第11話


「出来ましたー!鶏のたたきに鶏皮の味噌煮。厚揚げのキノコあんかけと貧血予防にひじきと豆の梅和え。それに今日は寒いからポトフで躰を暖めてね(ハート×3)デザートは抹茶のパウンドケーキと焼きプリン!勿論、ちーがいらないって言った小豆は抜いてるよ~!で、で、明日は何が食べたいですか〜?」


テーブルに所狭し、とばかりに並べられる料理。料理を作るのが苦手な智風はこんなスゴイ物を短時間でこんなに作る匠馬は凄い、と感嘆のため息を吐いた。すると、そのため息を違う意味で取らえた匠馬は慌てて駆け寄り


「ちーちゃーん!ごめんよーぅ!機嫌直してぇー!悪ふざけが過ぎました!本当に本当に反省しています!だから、帰るなんて言わないでぇ!!」


床に正座をして智風の腰にしがみ付き、許しを乞うております。


ーーー満面の笑みで『で、何が食べたい?』匠馬にしたらおどけて見せただけなのかもしれないが、智風にとっては蔑ろにされた様な気分だった。彼の躰を押し退けて脱がされたバスローブを羽織り、ふらつきながらベッドを降りると風呂場に向かいシャワーを浴びて着替えを済ませた。こんな時、どのような顔をしていいのか分からなかったが、『帰る』の一言で匠馬は顔面蒼白に。それからの匠馬は異様な速さで携帯を手に取り急いでタクシーを呼び、着替えを済ませるとチェックアウト。アパートに連れて帰ってくれるのかと思えば、何故か鮎川家へ。タクシーに乗っている間、智風をずっと抱き締めたまま『ごめん』を連呼。そして、匠馬はスーツ(ズボンは勿論皺だらけ)のまま食事を作り始めたのだった。


目が覚めてから何も口にせずにいた為、目の前に並べられた食事に智風は喉を鳴らしてしまう。


「本当はかき玉汁の方が合うんだけどね、って聞いてる?」


「いただきます」


匠馬の言葉が聞こえない様に静かに手を合わせると、抱き締められ頬ずされて食事が摂れない。


「もう、ご飯食べられない!」


「ちーが許してくれるまで離れない!反省してる!本当にごめんね?ね?」


怒られてもへこたれず、必死に謝る姿は大型犬が耳を垂らしてご主人のご機嫌をとっているようで、同級生なのに何だか、段々と可愛く見えて…笑いが出る。


「何が“ごめん”なの?」


笑いを噛み殺しながら昨晩言われた台詞を使ってやると、匠馬が額に手をやり“やられた”と言う顔をした。その顔に満足してしまい思わず笑ってしまう。


「仕方無いから、仲直り…1回分無しでチャラにしてあげます」


「…本当に?」


こくりと智風が頷けば、物凄く嬉しそうに微笑んだ匠馬は口を尖らせて“仲直りのチュウ”を求めてきた。ちゅっと可愛いリップ音をさせるキスをすると『もう1回』と。匠馬の顔を両手で包み、キスをする。


“匠馬の薄い唇は心地良くって困る”と智風は匠馬の薄い唇を見詰めていた。


匠馬も紅くぽってりとした智風の唇を見詰めていたが、待てを覚えた犬のようにぐっと我慢し、彼女から手を放して隣の椅子を引き寄せ、それに座る。


「ご飯食べよう。はい、あ〜ん」


ニヘラ~とだらしない顔をしながら、玉ねぎを鶏のたたきで挟み、口許まで運んで来た。


「ちょ、ちょっと!ひとりで食べられる!」


「ボクが食べさせたいの~」


格好良いのに、何故にこんなにもだらしない顔が出来るのやら、と不思議になってしまう。


「は~や~く〜」


「う〜…」


「食べないなら、口移しで食べさせちゃうよ?はい、あ〜ん(ハート×10)」


食べなければ箸を意地でも下ろしそうにない匠馬に根負けしてしまう。渋々口を開ければ処で後ろから呆れ声がし、智風は慌てて手で口を隠した。


「こんな莫迦面した匠馬初めて見たわ。いや、莫迦じゃないわね。阿呆か。つーか、何そのみっともない服装は…」


振り返った其処に、年齢が一回り程、上だろうか。綺麗な女性が呆気に取られた顔して立っていた。良く手入れされた漆黒の髪はシュシュで纏め右肩から流し、動きやすそうな1つボタンジャケットに甘めのシフォンのミニスカート。大きな瞳のこの女性にとても似合っている。


