第72話 さよなら、デニム <完>

 もうコネリー家の資産は私の実家からの援助なしには全く回らなくなっていた。屋敷を維持することも出来なくなり、義父は私に言ったのだ。


「この屋敷と爵位を手放すから全て買い取って欲しい」


と―。



「な、な、何ですってっ?!あ、貴方…何てそんな勝手な真似を!!婿養子のくせにっ!!」


義母は今にも卒倒しそうな位、顔を真っ赤にして義父に文句を言った。


「そうだ!正当なコネリー家の当主はこの俺なんだぞっ?!」


デニムは今迄一切領地経営に見向きもしなかったくせに、とんでもないことを言ってのけた。


「うるさいっ!婿養子だから今迄私は黙っていたのだっ!この屋敷の執事だったから、旦那さまの命令に逆らえなかったから!お前という女に目を付けられてしまったから!私は恋人と泣く泣く別れてお前と婿養子と言う形で結婚させられてしまったのだ!」


おおっ!!義父が…ついに?言ってはいけないタブーの言葉を口にした。


「な、な、何ですって…っ?!」


今度は義母の顔は真っ青になった。全く赤くなったり青くなったり、忙しい人だ。


「ええっ?!2人は愛し合って結婚したわけじゃなかったのかっ?!」


愚かなデニムは今更そんな事を知ったらしい。


「デニム様、私達は愛し合って幸せな結婚生活を送りましょうね?」


デニムにラブコールを送るブレンダ嬢。


「「…」」


そしてそれを静観して見守る私とロバートさん。義父の怒りはとどまるところをしらない。


「いいか?!私は婿養子という立場だったからこそ、今までお前たちが好き勝手するのを咎めることも出来ずに見守るしか無かった。だが、もう資産も底をつき、支援者であるフェリシアをないがしろにした挙げ句、離婚届を送りつけるなどそんな罰当たりなことをしおってっ!彼女は商売人の家に育っただけのことがあり、領地経営に長けていた。ようやくコネリー家を立て直せると思ったなのに…横領したり、見合いの公募に大金をはたき…お前たちにすっかり食い潰されてしまったのだっ!!」


義父は激昂し、ますます饒舌になる。かたや、義母とデニムは義父の迫力に押され、ブルブル震えている。


「ロバートさん…」


私は傍らに立つロバートさんに声を掛けた。


「何ですか?」


「お義父さんて…あんなに弁が立つ人だったのですね」


私は未だに2人に説教を続ける義父を見ながらポツリと尋ねた。


「ええ、そうですよ。何でも学生時代、弁論大会で優勝したことがあるらしいですから」


「えっ?!そうなんですかっ?!」


「はい。でもようやく以前の叔父さんの姿を見ることが出来て良かったです」


ロバートさんはウキウキした声で語る。


「は〜…知りませんでしたよ。人って分からないものですね。お義父さんがあんなに情熱的な方だったなんて…」


「僕はどう見えますか?」


突然隣に立つロバートさんが尋ねてきた。


「え?」


「ずっとここで仕事をしながらフェリシアさんの活躍ぶりを見てきましたよ。使用人たちにもすごく慕われているし…本当にあのデニムには勿体ない方だって思っていたんです」


何となく熱のこもった目で見つめられている気がして、気恥ずかしくなった私は義父達に注目すると、ようやく話は済んだようだった。


「さぁ、お前たちはすぐにこの屋敷から出ていくのだ。出ていかないのなら警察を呼ぶからな。ここに不法侵入者がいると」


何処までも容赦ない義父の言葉に義母とデニムはコクコクと頷く。


「では、参りましょう。デニム様、お義母様。お二人の為にこの度、馬車を特注したのですよ?乗り心地は最高です。」


ブレンダ嬢は満面の笑みを浮かべて2人に語りかける。…案外、義母とデニムはこれから先、マーチン家で幸せに暮らせるのではないだろうか…?



 そしてデニムと義母はブレンダ嬢に連れられて部屋を出る際、デニムは私の方をちらりと見た。


「フェリシア…」


何とも情けない顔である。私はそんなデニムの顔を見てにっこり笑みを浮かべると言った。


「さよなら、デニム」


「そ、そんな!フェリシアッ!!助けてくれよっ!」


デニムが情けない顔で 助けを求めてくる。


「ほら!参りますわよっ!デニム様っ!」


力強いブレンダ嬢に腕を捕まれ、引きずられるようにデニムは連行されて行った。


「やめろーっ!」


最後にデニムの悲鳴を残して…。




 こうして、私とデニムの2年間の結婚生活は終了した。コネリー家から全てを手に入れると言う形で―。



****



8ヶ月後―


「本当に私もこの屋敷に住んでいいのかい?」


大量の荷物と一緒にやってきた父が屋敷の前に立つと尋ねてきた。


「ええ、勿論よ。お父様。今日から領地経営のお仕事一緒に手伝って貰いたいから」


「確かに事業は全てトマスに譲ったが…」


「でしょう?後はマリー達に全て任せましょうよ」


「しかし、お前はロバートさんと一緒に領地経営をするのではなかったのか?」


するとロバートがエントランスから現れた。


「いらっしゃいませ、お義父さん。お待ちしてましたよ。僕は会計の仕事がメインなので是非経営の仕事をお任せしたいのです。お願いできますか?」


「あ、ああ。勿論だよ」


父はロバートと握手を交わす。


「では荷物は使用人たちに運ばせますのでお義父さんは今日はゆっくり休んで下さい」


ロバートさんの言葉に続き、フレディがエントランスから現れた。


「お待ちしておりました。大旦那様。さ、どうぞこちらへ」


今やフレディは新しい当主であるロバートの執事になったのだ。フットマンに連れられて、屋敷の中へ入っていく父を見送るとロバートが私を抱きしめ、尋ねてきた。


「どうだい、フェリシア。体調は」


そしてそっとお腹に触れてきた。私のお腹の中にはロバートとの子供が宿っている。今妊娠5ヶ月目に入り、ようやく安定期に入ったのだ。


「ええ、大丈夫よ。ロバート。そう言えばブレンダ様も安定期に入ったって手紙を貰ったわ」


それを聞いたロバートさんは目を細めると言った。


「そうかい。存外あの2人、うまくいったようだね。そう言えば僕もこの間叔父さんから手紙を貰ったよ。今は北の大陸を旅しているそうだよ」


義父は義母と離婚が成立後、かねてから希望していた世界一週の旅に出ているのだ。

ここに戻って来るかどうかは…今のところは不明だ。


「それにしてもまさかお義父様があんなに情熱的な方だとは思わなかったわ」


私の言葉にロバートは耳元で囁いた。


「フェリシア、僕だって十分情熱的な男だと思うけどね。だって毎日君にアプローチし続け、結婚までこぎつけることが出来たんだから」


その言葉に顔が赤面してしまった。


「フェリシア…愛しているよ」


「私も…愛しているわ」


ロバートが私の顎をすくい上げてキスしてきた。そしてキスが終わると言った。


「さ、あまり風に当たっているとお腹の子供にさわるから中へ入ろう」


「ええ」


私はロバートに肩を抱かれて、屋敷の中へ入っていった。



フフフ…子供が生まれたらマーチン家へ行って、デニムに私の子供を見せてやろう。そして、こう言ってやるのだ。



「デニム、実家に離婚届けを贈ってくれてありがとう」


と―。



<完>








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里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます 結城芙由奈@12/27電子書籍配信 @fu-minn

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