第33話 孤独な狙撃手
『真一っ!待って!』
ミノリに呼び止められ、真一はその場で立ち止まる。
本当は今すぐにでもミノリの元へ向かいたちと言うのに。はやる気持ちを抑えて、真一はミノリの指示に従った。しかし、やはり抑えきれないとばかりに、その足は常にソワソワと足踏みしていた。
「どうした?ミノリ」
『うん。私の所よりも、雅輝の所に行ってほしいの』
「雅輝の?・・・何かあったのか!?」
『今は大丈夫、でもここままじゃ危ないかも。急いで向かってあげて!さっきの真一みたいに、雅輝も悪鬼に囲まれてる。私の周りはまだ悪鬼はいないから、しばらくは大丈夫!』
「分かった、すぐに行く!」
『お願い!場所はちょっと遠くだけど、助けてあげて!』
「了解!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
雅輝の武器である魔弓は、狙撃などの遠距離戦では無類の強さを誇る。それは雅輝の超精密射撃とそれによって放たれる矢の威力によるものである。しかし、連射のできない弓で、大量の素早い的を狙うのは、いかに雅輝といえど困難を極めた。
「流石に・・・数が多すぎますね」
雅輝はすでに眼鏡をしていなかった。
追い詰められた状況で外したのか、戦闘中に外れてしまったのかは定かではない。しかしいずれにせよ、雅輝はその脳の力を解放した状態にいる。雅輝はその視覚情報から悪鬼の動きを完全に予測し、その聴覚情報から見えない位置にいる悪鬼の場所を特定した。そのため、雅輝が矢を撃ち損じることはなく、一体ずつ確実に仕留めてはいた。しかし、それにも限界が来た。無尽蔵に湧いてくる悪鬼に取り囲まれ、距離を詰められ、次第に狙いを定める余裕もなくなった。最終的には直接手で矢を刺したり弓で殴ったりする始末である。
「うぐっ!」
急な目眩と吐き気が雅輝を襲う。雅輝の脳は、その力に長くは耐えられない。いかにミノリの能力で思考を共有し、負担を減らしているとしても、それは変わらない。雅輝はフラフラとした足取りで、何とか悪鬼に矢を当てる。しかし、限界を超えて活性化した脳の影響で、もう視界は灰色になり、痛みもほとんど感じなくなっていた。脳がその機能のほとんどを思考に回し、他の機能を制限し始めたのだ。こうなってしまっては、これから先、自分がどうなるのかなど簡単に予想ができた。
答えは死
徐々に追い詰められて行って、最終的には殺されてしまう。
「全く、困った脳ですね・・・希望的観測さえさせてくれないなんて・・・・」
雅輝は自虐めいた笑みを浮かべた。
それでも雅輝は、心までは殺さずに懸命に戦った。例え最後が決まってたとしても、諦めたくはなかったのだ。
まだ足は動く。
悪鬼の攻撃を必死で
続いて迫り来る2体の悪鬼を弓で殴り飛ばし、倒れた所にすかさず矢を放つ。
突如背後に現れた悪鬼には、魔力を込めた後ろ蹴りをぶつけた。
しかし、その後、背後に迫っている数体の悪鬼に対しては、もう反撃が間に合いそうにない。
攻撃が来ることは最初から分かっていた。直接見ずとも、予測ができる。
それでも、対抗手段が何もないのだ。
「ここまで、ですか・・・」
雅輝はそのまま振り返りもせず、覚悟を決めたように静かに目を瞑った。
が、次の瞬間。
ドガァァァァァァァァ!!
轟音と共に、雅輝を襲うはずだった悪鬼は吹き飛ばされた。
雅輝は驚いて、後を振り返った。
「はぁ・・・はぁ・・・」
そこにいたのは、大智だった。舞い上がる土埃の中、自身も血まみれになりながらも、ボロボロの遊浮王に乗って駆けつけて来たのだ。
「大智・・・さん?」
「雅にぃ!!!」
大智は鋭い目で雅輝を睨みつける。涙を流し、歯を食いしばり、ハンドルを握る拳にもあらん限りの力が込められていた。
「雅にぃ、また勝手に諦めただろ!勝手にメガネ外して、勝手に脳を使いまくって、勝手に無茶して!こっちが何度呼びかけても反応ないし。せめてピンチなら助けくらい呼べよバカァ!!」
大智のあまりの剣幕に、雅輝は後ずさる。
「す・・・スミマセン」
「ホンット!一人になりたがるのは悪い癖だよ。ミノちゃんの知らせがなかったらどうなってたか分かんないよ!」
そう言いながら、大智は悪鬼を数体殴り飛ばしていた。雅輝は、ミノリからの通信に気づいていなかった。それほどまでに追い詰められていたのだ。
「スミマセン・・・・狙撃手は孤独なものなんですよ」
雅輝は微笑んだ。今度のそれは、先程のような自虐めいた物でなない。
「冗談が言えるようになったね!」
大智は雅輝の前に移動し、彼を正面から見つめた。実際はかなりの身長差がある二人だが、大智は遊浮王に乗っているため、今は視線が合っている。
「元気になったなら、ほら、これ」
大地は、遊浮王の内部に収納されていた物を雅輝に渡した。
「これは・・・私の予備の眼鏡ですか?」
「そう。ミノちゃんに言われて、たくさん用意してきたよ。俺が来たからには、もう脳を休めてもいいでしょ?」
大智も、悪鬼の群れとの戦闘で疲れ切っているはずである。それにも関わらず、仲間の心配をして、笑顔で元気づけようとしている。ずっと弟のように思ってきた大智が、随分と逞しくなったものだ。雅輝はそう思った。
雅輝は眼鏡を受け取り、それをかけた。
「ええ、大智さんがいるなら安心ですね!」
「えへへ、真にぃが来る前は、ずっと俺たち二人がこのチームの戦闘担当だったもんね」
「そうでしたね」
「その真にぃも、もうすぐ来るはずだよ。・・・でも!」
「えぇ。真一くんに負けていられません。二人でやっちゃいましょう!」
二人は武器を構え、悪鬼の群れに立ち向かって行った。
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