セブン兄、久しぶり」

 今さっきの話題にも出てきた勇仁叔父さんの娘の一人、スノーがそこにいた。

「何の茶番だ? 俺は、お前のお遊びに付き合ってやる程暇じゃないんだぞ」

 俺は、敢えて突き放した口調で言う。

 例の妊娠騒動以降直接会った事こそないが、勇仁叔父さん達の死亡確認で連絡だけは、とっていたからだ。

「そんな邪険にしないでよ。赤ちゃんが出来る程の熱い夜を過ごした仲じゃない」

 スノーの軽口に俺は、怒りを籠めて言う。

「お前達の実験に付き合わされて俺の人生設計がどれだけ狂ったと思ってるんだ!」

 睨みつけるがあの頃から良い性格をしていたスノーは、反省の色一つ見せないので諦めて言う。

「あー何も言っても無駄だったな。とにかく俺は、ここでRMSのお偉いさんと話す予定でお前に遊びに付き合えないんだ」

「そのお偉いさんがあたしよ」

 そういいながらスノーが猫尻尾を見せてくる。

 それを確認して俺は、唖然とする。

「銀の二本線! 二十半ばで中佐は、ありえないだろう!」

「勿論、種も仕掛けもあるわ。それには、セブン兄も関係してるんだよ」

 スノーの言葉に俺が睨みつける。

「どういう意味だ。少なくとも俺にお前達をそんな出世させるだけの力は、無いぞ」

「そう焦らない。今回は、確りと説明してあげるから」

 スノーの言葉に引っ掛かりを覚えた。

「今回は? それってどういう意味だ」

 俺の追及を無視するようにスノーが問いかけてくる。

「あたし達が先生、招猫万五郎の門下生だったって事は、しってるよね?」

「ああ、だが、それだけでそこまで階級をあげられるとは、思えないぞ」

 俺が同意するとスノーが語り始めた。

「先生は、悩んでいた。このままでは、自分が考え抜いて発見した全ての技を体現する事は、出来ないってね」

 俺は、呆れが籠ったため息を吐く。

「世紀の天才の目標は、際限ねえな。どう考えたって素手や武具、魔法を含めた技術の全てを自分一人で体現するなんて不可能に決まってるだろう」

 スノーが頷く。

「まーね。それこそ十回以上人生をやり直さないと無理だと思う。それでも先生は、諦めきれなかった。クローンへの脳移植による若返りを含めて様々な方法を検討していたよ」

「おいさらっと国際法違反を口にしてなかったか?」

 俺の突っ込みを無視してスノーが続ける。

「でもそのどれもが先生の理想に会わなかった。先生曰く、魂が若返らなければ意味が無いってね」

 魂、嘗ては、空想の物と思われたそれすら、現在では、確りとした研究がなされている。

 実際に、DFWには、過剰使用された魂エネルギーが廃棄され、魂獣(コンジュウ)と呼ばれる幽霊にもにた塵獣が存在している。

「そんな時、ラノベを読んでいたムーンが思いついたの。ラノベの主人公の様に記憶を残したまま転生したらどうかって」

 スノーの発言に俺が頭を押さえる。

「現実とラノベを同列で考えるムーンの悪癖は、指摘してやれよ」

「先生は、そこに可能性を見出した」

 スノーの話が一気にきな臭くなってきた。

「可能性を見出したって何をしたんだ?」

 探る様な俺の問い掛けにスノーが答えてくる。

「最初は、死刑囚を使った死後の魂への記憶の定着だったね」

「最低限の人権の保護って言葉知ってるか?」

 俺の指摘にスノーが平然と言い返して来る。

「平気で他人の人権を無視して散々な事をしてきた連中の人権なんて知ったこっちゃない。少なくとも先生と先生の協力者たちは、そう判断してたよ」

 当然の話だが、死刑囚を実験に利用するとなれば国の御偉方が関与しているのだろう。

 納得したくは、ないがここでそこに言及しても意味が無い。

「それでその実験は、上手くいったのか?」

 スノーは、首を横に振る。

「全然、どうやっても記憶を定着させられなかった。幽霊が恨めしやってやるのは、有名だけどあれって魂にこびりついた感情による反射行動らしいって事が判明したよ」

「上手くいかなかった。それでお終いって話じゃないんだろう?」

 俺が促すとスノーが頷いた。

「前世の記憶が残っているっていう実例は、少なくともある。その実例を調べていたフラワーが気付いたの。その多くが本人が死んだ直後に着床した可能性が高い事に」

「どういう事だ?」

 俺が聞き返すとスノーがいくつかの実例を並べて見せて来た。

「残っていた前世の記憶を元に前世の死亡状況を確認したんだけど、死んだ日時が誕生日の十カ月前って事が大半だったって事だよ」

 確かに上げられた資料では、そうなっている。

「それが解った所で何か発展があったのか?」

 スノーが妖しい笑みを浮かべた。

「セブン兄は、先生が実験で死んだって日を知ってる?」

 ついさっき確認した事だった。

