第30話 開演

「ミノリお姉ちゃん。久しぶりだね」

 黄金に輝く森の中心で、有栖川は微笑んだ。それはとても優しく、愛に満ちた笑顔だった。その表情は決して戦場の最中に放り込まれた少女のような、怯え切ったものではなかった。


「アリスちゃん、どうしてここに?」

「私ね、みんなの夢を応援したいって思ってるの」

ミノリの問いに有栖川は答えない。

ただ真っ直ぐにミノリを見つめて、近づいて来る。

「ここは戦場なんだよ?」

「ミノリお姉ちゃんや、真一の夢が終わっちゃいそうだったから、ここに来たんだ」

ミノリに構わず、有栖川は語り続ける。

「事情は何となく分かっちゃった。あのモンスター、私を狙ってるんでしょ?お姉ちゃんたちは私を守ためにモンスターと戦ってるんだね。ありがとう、どれだけ感謝してもしきれないよ」

「そこまで分かってて何で!ここに来るのは・・・」

危険だよ!ミノリがそう言おうと思ったが、有栖川はさらに言葉を続ける


「私ね、私にできることをしたいんだ」


 不意に強い風が吹き、ミノリは思わず顔を覆う。次第に風は弱くなり、ミノリが顔を上げると、目の前に有栖川が立っていた。

「私、実は不思議な力を持ってるの。それはきっと、みんなの役に立てると思うんだ」


 知っていた。

 有栖川が普通の少女ではないことは知っていた。才能溢れる少女であるという意味ではない。もっと特別な、神秘的な力があることをミノリは知っていたのだ。彼女の言動や行動が周りの自然に影響を及ぼすことは何度もあった。

彼女が笑えば雲の隙間から日が差し、彼女が歌えば雨音さえ音楽になる。

彼女は天に選ばれた存在なのだと確信した。

その彼女が、その力を戦いのために使うと言った。


「お姉ちゃん。いつかの約束、覚えてる?一緒に演奏会を開こうって」

もちろん覚えている。忘れるはずがない。しかしそれは今じゃない。悪鬼を打ち倒し、もう彼女が狙われる心配がなくなってからだ。彼女のその素晴らしい能力を戦いに使わせたくはなかった。彼女が本当にやりたいことに、歌に使うべきだ。

有栖川の歌は聞きたい。一緒に演奏会をしたい。でもそれは今じゃないのだ。


「それが今なんだよ」

 有栖川は真剣な表情でミノリを見つめた。真っ直ぐに、その瞳を。

笑顔はない、冗談はない、嘘も偽りも何もない、彼女の本心が籠った表情だ。本気で自らの力を使い、悪鬼と戦うつもりなのだ。ミノリは有栖川を見て、ほんの一瞬、とても悲しそうな憤りを感じる表情をした。目を固く閉じ、俯き、有栖川から目を逸らす。しかし次の瞬間、大きく息を吸うとともに目をカッと見開き、真っ直ぐに有栖川を見つめ返した。


「分かったよ、アリスちゃん!一緒に戦おう!」

「うん!最高の演奏会にしようね!歌を武器に使うのなんて、ちょっと許せなかったんだ!」

 二人は演奏の構え取り、意識を集中させる。お互いの呼吸を読み合い、お互いの目を見て合図を出し合う。やがて二人の集中が最大に高まった時、流れるように自然に、演奏会は始まった。

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