第40話 有栖川とミノリ、そして真一

彼女は特別だった。

天性の歌の才能、表現力、そして美しい容姿を持つ少女、有栖川ありすがわ麗華れいか

彼女が自分の力に気づいたのは、まだ大空学園に入学する前のこと。街中で聴いた歌を一瞬にしてコピーし、自分のものとして歌いあげた時からだ。その時、周りの景色も、音も、風などの自然現象も、その全てが彼女の歌を演出するようにかのように働いた。その光景には道行く誰もが魅了され、一瞬にして街は彼女の舞台と化した。ただの歌唱力だけではない、彼女の持つ神秘の力の片鱗が目覚めた瞬間だった。彼女が歌い終わった時、万雷の喝采が彼女を包んだ。有栖川は若干困惑していたが、それを見た両親や周りの友達は喜んでくれた。

「レイカちゃんすごい!」

「将来は歌手になれるよ!」

みんなの言葉を聞いて、有栖川は笑った。

自分が歌えば、みんなが笑顔になる。そのことが嬉しいと共に、とても誇らしかった。


しかし、それも長くは続かなかった。

「ねぇ、もう有栖川だけで良くない?」

小学校での合唱練習中の出来事だった。

「だって俺らの歌、全部あいつに隠れちゃうし、それにあいつ一人の方が全然上手じゃん」

クラスの男子が放った言葉は、有栖川の心に棘を刺した。

周りを見ると、クラスメイトたちは皆有栖川から目を背け、暗い表情で顔を伏せていた。仲の良かった数人の女子が男子を諌めることはあったが、誰一人として彼の言葉を否定する人はいなかった。

先生の迅速な対応もあり、その場はそれ以上混乱せずに済んだが、有栖川の心に刺さった棘は抜けることはなかった。むしろ時間が経つと共に棘は深く突き刺さり、心を締め付けた。

自分の歌が、他の誰かの歌を否定した。男子児童の言葉は、有栖川にそう感じさせたのだ。


それから、有栖川は合唱練習で歌えなくなった。表情は暗くなり、心を閉ざし始め、孤立を深めた。

そのことを見かねた両親は、彼女を転校させ、大空学園に入学させた。子どもの才能を伸ばすことに特化した学校なら、彼女も自分の能力ゆえに孤立することもないと考えたからだ。

両親の思った通り、大空学園で彼女は自分の能力をどんどん伸ばし、芸能界も注目するほどの歌唱力を身につけた。しかしそれでも、彼女は合唱をしようとは思わなかった。

もう、誰かの歌を否定したくはなかったし、それに、合唱することが怖かったのだ。

合唱は嫌い、独唱は大好き。それでいい、それでいいんだ。有栖川はそう思い込もうとしていた。

そんなある日。


「あなたが有栖川麗華ちゃん?」

いつも通り、一人で歌の練習をしているときに話しかけてきた、自分より少し年上の少女。

「私、天川あまかわ御祈みのり。ねぇ、よければ一緒に演奏しない?」

驚いた。今まで、誰も自分と一緒に演奏しようとなど言ってくる人がいなかったからだ。ピアノの伴奏でさえ、申し出る人はいなかった。それを初見でやろうと言い出すなんて・・・。自分の歌は聞こえていたはず、それに、手に持っているのはフルートだろうか?フルートと声楽の組み合わせなんて聞いたことがない、それをやろうなんて、正気だろうか?

困惑した有栖川であったが、しばらく考えたのちに、首を縦に振って頷いた。


ミノリのフルートと、有栖川の歌。常識はずれの組み合わせではあったが、二人の演奏はピッタリとハマっていた。ミノリの演奏のレベルも相当に高かったが、それ以上に、有栖川の良さを引き出し、支える演奏であったからだ。有栖川は衝撃を受けた。誰かと一緒に音楽を奏るというのは、これほどまでに楽しく、面白いものなのだと知った。

自分もいつか、いつか仲間たちと一緒に、歌を奏でたい。そう、強く思った。



「アリスちゃん?大丈夫?」

ミノリの声を聞いて、有栖川はハッとする。

「大丈夫?ぼーっとしてたみたいだけど・・・」

「ううん、大丈夫。ただ、ちょっと疲れたみたい」

「ごめんね、大変だったよね。でも、もうこれで終わりだから」

これで終わり、その言葉を聞いて、有栖川は辺りを見回した。

各々に勝利の喜びを語り合うSOLAの隊員たち。辛い戦いだったはず、傷も負ったはず、それなのに笑顔で語り合っている様子を有栖川はどこか俯瞰しながら眺めていた。

その中には、真一の姿もあった。

彼もまた、みんなの輪の中にいて、共に語り合っている。ふと、大空学園での彼の出会いに思いを馳せる。


『仲間と一緒に敵を倒すって所が好きなんだよ』

それが真一の夢だった。私はその時、もう夢は叶ってると言った。

本当にその通りだ。真一、あなたはもう夢を叶えている。

すごいな。

私には、何となく分かる。真一はとても優秀で、才能豊かで、とても綺麗。

初対面では私を何となく避けていたみたいだけど、私は逆。勝手にあなたに親近感を感じていた。

ミノリお姉ちゃん以上に、私はあなたに惹かれていたの。

戦場だって分かっててこんな所に来たのも、あなたが仲間と一緒に戦っている姿を少しでも見たかったからなの。

ねぇ真一。どうやってこんなに素晴らしい仲間に出会えたの?何があなたを救ったの?どうやったらそれが手に入るの?

私は・・・・私も仲間が欲しいのに!!!


ビィィィィィィィィィィ!!

ビィィィィィィィィィィ!!


真一たちの端末に、緊急通信のベルが鳴る。

端末を開くと、本部にいる鉄也てつやたちと通信がつながった。

『お前たち!喜ぶのはまだ早い!!』

「鉄也さん?一体何があったんだ!?」

『お前たちが今いる場所から南方200m地点にとてつもない魔力反応を検知した!戦いはまだ終わっていない!』

「何だって!?」

通信は晶子あきこに切り替わり、状況を説明する。

『こちらも今まで全く感知できていませんでした。ですが、突如として現れたんです。先ほどまでの分裂体はおそらく揺動。本体復活までの時間稼ぎだったんです!』

『分裂体のバラバラな魔力反応に隠れていた上に本体修復のために隠れていたんだ。まずい!魔力量さらに増大!来るぞ!』


森の中に巨大な光の柱が現れた。

夜の闇が、ぱぁっと明るくなり、真一たちは思わず目を覆う。やがてその光が収まった時、柱はその正体を表す。

柱に見えたそれは、巨大な翼。まるで大切なものを守るかのように幾重にも重なった金の翼。それが一枚ずつ広げられ、中から悪鬼本体が姿を表す。

六枚の翼を持つ天使のような姿の悪鬼。進化した悪鬼の姿からは、今までの凶暴さは感じられない。降臨した聖母のようにただ圧倒的に美しく、見るもの全てを魅了した。


ただ一人、有栖川を除いて。

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