「ああ、確か、俺がお前達のチョコの実験の犠牲に……」

 言葉の途中で俺は、気付いてしまう。

「まさか、あの実験ってチョコの実験じゃなかったのか!」

 スノーが頷く。

「そう、先生の記憶を継続したまま転生が可能かの実験だったんだよ」

 俺の拳が目の前にあった机にめり込む。

「勇仁叔父さんの娘だった事を感謝しろ。そうでなければ拳がめり込んでいたのは、お前の顔面だったぞ!」

 ふざけている。

 俺の人生を狂わせただけでなく、こいつらは、自分の子供まで実験材料としようとしていたのだから。

 そんな俺の気持ちに気付いたのかスノーの顔から笑顔が消えた。

「偉くなりたかった。セブン兄だって知ってるでしょ、RMSの奴らがどれだけ理不尽だなんて。お父さんが怒りに震え、お母さんがただ泣くしかない。そんな理不尽な事をどれだけ『鬼斬』ギルドに押し付けられてきたかを!」

 知っている。

 政治的理由、金銭的理由、組織名誉や個人の出世の為に助けられる命を見捨て、やらなくても良い仕事を何度もやらされていた。

 スケットとして動いてギルドに居た時以上にそれを感じる事がある。

「ミドルさんだっけ? あの人が死んだのだってRMSの責任よ」

 スノーの見解に俺が反論を口にする。

「あれは、フィリピン政府が補助金を出し渋ったのが一番の原因だ」

 それをスノーは、鼻で笑った。

「現地政府が補助金を出さなければいけない時点で間違ってるんだよ。フィリピン政府だって潤沢な資金があれば補助を出していたよ。それが出来る先進国に合わせたレイドの報奨制度をRMSが自分達の予算軽減の為に通しているのが大本の原因よ」

 ある意味それは、正解かもしれない。

 それでも現実がある。

「RMSだって無限に資金が在る訳じゃない。どうしても出来る事には、制限がある」

「はー! ふざけないでよ! 知ってる? 軍や官僚のRMSへの天下りの斡旋で莫大な金額が動いているんだよ。 天下った奴等も自分達の国に有利な様に開発途上国分の余計な支出が出ない様に予算配分してるんだからね!」

 スノーが怒声をあげる。

 俺の中の怒りが冷めていくのが解った。

 スノー達がやった事は、確かに外道だが、同時にそんな事をしてでもやり遂げたいことがあるのが解ってしまったからだ。

「立場が逆だぞ。外部の人間の俺がいうならともかく、中佐のお前がそれを言えば問題になるぞ」

 俺の冷静な指摘に息と共に激情を吐き出してからスノーが言う。

「少なくとも二年前のあのレイド問題の責任を『鬼斬』に押し付けられるのを防げたから、あたしは、後悔していない」

 俺が舌打ちをする。

「そんな事をしようとしてたのかよ」

 二年前、勇仁叔父さん達が死んだレイドでは、問題が発生していた。

 災獣の発生個所が国境だった事から国境を面した国同士で諍いが起こり、本来直ぐに来るはずの援軍が大幅に遅れたのだ。

 その為の被害を防ぐ為に『鬼斬』は、壊滅的なダメージを受け、殿だった勇仁叔父さん達は、死んだ。

「問題を自分達の失態にしたくなかった奴らが『鬼斬』の独断専行って事にしようとしてたんだよ。それに気づいて、ムーンやフラワーに協力してもらって、問題を早期発表させたの」

 そう説明するスノーの憤りが理解できた。

 本当だったら、そうなる前にどうにかしたかった、それでも最低限の事をしたというのがスノーの気持ちだろう。

「あたしは、もっと偉くなりたい。そして、こんな腐った体制をどうにかしてやるんだ。その為にも先生の協力がまだまだ必要なんだよ」

 スノーの発言に俺が眉をしかめる。

「おい、招猫万五郎は、死んだんじゃなかったのか! お前達は、その実験の手伝いをしたから何らかのコネを手に入れてたんじゃないのか?」

「何の実験だったか忘れた?」

 スノーの言葉に俺が唖然とする。

「実験に成功したっていうのか! それよりも勇仁叔父さんがお前達の出産を認める訳がないだろう!」

 勇仁叔父さんのスノー達への愛情は、半端じゃない。

 十四歳での出産なんて命に関わることをさせる訳がないんだ。

「お母さんを説得した。実験で出来ちゃったけど、出来た子供の命は、無駄にしたくないって」

 スノーが少し懐かしむ様な言い方に俺も雷雅叔母さんの事を思い出す。

「雷雅叔母さんだったら、認めくれたかもな……」

 曲がったことが大嫌いで、人を助ける為に平気で命を懸けられる。

 そんな雷雅叔母さんだったら赤子の命を救う選択を選んでもおかしくなかった。

「こっからが本題。あの実験が完全に成功したかは、先生自身も疑問視してるけど、少なくとも先生の記憶と技術は、残っている。その援助を受ける意味でも自由に活動できるようにする。その為にセブン兄の大尉昇級を後押しした。セブン兄には、『鬼斬』のギルドマスターになって欲しいの」

