康/渡した覚えがないお返し?

『001_康/渡した覚えがないお返し?

/2030/03/14

/DFW/鬼斬施設/鬼斬館

/大学卒業直後 小田一二四上等兵』


 朝、ベッドから降りた俺が何気なく机の上に置かれた写真、両親との家族写真を見た。

「旅行に行く前に撮った写真だったな」

 およそ十年前、役所の役人だった父の唯一の趣味、宝くじで大当たりを当てて旅行に行く前に撮った。

 当時の俺は、何処にでもいるおっさんだった父親、小田延永(オダノブナガ)より母親、風雅(フウガ)の双子の妹である雷雅(ライガ)叔母さんの夫、武田勇仁(タケダオニ)に憧れていた。

 勇仁叔父さんは、『鬼斬』と言う名の古参ギルドのギルドマスターとして塵獣狩りの最前線に居た。

 そんな勇仁叔父さんに憧れ、中学に上がった時、理解があった雷雅叔母さんの協力も得てメンバー登録をすましていた俺は、夏休みを勇仁叔父さんのギルド施設での特訓に費やす為、旅行には、ついていかなかった。

 当時は、偶には、夫婦水入らずも良いじゃないと雷雅叔母さんが言い、母さんは、迷惑を掛けられないと最後まで渋っていたが俺の強固な主張に折れた。

 ギルド施設での特訓をしていた夏休みの終わり、ギルド施設は、慌ただしさを帯びた。

 漏れ聞こえてきたのは、災獣出現しレイド参加の要請があった事。

 子供ながらに興奮した。

 今思えば何も理解していなかった。

 何の苦労の知らない子供が台風を待ち望むが様にその空気に楽しんでいたのだ。

 レイドに参加した勇仁叔父さん達が帰った来たと聞いた時は、武勇伝が聞けると喜び勇んで迎えに出た。

 そんな俺を雷雅叔母さんが泣きながら抱きしめて来た。

「ごめんね、ごめんね」

 何度も謝罪をされるが何を謝っているのかまるで見当がつかなかった。

 いつも自信たっぷりの勇仁叔父さんの顔が悔しさに歪んでいた。

「すまない。俺の力が足らなかった」

 困惑する俺に雷雅叔母さんが告げる。

「災獣の起こした天災で風雅も延永義兄さんも亡くなったのよ」

 言っている事が頭が理解するまで多くの時間が必要だった。

 そして理解した時、俺のほほを涙が零れ落ちていた。

 勇仁叔父さんは、言った。

 天災が起こったのは、観光中心の小国で当時多くの観光客が居た。

 その中に俺の両親も居た。

 災獣の誕生と同時に天災、大津波が起こり続ける。

 父さん達が居た島にそれが到達するのは、時間の問題だった。

 そう時間の問題だった。

 限られた時間に対して避難施設と避難経路は、十分では、なかった。

 観光地という事もあり、住人よりも多い観光客の数が大きな足かせになった。

 現地住民と観光客との間で争いも起こる中、行動を起こしたのが父さんだったらしい。

 元々、役所で住人同士衝突の仲裁を担当していた父さんは、一切の感情論を無視して、法に則った手順と順番で避難誘導をしたそうだ。

 無論、感情的に反発してきた人が多かったらしいが、そんな相手には、自分が前に出てその八つ当たりを受け続け、最後には、正論で押し通した。

 それ故に最後まで残り、大津波に母さん諸共飲み込まれた。

「お前は、誇って良い。延永義兄さんは、戦うしか出来なかった俺よりも何倍も多くの人間を救ったんだからな」

 その言葉を聞いた時、初めて俺は、父さんの子供で良かったと確信できた。

 そして、その日から漠然としての憧れだった『鬼斬』ギルド入りに明確な目的が出来た。

 一人でも多くの人を助ける為に、その為に強くなりたいと心の底から思った。

 葬式の席、華族系列の財閥『四菱』の直系だった母親の権利を引き継ぐ絡みで母方親族が醜く争う中、勇仁叔父さんとの結婚の時に既に権利放棄をしていた雷雅叔母さんに権利を放棄すれば保護者になると言われ、即答で権利放棄した。

 あれから十年近くたった。

 俺自身としては、高校や大学に行かず『鬼斬』ギルドに入って実戦を重ねていきたかったが、勇仁叔父さんに父さんが用意していた学費を無駄にするなと言われて大学まで卒業した。

