第28話 孤独な戦い

 【はつ】の魔力は、音のエネルギーを凝縮して放つ技である。

 彼女の扱える数少ない攻撃技の中で最も使い勝手のいい技だ。


 ミノリは低音から高音まで一気に駆け上るように奏でると、瞬時に【發】の魔力を形成し、ボール状にして悪鬼に向かって投げつけた。高速で飛んでいった魔力であったが、悪鬼にはそんな直線的な攻撃は簡単に避けられてしまう。悪鬼は最低限の動きで紙一重で攻撃をかわすと、ミノリに向けて走り出した。しかし、


 ミノリが跳ねるようなアクセントの効いた音を奏でた次の瞬間。


 ミノリの攻撃は悪鬼の背後に命中していた。悪鬼はミシミシと軋む音と共に吹き飛ばされ、木の幹に激突し、崩れ落ちた。攻撃を成功させたミノリだが、その表情に安堵の色はない。額に一筋の汗が伝い、瞳は険しい表情のまま、口は笛に添えられたままで戦闘態勢を解いてはいなかった。

 先程ミノリは、自身の技に命令を出し操ったのだ。音で技に命令を出し、悪鬼がかわした後に後ろから悪鬼に向かって飛ぶように方向転換をさせたのだ。何とか危機を脱したが、それでもミノリの戦いは危機一髪であった。悪鬼がミノリの予想もしないような動きをしたら、ミノリが反応できない速度で動いたら、簡単にやられていたのだ。


 【發】の魔力は強力ではあるが、持続力はない。一度何かにぶつかるか、十数秒たてば消滅してしまう。技の性質はおそらく敵に知られてしまったため、もう一度同じように命中させることはできない。だからミノリは何としても一撃で倒さなければいけなかった。できればもう立ち上がらないでほしい。それでも、もしも悪鬼が立ち上がるようならもう一度、今度はもっと力を込めた【發】を放とう。そして立ち上がる前に確実に倒すんだ。そう考え、ミノリは倒れた悪鬼を見つめていた。近づきすぎるわけにはいかない。接近戦はあちらが有利、しかし、確実に仕留めるためには距離を取りすぎてはいけない。ミノリは自身の間合いギリギリの距離から、慎重に様子をうかがった。そして、悪鬼の指がピクリと動いたその僅かな動作を見逃さなかった。


 ここで倒す!ミノリは瞬時に曲を奏で、悪鬼に攻撃した。しかし。


 Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!


 ほぼ同時に悪鬼の歌が放たれた。轟音を響かせ、二つの力が衝突する。

 以前、ミノリの音は悪鬼の歌に打ち負かれてしまったが、今回は違う。魂楽独奏は相手を倒すという明確な意思を持った攻撃的な音だ。その雑音を払い除ける鋭い音で、ミノリの曲は悪鬼の歌を相殺された。しかし、衝撃波によってミノリは体勢を崩されてしまった。吹き飛ばされ、よろめき、後ろに倒れそうになる。すると、背後にとてつもなく冷たい殺気を感じた。

 弾かれたように後ろを振り向くと、恐ろしい表情の悪鬼がすでに目の前まで迫っていた。やはり驚異的なスピードだ。悪鬼は鋭い爪を煌めかせ、ミノリの胸に突き立てようと振りかぶっていた。


 体勢を崩された今では回避することはできない。防御の手段は多くはなく、あれこれ考える余裕もない。咄嗟に、先程放った魔力の残りを笛に纏わせ、攻撃を受け止めた。細い笛で、細い爪を間一髪で何とか受け止めることができたのだ。しかし、力で劣るミノリはその攻撃を長く受け止めることはできない。魔力が消える前に払い飛ばすことに成功したが、反動でミノリも共に弾かれてしまった。

 吹き飛ばされたミノリは受け身を取れず、地面に何度も叩きつけられ、木の幹に背中を打ち付けられることで何とか静止した。重症と言える傷はないが、体の至る所を擦りむき、その服は血と泥で汚れていた。