「あれ?もう帰って来たの?お帰り」


匠馬は恥ずかしがりもせずに


「早かったね」


と付け加える。匠馬の家族だ、と理解できると余計に恥ずかしく、智風は顔を赤くして慌てて立ち上がり


「あ、あの、はじめまして…。屋嘉比智風です…。お邪魔させて頂いてます…」


深々と頭を下げると、その女性はカバンやコートをその場に落とした。顔を上げれば、女性は近寄りそっと智風の顔を撫でる。


「屋嘉比って…もしかして、お母さん中学教師をやってなかった…?2年前くらいに、その…事故で……亡くなられた…」


今にも泣きそうな顔で尋ねられ、思わず目を見開いてしまった。‘’屋嘉比”は然う然うある苗字では無い。


「え…?あ、あたしが産まれる前まで中学の教師をしていたそうですが…、あの、母をご存じなのですか?」


「まさか、本当に…先生のお子さんなのね…」


ギュッと抱きしめられ智風はオロオロと視線を泳がせた。智風より10センチ程小さい女性は、消え去りそうな声で『会いたかった』と呟いた。


「ちょ、ちょっと母さん、何?智風のお母さん知ってるの?」


事態が飲み込めない匠馬は2人を引きはがし、“消毒”と言わんばかりに智風を抱きしめ直す。


「え!お、お母さん!?お姉さんじゃないんですか!?」


急に素っ頓狂な声を出した智風に、女性はプッと吹き出す。


「や〜ん!“お姉さん”は嬉しい!自己紹介が遅れました。その木偶の棒の母親の美弥子みやこです。それと、ちーちゃんのお母さんは私と一志かずしの恩師。あ、一志っていうのはこの木偶の棒の父親ね。ちーちゃんが生後半年くらいまでだけど何回か会ってるのよ、私達」


美弥子は目に溜まっていた涙を指で拭い、懐かしそうに微笑んだ。急な話について行けず、匠馬と智風はキョトンとした顔で美弥子を見詰めていた。


智風の母は彼女が産まれるまで、この街で中学教師をしていた。3年間、美弥子の担任をしていた智風の母。その前は匠馬の父・一志を3年間持っていたのだと。


「私達の卒業に合わせて先生は辞められたの。ちーちゃんが産まれて、自宅に帰ったから見せて貰いに行こうと思った日にね、匠馬を妊娠している事が解って。まだ16歳で親に話しする勇気が無くって先生に相談したら先生何て言ったと思う?いきなり計算しだして『うちの子と同級生じゃない?』って。絶対に怒られるって思ってたから驚いたのなんの。でもね、『16歳で産む辛さやどれだけリスクを負うか考えろ。産むにしろおろすにしろ、自分が決めた事をお腹の子に責任転嫁するな』って言ってちーちゃんを抱かせてくれたの。それまでかなり揺らいでた気持ちも迷いも無くなって“産みたい”って思えてね。『この子産んでなかったら多分反対してたんだと思うけど、愛してる人の子だもん。産みたいよね』抱き締めてくれた時は思わず泣いちゃった」


美弥子の苦労を見て来たから、匠馬はあの時『リスクを考えろ』と言ったのだ。その半年後に智風の父の転勤で引っ越す事になり、年明け美弥子は匠馬を出産。育児や高等学校卒業程度認定試験を受ける為の勉強で忙しくなり、自然に連絡も途絶えた。この街に戻って来ていた事を知ったのも、玉突き事故2ヶ月経ってからだったと。