「ちょっと待て、『鬼斬』は、まだギルドとして存在していたのか?」

 俺は、あの事件後に残ったメンバーが違うギルドを立ち上げて移籍していると生き残りの知り合いから連絡を受けていた。

「そこがギルドの難しい所なんだよ。ギルドって実は、本拠地を置いている国との関係も深い。それだけにギルドマスターに国籍が問われた」

 なんとも言えないって顔で言うスノーに当時の事を思い出しながら言う。

「勇仁叔父さんは、国籍なんて気にしてなかったからな。しかしそれなら猶更未だにギルド認定が残っているのがおかしくないか?」

「そこは、『鬼斬』のビックネーム、親族への継承の可能性をたてに休止をRMSに認めさせた。でもギルドマスターは、セクション加入者には、なれないからあたし達は、不可。あたし達の娘が将来的って事になってたんだけど、大尉になるまでギルドの恩恵を使用できないって不自由だって案山子でもいいからギルドマスターを用立ててほしいって先生から要請が来たんだよ」

 スノーが淡々とした説明に俺が眉を寄せる。

「その案山子を俺にやれと?」

「別段本気でギルドマスターをやってもらっても良いよ。ただ、先生達がいう事を聞くかは、不明。メンバーは、新たに募集する必要があるかもしれないね?」

 適当な事を言ってくるスノーを他所に俺は、今回の件を思考する。

 俺個人的な話だったら間違いなくありだ。

 元々『鬼斬』は、俺の目標でもあった。

 なにより勇仁叔父さんの残したギルドをスノー達を利用した招猫万五郎って奴に渡したくなかった。

「解った。しかし、俺がギルドマスターを務める以上、お前の先生って奴等の好き勝手にさせるつもりは、ないぞ」

 俺の宣言にスノーが手をパタパタさせる。

「あたしが要請されたのは、ギルドマスターを仕立てる事。自分の思いのままになるギルドマスターとは、言われてない。そこらへんは、自分達でどうにかするでしょ。まーセブン兄は、大変だろうけど頑張って」

「他人事の様に言いやがって!」

 半眼で睨むとスノーが質の悪い笑顔で言ってくる。

「無論他人じゃないよ。あたし達とセブン兄の娘なんだから」

 俺は、天を仰いで言う。

「それが一番の問題だな」

「そうそうこれは、公式な要件、前回の災獣からドロップした『風爪』、セブン兄分が発生してた。ムーンが開発協力してって言ってたよ」

 スノーから渡されたそれを見る。

 レイド、大きなダメージを与えた相手に災獣がその体の一部を与える。

 それは、猫万八手四法の発展、第五の法とも呼ばれる『獣法』を生み出す素材になる。

「前向きに検討するから大人しく待ってろといっておけ」

 俺は、ムーンのしつこさに牽制をいれながら受け取る。

「要件は、これでお終い。正式なギルドマスターの継承の手続きは、やっておくから『鬼斬館』で諸々を引き継いで」

 スノーとの会話は、それで終わって俺が退室しようとした時、囁きが聞こえた。

「相手がセブン兄だったからだよ」

 敢えてその言葉に踏み込まない。

 残念ながら、お互いに無邪気に恋愛をしていられる子供じゃなくなったのだから。



 退室後、人気が無くなった処でトクヒデと合流した。

「無事解放されたみたいだな。それで、どうなった?」

 スケットなんてやっていればRMSの連中に無理難題、こっちの意志を無視した要求を無理やり強制されたことが何度もあった。

 それが非合法且つ非人道的だった場合に備えて、トクヒデには、離れて待機してもらい、いざとなったらそっちに連絡して対処してもらう段取りだった。

「出世したスノーが待っていて、大尉昇級と引き換えに『鬼斬』のギルドマスターを押し付けられた」

「単純な栄転って訳には、いかないって事だな」

 トクヒデの言葉に俺が苦笑する。

「子守り付きだからな」

「それってつまり……」

 トクヒデが敢えて言葉を濁してくれたので俺も明言をさけるのであった。

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