第44話 光の泡と共に消滅する人魚

はなて、堅牢剣けんろうけん!!」

発声と共に堅牢剣の刃が眩く輝いた。しかし、その目を覆うほどの光は、一瞬のうちにフッと消え、次の瞬間には遥前方の悪鬼は一刀両断されていた。あまりの出来事に、その場にいたほとんどの人には何が起こったのか理解ができなかった。しかし、御月には見えていた。真一は、堅牢剣のエネルギーを解放して直進し、その勢いのまま悪鬼を斬り伏せたのである。その戦い方自体は、他の仲間たちもよく知った戦術であった。だが、そのスピードも威力も今までの比ではなかったため、みなそれが認識できなかったのだ。

両断された悪鬼は見る見る崩れ落ちて行くが、これで終わりではない。あの悪鬼は分裂復活できるのだ。このままでは、また同じことの繰り返しになってしまう。悪鬼は周囲に魔力を集め、無数の分裂体を形成しようとする。

「させないっ!!」

真一は再び堅牢剣のエネルギーを解放して、すれ違いざまに悪鬼を斬り付けた。悪鬼は高速移動する真一と共に空高くに打ち上げられる。空を飛ぶすべを持たない真一にとって、空中は本来不利な場所である。しかし今は自由に飛び回る必要などない。堅牢剣のエネルギーが続く限り、何度も同じことを繰り返し、相手の再生力よりも多くのダメージを与えればいいのだ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

真一は、悪鬼めがけて何度も直進しては斬りかかる。それはまるで斬撃の結界。悪鬼は空中でその場を動くことなく、周囲を飛び回る真一によって延々と斬られ続ける。その攻撃は、堅牢剣のエネルギーが尽きるまで決して終わることはないのだ。悪鬼の翼からは黄金の羽が舞い散り、切り離されて体は次々と消滅していく。悪鬼の体はみるみる小さくなり、最後に崩れた体の中からは、出会った頃に見た人魚の姿が現れた。その顔に表情はなく、痛みも苦しみも感じていないといった様子だった。しかし、その目は真っ直ぐに真一を見つめていた。悪鬼は目の前から迫ってくる真一に向けて、その手を伸ばす。真一は構わず堅牢剣を振り下ろす。悪鬼の手は、刃に触れた側から光の泡になって消滅していく。泡は止めどなく溢れ出し、やがて真一の周囲を取り囲んだ。真一は悪鬼の最後の攻撃かとも思ったが、すぐにそうではないことに気がついた。この泡は、悪鬼が今までに食らってきた心そのものだった。泡に映って見えてきたのは、人々の深い孤独、そして輝くような希望だった。その中には、有栖川ありすがわのものも含まれていた。悪鬼は、有栖川を直接喰らうことはできなかったが、ずっと森の中で彼女の心を感じていたのだ。それが次第に悪鬼自身にも影響を及ぼし、有栖川そっくりな見た目になったのだろう。光の泡を通して見える有栖川の心はとても強く、そして美しかった。辛い孤独の中でも自分を磨き、歌への夢や希望を捨てずにいた。


やがて光の泡は宙に消え、それと共に悪鬼の体も溶けていく。真一の周囲の泡が全て消えたとき、彼の視界は晴れ、遠くに自分を支えてくれた仲間たちの姿が見えた。その中には有栖川の姿もあった。遠くてよく見えなかったが、きっと彼女はもう孤独に押し潰されるそうな、悲しい顔をしてはいないだろう。元々持っていた夢や希望を育てて、真っ直ぐに生きていけるだろう。真一は、そう思った。

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