暫く思い出話に花が咲かせながら食事を済ませた。智風も自分の親を知ってくれている人がいると思うと幸せな気持ちになれた。


「ーーーで?母さん。バイトの話は?」


食器を下げる匠馬の言葉に美弥子は『そうそう!』と慌ててカバンからパンフレットを取り出した。


「匠馬からバイトの話聞いてると思うけど、私の手伝いをお願いしたいの。いいかしら」


その言葉にまさか、と智風は驚く。ジュエリーショップを経営、と聞いたので、てっきり知人にでも聞いてくれたのかと思っていた。話を聞くとジュエリーショップは一志が父から引き継いだが、塾は美弥子の趣味で始めたとか。場所は先日行ったショッピングモールの一角。前のバイト先でそこの塾は人気があると聞いていたが、美弥子の塾とは。世間とは何と狭い。確か美人の講師がいるという噂を聞いた事があったが、それは美弥子の事だろう。笑った顔は幼いが、容姿端麗という言葉がまさに似合う人物だ。


「持ち帰ったテストの採点や試験前問題を作ったり、解答を作って欲しいの。行き帰りで何かあったら先生に顔向け出来ないから自宅でしてくれて構わないから。とりあえず期限内に済ませて匠馬に渡してくれたらいいし。それとね、バイト代だけど……」


パンフレットに書かれていくバイト代。特別待遇ではないのか、と驚いてしまう程の金額に目を剥いてしまった。前の塾のバイト代の2.5倍なのだ。『こんなに頂けません!』と断ったが、『量が多いから』と頑として向こうも譲らない。片付けを済ませコーヒーを運んで来た匠馬からも『我が儘聞いてやって』と苦笑いされ、結局、智風が折れる事で話が着いた。


そこで戸が開き、匠馬をそのまま年を取らせた感じの顎鬚がとても渋く、素敵な男性が入って来た。『誰?』と聞かなくても分かる。匠馬の父親だ。挨拶をしようと智風が立ち上がると、一志は美弥子と同様の反応を見せた。その後は『これは神様の巡り合わせか合縁奇縁か。もう、娘決定!』と美弥子と欣喜雀躍し始めたのだった。予想はしていたが『時間も遅いから泊まっていきなさい』と。(そのまま年明け、新学期が始まるまで泊まる羽目になるとは予想外だったが…)


その後、智風には理解できない事ばかりの鮎川家に、言葉が出ない事がしばしばだった。『お父さん・お母さんって呼んで』とか『もういっその事一緒に暮らそう』と一家で言い出し、匠馬の部屋に智風用の箪笥を買ってくる始末。そして美弥子は毎日の如く外商を呼び、服(下着も含む)を買い、一志はその服を着た智風を写真に収める。カメラを構える一志の姿を見て“たまちゃんのお父さんみたい”と心の中で思っていたのは内緒だが。


匠馬は美弥子が智風と一緒に寝ると言い出したのが余程悔しいかったのか、台所に立っている間は智風を味見係で側に置き、彼女が側を離れる際は断りを入れて行かないと不貞腐れた。また、智風が風呂に入れば脱衣所でずっと待機。髪を洗えばドライヤーで丁寧に乾かしてくれるし、その後はネイルケア・マッサージと何でもしてくれる。


幼い頃に寂れたふれあいランド的な処にしか行った事がないと言うと、水族館に遊園地に、と連れて行ってくれた。猫可愛がりの家族に困惑していたが、匠馬の口から8年前に美弥子が子宮筋腫が出来た事、そして再発を恐れ子宮を全摘している事を聞いた。詳しい事を聞くのは避けたが、2人がとても女の子を欲しがっていたと。


「娘が出来たみたいで嬉しいんだよ」


匠馬は少しだけ困った顔をしていた。2人にしてみれば、恩師の娘。そして欲しかった娘が出来た様なモノなのだろうか。匠馬がこんなに良くしてくれるのも両親の為だったり、兄妹みたく思ってくれているのかもしれない。家族も居ない智風にとって自分を必要として貰える事が嬉しくて仕方がなかった。


“必要とされている間だけでも、この空間にお邪魔させて貰おう”


そう割り切って、この家族に甘える事にした。が…。薄々感じていたが、やはり金持ちな家だと実感させられる。無頓着な智風にも分かるほど食材だって良質なものばかりだし、食器からタオルから何から何までブランド品。冷蔵庫など一般家庭には置かない大型で、多分レストランとかに置く冷蔵庫を改造したに違いない。1つ1つの物の値段が、0数が多いに決まっている。


今迄、気にも留めずに使っていた物が急に恐ろしくなってしまうのだった。

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