第16話

「ショッピングモールで逢った時、俺はすぐに分かったんだけど、智風ちゃんかなり体調悪そうだったし、何か、言いづらくなって。それで、印象つけようと思ってストラップ買ってこっそりあの袋に入れて…。電話でも掛けてきてくれたら、ちゃんと話そうと思ってたんだけど…」


聖也の言葉に、智風は何と返してよいか分からずに、ただ、謝る事しか出来ず、俯きながら声を絞り出した。


「ごめんなさい…」


「いや!智風ちゃんが悪い訳じゃない!袋に見覚えの無い物が入っていたら、不審に思うよな」


ストラップが入っていた事に気づいていた事はこの様子で察した聖也は、智風に非が無い言い方をしてくれる。智風はその言葉に余計、嘘を吐いた事に心苦しくなってしまうのだったが。


「この前ちゃんと話そうと声か掛けたら逃げられちゃうしでさ。…でも、思い出してくれて嬉しい。それに、友達も出来たんだな。こっちに引っ越して来て良かったな」


ゆっくりと顔を上げれば、あの頃は殆ど一緒の身長だった聖也が、見上げないといけなくなって大人びた感じがする。


「俺、ずっと謝りたくって」


キュッと口を結び、下を向いた聖也。その姿がとても悲しそうに見えた。


「ごめん…。本当に、ごめん」


「ま、待って、何で?聖也くんが謝る事なんて無いよ?だって、聖也くんがあたしを苛めてた訳じゃ無いでしょ?あの時、あたしを守ってくれたし」


「…だけど、俺の気持ちが収まらない」


何故、ここまで聖也が申し訳なさそうにするのかが分からなく、智風は首を傾げるしか出来ないでいた。


「せ、聖也くんが守ってくれてた事、嬉しかったよ。…あのね、聖也くん。あの時、守ってくれてありがとう。何も言わずに転校しちゃって、ごめんね」


心からの感謝の言葉。


「虐められたのは、誰のせいでもないよ。あたしが弱いのがいけなかったの。でもね、あたし、立ち向かっては行けなかったけど、我慢して良かったって今は思ってる」


その言葉を聞いて聖也は急に悲しそうな顔になったが


「…強くなったな」


後ろ頭をガシガシと掻いて爽やかに笑う。この笑い方は、昔のままだ。


「強くなんて、なってないよ…」


「いや、強くなった。智風ちゃんがこんなに会話が出来るんだから。あの頃は絶対に無理だったろ?」


確かにそうだ。だが、それは匠馬やひまわりといった周りの人々のお蔭であって、自分の力で出来た訳では無い。匠馬達が褒められた様で嬉しくて、頬が緩む。全ては匠馬に出会ったから。変わろう、変わりたい、と思える様になったのだ。


「…うん。あたしに居場所を作ってくれた、あの人・・・のお蔭…」


聖也からは髪で智風の表情はよく分からないが、本当に嬉しそうに見える。あの頃は何時も不安そうで、泣いている姿しか記憶に無い。しかし、先程からの微妙な空気が心地悪く、智風は頑張って話題を変えてみる事にした。


「あ、あの、聖也くん、何時からここに居たの?」


智風に話題を変えられてのに驚いたのか、「え?」と、かなりの間抜け面で返事をした聖也。その顔が何とも言えず、つい笑ってしまった。こんな顔もするのか、と。


反対に聖也は、何に対して笑っているのか分からず、首を傾げていた。が、口元を隠し、声を押し殺して笑う姿に顔を赤くする。その顔を赤くした意味を智風は分かっていないが。


「え…っと、去年の末に…。その、試験を受けてみたいって担任に相談して…」


「そっか。…何か、こんな処で知り合いと一緒になるって、恥ずかしいね」


“知り合い”と言う言葉に、聖也は智風に対しての自分の位置が低い事に歯がゆさを感じた。


「…あのさ、俺達…、友達?」


「え?」


智風は驚いて口を開けっぴろげたまま、聖也を見上げた。今度は智風が間抜け面をしてしまっているが、そんな事などどうでもいい。『友達』その言葉が頭の上に沢山降ってくる。嬉しくてひとつ、頷いた。


