第19話 酔って下さい
ブランデーをたっぷり含んだドライフルーツ入りパウンドケーキ、そしてお湯の入ったポットと茶葉、さらにウィスキーをワゴンに乗せた私は『太陽の部屋』に到着すると早速ノックした。
コンコン
「…」
しかし返答が無い。さらにもう一度ノックをしてみる。
コンコン
やはり応答が無い。これはひょっとして‥?音を立てないようにゆっくりドアノブを回して扉を覗いてみると、やはりそこには互いにテーブルに向き合って真剣な様子でカードゲームをしているデニムとマリア嬢がいた。2人の間には皿に乗せていたはずのウィスキー入りのチョコレートが全て無くなっていた。…20個程用意しておいたのに、それらが綺麗さっぱり消えていると言う事は多分互いの胃袋に収まったのだろう。しかし、あれは相当アルコールが強いチョコレートで『アルコールのに弱い方は要注意!』と注意書きがされていた。ひょっとすると2人は少しお酒で出来上がっているのかもしれない。
ワゴンを押して入室すると、私は言った。
「失礼致します、紅茶とケーキをお持ち致しました。」
「ああ、そこに置いておいてくれ」
「お願いするわ」
そこで私は2人がカードゲームに集中しているのをいいことに、早速熱々の紅茶を淹れた。勿論デニムの紅茶にはお砂糖3個、そしてカップには1㎝程、アルコール度数の高いブランデーを特別サービスで入れてあげた。さらにアルコールの風味が強すぎるパウンドケーキを切り分け、皿に乗せて2人の脇に置くと声を掛けた。
「お2人共、カードゲームはかなり頭を使うゲームです。この辺りで少し頭を休ませる為に甘いケーキはいかがでしょうか?」
すると、ようやく2人は私に注目した
「何?ケーキがあるのか?」
「まあ、美味しそうなケーキですね」
マリア嬢もケーキに注目する。
「ええ、とっても美味しいケーキです。是非召し上がって下さい」
私は何としても2人がこのケーキを食べる処を見届けたかった。
「そうだな。ではマリア嬢、頂こうか?」
「ええ、そうですわね。一時休戦ですね」
マリア嬢はカードを伏せてケーキに手を伸ばし、2人はほぼ同時にケーキを口に入れた。
「うん」
「あら」
2人は同時に声をあげる。
「これは中々…アルコールがきついな…」
「ええ、でもとても美味しいですわ」
そこで私は紅茶も進めた。デニムの紅茶には特別サービスで多めのブランデー入り紅茶を、そしてマリア嬢には少しだけブランデーを入れた紅茶を置いた。
「ささ、お紅茶もどうぞ。丁度適温にしてありますから」
少し酔いが回って来たのか、デニムが赤らんだ顔で紅茶に手を伸ばして匂いを嗅ぐ。
「うん…何だかアルコール臭がするな…?」
「それはケーキの残り香ではないですか?」
私は答えながら心の中で念じた。いいからさっさと飲みなさいよっ!と。一方のマリア嬢は何の疑いも無しに紅茶を一気飲みしている。
「ところでデニム様、マリア嬢にこのお部屋の名前の由来を教えてさしあげたらどうでしょうか?」
ワゴンの上の片づけをしながら私はさり気なくデニムに問いかけた。するとかなりデニムは酔いのせいで思考能力が落ちているのか、横柄な口調で言った。
「はあ?名前の由来なんぞ知るか」
するとマリア嬢が言う。
「まあ、デニム様はこの屋敷の方ではありませんか?それなのに名前の由来を知らないのですか?!」
マリア嬢は確か博識の男性がタイプだったはずだ。
「ああ、知らなくて悪いか?」
大分、素の部分が出てきたデニム。
「ええ、そうです!私は物知りの男性がタイプなんです!」
「そう言う君はどうなんだっ?!」
「私は女だから別に物知りじゃなくてもいいんですよ」
徐々に険悪な雰囲気になってしまった。まずい…これでは私の計画が頓挫してしまう。
「まあまあ…そんな話はもう良いじゃありませんか。それよりカードゲームの続きはされないのですか?どちらが勝っていたのです?」
「今、丁度引き分けていた処なのよ」
マリア嬢が言う。
「そうですか。では勝敗が付くまで、ぜひゲームを続けて下さい」
「ああ、確かにそうだな」
「ええ、仰る通りだわ」
そして2人は火花を散らせ…再びカードゲームを再開した。私はその様子を見ながら思った。
フフ‥その調子よ。どうか時間を忘れてカードゲームに没頭して下さいな。
そして私は踵を返し、ワゴンを押して部屋を出た―。
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