第9話 手術予定

 沙耶香と別れてから2時間後、栄一郎は外科病棟のスタッフステーションで、電子カルテに向かい、通常業務をこなしていた。きりのいいところで、栄一郎はスタッフステーションの壁掛け時計を見た。


 15時...あと5時間弱か...


 栄一郎は焦っていた、沙耶香と別れてから、山本が忙しくて会えていないこともあり、沙耶香の治療方針がどうなったのか全くわからないのだ。


「お疲れ」


 そんな言葉とともに栄一郎の隣に、同期の橋本が座った。


「お前の彼女、結局手術することになったみたいだな」


「本当か?」


 意外な人物から求めていた情報がもたらされ、栄一郎は驚いて問い返した。


「手術が決まったものの、急だからな。手が空いている俺が術前回診に回されたんだ」


「そうか...」


 栄一郎は手術が確定したことに安堵した。


「おかげで、こっちはバタバタだよ。お前の指導医と俺の指導医がいつ手術やるかで揉めてさ。結局、明日の午前にやることになったんだけど」


「え...今なんて?」


 栄一郎は耳を疑って、聞き返した。


「いや、だから、明日の午前手術だって」


「明日の午前...」


 栄一郎は愕然とした。沙耶香の死神のカウンターが0になるのは、おそらく今日の19:25頃だ。明日の午前では間に合わない。


「えーっと、あとは心電図...」


 愕然とする栄一郎をよそに、橋本は術前回診の手順を進めていた。


「すみません、一条沙耶香さんの心電図の原本、どこにありますか?」


 橋本は立ち上がり、近くにいた看護師に声をかけ、そのまま去っていった。


 くそ、よく考えれば当たり前だ。元々一条は保存的治療で改善傾向だった。いくら本人が希望しても、急性腹症じゃないんだから、今日の今日手術なんてありえない。どうする?どうすればいい?何か、手術を今日に早めてもらうなんて方法は...


「間!!」


 ふいに大声とともに栄一郎は後襟を掴まれた。山本であった。


「お前、何やった!?」


 山本は怒っているというよりも焦っている様子だった。


「え、何のことですか?」


 栄一郎は突然のことでわけが分からなかった。


「とりあえず来い!!」


 山本は栄一郎の後襟を掴んだまま、栄一郎を引きずるように歩き始めた。


「来いって、どこに?」


 山本に引っぱられ、栄一郎は足がもつれそうになりながらそう聞いた。山本は大声で答えた。


「教授室だ!!」

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