第37話 魂楽独奏【響】

雅輝たちが戦っていた戦場から場所は離れ、ここは金に輝く森の中心。ミノリと有栖川が演奏する湖のほとり。

『まずいな・・・』

ミノリは少し焦っていた。

悪鬼は、心の力が強い者のところに集まる。先ほどの戦いでほとんどの悪鬼は雅輝たちの元に集まったが、それは全てではない。ミノリたちの近くにいた悪鬼は、やはり森全体を支配すほどの強力な魔力を放つミノリたちの元に集まってくるのだ。今、ミノリの目の前にいる悪鬼は一体。以前に戦った時は、そのたった一体相手にも歯が立たなかった。同じように戦っては今回も勝ち目はない。さらに、今回はそれだけではない。隣にいる有栖川を守りつつ、悪鬼の合唱攻撃を防いでいる【かなで】の魔力を解かずに戦う必要がある。さあ、どうするか・・・。ミノリに額に汗が滲む。

ミノリが迷っている間にも、悪鬼はジリジリと距離を詰める。その赤い瞳は、完全にミノリたち2人を捉えている。悪鬼が少しかがんだと思った次の瞬間、それは地面を蹴って猛スピードで突進してきた。

もう迷っている暇はない。ミノリは魔力の塊を息と共に魂結びの笛に吹き込み、同時に高速で指を運ぶ。

魂楽独奏こんがくどくそうひびき】!』

ミノリは技を放つと同時に、有栖川を抱えて悪鬼の攻撃を間一髪でかわす。有栖川に飛びつくような形で攻撃を避けたため、勢いそのままに地面に転がる。ミノリは手足を擦りむき、泥にまみれる。それでも悪鬼を捉えて離さない彼女の視線の端に、微かに切り裂かれた彼女の黒い髪が、ヒラヒラと宙を舞い、地面に落ちる。

「危なかった・・・大丈夫?アリスちゃん?」

ミノリは、目線だけを有栖川に向ける。有栖川はこんな状況でも歌い続け、笑顔でミノリを見つめて頷いた。

「そうか、よかった」

ミノリは安心したように笑い、視線を再び悪鬼へと向ける。

今、有栖川を守るために演奏を中断したミノリだが、それでも【奏】の魔力は持続している。先ほどの技、魂楽独奏【響】は、音を残響させる奏法だ。それによってミノリは、自身で演奏をしなくとも曲の効果を発動することができる。しかし、それの効果は十数秒しか続かず、魔力も余計に消費する。その後はまた自身で曲を奏でるしかなく、連発できるものではない。

どうする?ミノリは考えた。【はつ】では倒しきれない。だからと言って、自分にそれ以外の攻撃手段はない。そうなると・・・。ミノリが策を練っている間にも、【響】は次第に効果を失っていき、悪鬼は体勢を立て直し、再び迫ってくる。もう、魔力を温存している場合ではない。

『魂楽独奏【ひびきかなで】!』

ミノリは再び、【奏】の効果を持続させる。しかし、今度はそれでは終わらない。

ミノリは決意を込めて、さらに曲を奏でる。

『魂楽独奏【ひびきはつ】!』

短時間に何度も曲を重ねがける。効果は絶大だが、その分彼女にかかる負担は尋常ではない。身体的なダメージはないが、精神力を削られていく。胸を締め付けるような息苦しさと、激しい動悸、足は震えて立っているのもやっとだ。

だが、これで終わりではない。ただの【發】では、悪鬼を倒しきれないことは先ほどの戦いでわかっていた。ミノリは渾身の力を振り絞り、さらに曲を奏でる。

『魂楽多重奏・・・【はらい!】』

音のエネルギーを凝縮させた【發】の魔力を、攻撃強化用の曲【祓】で強化する。

高低様々な音によって和音を奏でた【發】の魔力は、それに呼応するように音を膨張させ、さらに巨大な一つの音となって共鳴した。


キィィィィィィィ・・・・


高音を放つ巨大な音の塊は、ビリビリと空気を震わせ、凄まじい圧力を周りに放つ。その真下にいるミノリは、重圧に耐えつつ必死にその音を支えている。【響】の持続時間的にも、ミノリの体力的にも、同じ技をもう一度繰り出すのは不可能。この一撃を何が何でも決める必要がある。