 今日、この後、正式に『鬼斬』ギルドに加入する。

 今までみたいなお客様扱いでなく、正式な一員として、塵獣と戦っていく。

 その覚悟を胸に俺は、食堂に向かう。

 『鬼斬館』は、『鬼斬』ギルドのメンバーの住居であり、DFWにおける拠点でもある。

 食堂には、何人かの先輩達が食事をしていた。

「よ、お前も今日から俺の後輩だな」

 そう声を掛けてきたのは、高卒で『鬼斬』に入った、同世代のフランス人、ルハン=カイトーンに俺が半眼を向ける。

「三世、俺は、お前より前から『鬼斬』に居たんだぞ」

 ニヤニヤと笑いながら三世が言う。

「ざーんねん! 正式加入が早い俺の方が先輩なのは、ここでのルールだぜ」

 悔しいが事実だ。

 『鬼斬』は、戦闘集団であり、戦闘中において上下関係は、重要視される。

 その為、先輩後輩、上官と部下の関係は、明確にされている。

「直ぐに階級で追い越してやるよ」

 俺の強がりに三世が笑う。

「精々頑張れよ。まあ、新人は、最低一年は、雑魚相手でそうそう昇級しないがな」

 腹が立つが、折角の晴れの日に騒動を起こして延期になったら元も子もないので朝食を食べる事にした。

 そんな俺の所に問題児、三人組がやってくる。

「お姫様達の登場だ、担当として確り頼むぜ」

 三世の言葉に俺が怒鳴る。

「誰が担当だ!」

 逃げていく三世に代わってやってきた三人組、勇仁叔父さんの十四歳の三つ子の娘、雪見(ユキミ)、月見(ツキミ)、花見(ハナミ)が俺の前に居た。

 俺は、大きなため息を吐いて用意しておいた高級店のマシュマロを差し出す。

「バレンタインのお返しだろ。高かったんだからちゃんと味わって食べろよ」

 この三人からは、バレンタインデーとしてチョコを貰っている。

 ここで出し渋れば、ひっつかれてこの後の予定に影響があるからさっさと終わらせる為にかなり奮発した。

 ちなみに本命、高校からの彼女、南野由美(ミナミノユミ)には、昨日の内に口移しで渡してある。

「別に良いよ。だってセブン兄からは、もうもっと凄い物貰ってるもの」

 雪見、スノーの言葉に俺は、眉を寄せる。

「何かやったか? それともバレンタインデー当日を由美に譲る代わりに運転手として懸賞であたった娯楽施設の送迎をやったのでチャラで良かったのか?」

 スノーは、手をパタパタ振る。

「あれは、あくまで由美姐さんに当日を譲る交換条件だよ。知ってるんだから、その日、随分とお楽しみだったって」

「ガキがナマ言ってるなよ。しかし、それ以外に何かあったか?」

 見当がまるでつかない俺がそう聞き返すと、スノー達は、とんでもない物を差し出して来た。

 それを見て俺だけでなく、周りの男性メンバーの何人もが顔を強張らせる。

 実物をみたのは、今回を除くと一回のみ、高校生の若さの暴走、その場のノリで由美と生でやった一か月後に来てないのと恐る恐る試すのに付き合わされた時だ。

 妊娠検査キット。

 陰性が出て数日後に来たと聞かされた時、俺は、二度と責任をもてない子作りは、しないと誓ったものだ。

 だからこそ理解出来た、その妊娠検査キットが陽性を示している事を。

「大当たり。赤ちゃん貰っちゃったんだもん、それ以上の物は、貰えないよ」

 スノーの言葉に俺が慌てる。

「ちょっと待て! 俺は、お前達とそんなことをした覚えは、全くないぞ!」

 スノーが遠い目をして言う。

「ムーンが開発した精力剤諸々入ったチョコを食べたら白目を剥いて、三人相手に一晩中やりっぱなしだったんだけどな」

 冷や汗が滝の様に流れていく。

 確かにあの日、問題の宿泊施設について差し出されたチョコを食べてから、翌日の朝まで記憶が無かった。

 休みをもらう代わりと前日の訓練を普段の倍やった疲れからじゃないかというスノーの言葉を鵜呑みにしていた。

「……冗談だろ?」

 最後の望みをこめてそう尋ねる俺に対して、月見、ムーンと花見、フラワーまでものが妊娠検査キットを見せて来た。

 確認するのが怖かった。

 しかし、覚悟を決めて確認し、どちらも陽性である事を理解した時、背筋に冷気が走った。

 その殺気に振り返った先に見たのは、今まで見た事のない本物の鬼の様な勇仁叔父さんの姿だった。

「どういうことだ!」

 勇仁叔父さんの怒気に俺は、顔を引きつらせてどもるしか出来なかった。

「これは、何かの間違いだと……」

 言い終わる前に俺の意識が吹き飛んだ。

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