「友達!友達だよ!」


息を弾ませた智風に聖也も嬉しそうに、顔を崩して笑う。


「で、でもね、あの、人前で話するの慣れて無くって…」


「あぁ、分かってる。智風ちゃんひとりの時に話掛けるから、心配しなくていい」


「ありがとう」


相変わらず爽やかだ、と笑みが零れた。その時、ふわりと浮いた髪の間から見えた笑顔に、聖也は顔を赤らめ、それを隠すように背を向けた。


「…じゃぁ、また。気をつけて帰れよ?」


「うん。聖也くんも気をつけて」


智風も背を向けるとパタパタと足音を立て、慌てて靴箱に向かう。


聖也が現れ、心臓が破裂するかと思った。が、以外にも冷静に聖也に向き合えている自分が居た。ほんの少しだが、昔の自分に目を向ける事の出来る勇気を持てた。“たかが”かもしれないが、智風には“されど”。嬉しくて、嬉しくて。顔がゆるみっぱなしだ。


こっちに引っ越し、小学4年生から学校に通う事になるが、新しい学校でも友達が出来なかった。当たり前だが顔を隠したままでは皆、気持ち悪がって声を掛けて来なかった。友達が出来ないのは悲しかったが、今迄躰に受けていた暴力が無いだけで気持ちは楽で、中学校も母の名のお蔭で先生達からは優しくして貰えた。友達と楽しそうにしている人を見ると羨ましかったけど、多分、この街に来てから心は少しずつ軽くなっていたんだろう。そして、こんな自分に優しくしてくれ、居場所までも作ってくれた匠馬。彼の存在なくして、今の自分はいない。匠馬に会いたい。会って『ありがとう』を伝えたかった。


自転車を漕ぎ、慌ててアパートに戻る際、腹部、いや、もっと下に異変を感じた。生理が始まる予兆。アパートに戻るり慌ててトイレに駆け込むと、本当に生理が来た。前回始まったのが10月末だったはずなので、4ケ月も経ってない。これはどういう事なのか。パニックになりながらもひまわりにメールをすれば『そりゃ、匠馬とsexしとるからやろ』と返事が返って来て、顔が赤くなる。『女性ホルモンって凄い』の一言だ。


着替え終ると同時、玄関のチャイムが鳴った。玄関を開けると満面の笑みの匠馬。両手には沢山の食材が入った買い物袋をぶら下げていたが、そんな事お構いなしに匠馬に抱き付いた。


「タクマ、ありがとう!」


「わぷっ!ど、どうしたの!?」


「うふふ、あのね、あのね!今日ね、今日ね!」


「ちー、ちょっと荷物だけ置かせて!」


「あ!ごめん!」


慌てて離れると、匠馬は食卓に買い物袋を丁寧に置き


「はい、お待たせ。おいで」


ペットを呼ぶように腕を広げた。その腕の中に飛び込み、子どもみたく興奮しながら話し出す。


「あのね、今日ね、前の小学校で一緒だったね、えっと、幼稚園から一緒だったんだけど、こっちに引っ越して来る時だから、小学校3年生の時なんだけどね!」


「分かったから、ちょっと落ち着けるかな?」


「うん!」


「えっと、幼稚園から小学校3年生までって事でいいのかな?」


「うん!あのね、ずっと一緒だった河野聖也くんがうちの学校に編入して来てたの!でね、でね!今日、“久し振り”って声掛けられて!」


「へ、へぇ…」


「でね、友達になったの!…ん?前から友達?ん?まぁいいや!友達が増えたの!それとね!生理来ました!もう、これって匠馬のお蔭だよね!ありがとう!」


智風はちゅっと背伸びをして頬にキスをすると、隣の部屋に行き


『お父さん、お母さん。あたしには沢山の友達が出来ました。もう、あたしは1人じゃないから。心配しないで』


匠馬の気持ちなど知りもしないで、笑顔で両親の位牌に手を合わせたのであった。


“お友達”とやらに会った日は必ず報告もするし、話した内容も何くらい話していたのかも報告してくるので、匠馬は怒る事も出来なかった。その代り、うっ憤を晴らすかのように営業スマイルを使いまくり、金持ちのオバチャマ達にジュエリーを色々買わせる。匠馬の笑顔はいつも以上に整っており、怖いモノさえあった。そんな匠馬に一志が『ホスト』とあだ名を付けて遊んでいた事も気に留めなかった。







(おまけ)


生理は1週間で終わった。1ヶ月もダラダラと続いていたと思えない程だ。だが次の日、智風はやはり貧血でベッドから起き出す事が出来ずにいると、心配でたまらない匠馬はアレヤコレヤ、と世話を焼き「ボクが代われたらいいのに!」と抱き付き、結局、彼も学校を休むと言い張る。「1日寝てたら良くなるから」と言い聞かせ、どうにかこうにか学校に行かせたが、バイトを早めに切り上げ夕食を作りに帰って来たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る