ミノリは悪鬼に狙いを定め、凄まじい速度でそれを放たった。

悪鬼は、音の直線的な軌道など見極められる。それが巨大な音であろうと、躱すことなど造作もない。

そんなことは、ミノリも先ほどの戦いで理解していた。だから、

もう、躱させない。

ミノリは、巨大な音の塊を無数の音の弾に分裂させた。宙を覆う程に拡散した音の弾丸は、悪鬼の逃げ場を完全い塞ぎ、全方位から悪鬼を取り囲んだ。そしてそのまま、一気に全弾丸を悪鬼に向けて放った。

それはまるで降り止まない音の雨、全てを貫く剣の弾丸。研ぎ澄まされた鋭い音の塊が、轟音と共に悪鬼を撃ち抜き、その体を塵のように消滅させた。

「はぁ・・・はぁ・・・・」

心も体もすり減らし、やっとの思いで悪鬼を一体撃破した。しかし、ミノリはそのために魔力を使いすぎてしまった。

もはや【奏】を維持することもできない。また、先ほどの魔力を感知してミノリの元に悪鬼が集まってきてしまった。その数は一体二体とどんどん増えていく。

もうここまでか、ミノリが諦めかけたその時。

空を裂く音と共に、一振りの剣が悪鬼の頭部に突き刺さった。悪鬼はうめき声を上げることもなく瞬時に消滅し、後にはその異様な刀身を持った剣だけが残った。

「今度は倒せたようだな、ミノリ!」

その声に、ミノリは聞き覚えがあり、声の方を振り返った。

「来てくれたの!?レーナさん!」

「よお!」

ミノリが視線を送った先、森の木々より少し上の空には、極彩色の衣服を身に纏っ宙に浮く2人の女性の姿があった。レーナと、ノビーである。

「前みたいに悪鬼にやられるようなら、見捨てていた所だ」

「ヤッホー!ミノリちゃん久しぶりー!」

「2人とも、どうしてここに!?」

ミノリが自分たちの存在に気づいたことを確認した2人は、ミノリの隣に瞬間移動した。

「なーに、ちょっとお前の仲間に興味が湧いてな、そのついでだ」

レーナは、ミノリたちの様子を見た。そして、彼女たちの前に立ち、背中を向けたまま言葉を続ける。

「ここからは私たちに任せて休んでろ。これくらい、私たちだけで何とかなる」

「でも!私がいないと合唱攻撃が!」

悪鬼の攻撃を気にしていたミノリはレーナを心配する。しかし、レーナはそれを聞いて豪快に笑う。

「はっはっは!合唱がなんだ!私たちには何の効果もない!全てねじ伏せるだけだ」

「でも!」

ミノリが止めようと思い身を乗り出すが、ノビーがそれを制止する。

「しー!放っておこう。ああなったレーナは頼りになるよ。それに、ミノリちゃんとアリスちゃんは疲れてるんだから休まないと」

そう言ってノビーは、自分とミノリ、有栖川の3人の周りに結界を張った。すると、彼女たちの傷はみるみると治癒され、心も穏やかになり、魔力も漲ってくる。

3人が安全な結界に入ったことを確認したレーナは、地面に落ちていた自身の剣に向けて手をかざした。すると、剣がひとりでに浮遊し、回転しながらレーナの手元に高速で戻ってきた。レーナはそれをパシっと受け止め、再び悪鬼に切っ先を向ける。

ミノリと有栖川の魔力が解けた暗い森の中、レーナの放つ異様なエネルギーは、直接目で見える紫色のオーラとなり、彼女を覆った。そのオーラに煌めく刃を掲げ、レーナは悪鬼を睨みつける。

「さぁ、どこからでもかかってこいよ。八つ裂きにしてやる」

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