「真一は、こんな攻撃を何度も受け止めていたんだ・・・」


 ミノリは霞む目を見開き、悪鬼からの攻撃を見極める。あの素早い攻撃をかわそうにも、もう足に力は入らない。悪鬼はそんなミノリに更に追い討ちをか要音ける。

 攻撃が当たる直前、ミノリは【發】の魔力を応用して自らの体を上空に撃ち上げた。


「うぐっ・・・!」


 攻撃用の魔力を無理に移動用として使ったのだ。傷だらけの体を鋭い反動が襲う。それでもミノリはさらに曲を奏で、魔力を複数に分散させ、いくつものの槍のような形を形成させた。しかし、上空からは木の枝や葉に隠れて悪鬼の姿が見えづらい。


「雅輝は、こんな中でも正確に狙撃してたんだ・・・」


 着地まで待っていては悪鬼に狙い撃ちにされる。だから、何としても上空からの攻撃を行う必要があった。

 ミノリは悪鬼が立てた微かな音を頼りに悪鬼の場所を見極めた。槍状の魔力を一斉に投射し、悪鬼の体を貫いた。しかし、やはり雅輝ほどの精度は出なかった。槍は全て急所を外れ、致命傷にはならなかった。しかし、それでも一時的な足止めにはなったようだ。

 ミノリは急いで着地用の魔力を形成し、落下の衝撃を緩和させた。遥上空からの自由落下の衝撃をまともに受けては、かなりのダメージを受けることになり、最悪の場合死に至ることもあり得る。

 それを防げて安心したのも束の間、悪鬼は槍の拘束から抜け出し、ミノリに向けて迫ってきた。先程の攻撃が効いたのか、素早くはあるが直線的な攻撃だった。読みやすい攻撃なら防ぐことができる。攻撃が当たる所に【發】の魔力を形成し、防御すると同時に相手にもダメージを与えていく。これで悪鬼の猛攻を耐える。極小の魔力しか使わないため魔力消費は抑えられるが、何度も魔力を再形成し、しかも正確な位置に正確なタイミングで形成させる必要がある。奏でる曲も正確に演奏せねばならず、防御こそできているが、ミノリの体力と集中力はどんどん削られていく。それに加えて、悪鬼はとても素早い動きをしており、目で追うのもやっとである。


「大智は、こんなスピードに着いていってたんだ・・・」


 前線での戦いに慣れていないミノリが頼れるのは、やはり自分の耳だった。微かな物音から悪鬼の来る方向を見極め、空を切る音から攻撃される箇所を特定した。


 戦いの中で流れ落ちる汗と血のせいで、次第にミノリの目はほどんど意味をなさなくなっていった。目を拭うために一瞬でもその手を止めてしまったら、その瞬間に八つ裂きにされてしまうからだ。暗闇の中、いつどこから来るかも分からない攻撃をひたすら防ぎ続けるのは孤独な戦いであった。時には、来ると思った攻撃が来ないこともあった。それは安心すべきことかもしれないが、それが連続すると、ミノリは自分の耳に疑問を持つようになった。次第に形成する魔力は大きくなり、徐々に全身を覆うようになり、最終的にはそれを常に展開し始めるようになった。こうしている内は攻撃を喰らうことはないが、魔力の消費も激しく、長くは続けられない。

 

 誰か助けに来てほしい。やはり自分一人で戦うことはできなかった。

 誰でもいい。誰か一人でも仲間がいてくれれば、絶対に負けない。


 孤独の中、ミノリはそんなことを願っていた。このままでは、ミノリは死を待つばかりであったからだ。もはや逆転の一手はなく、魔力も残り少ない。次第に奏でる曲も弱く細くなっていき、ついには魔力が底を尽きた。終わった。そう思ったその時、


バシュゥゥゥゥ


轟音とともに、何かが崩れる音がした。もう悪鬼の気配は感じない。急いで目を拭って、目の前の光景を確かめた。そこには、真っ黒に焼け焦げた悪鬼の姿と、その前に立つ一人の人影があった。ミノリはそれを見て、様々な感情が溢れ出し、思わず涙が溢れ出した。


「なんで・・・なんで来ちゃったの?・・・お姉ちゃん!!!」


ミノリを助け、悪鬼を倒した人物、それは御月であった。ミノリは安堵と後悔と自責の念で一杯になり、もう涙を抑えることができなかった。

「来ちゃだめだよ!お姉ちゃんは戦っちゃダメなの!絶対にダメなの!もうこれ以上能力を使ったら、本当に死んじゃうよ!」

泣き叫ぶミノリを見て、御月は悲しそうな表情で、しかしミノリを優しく抱きしめながらこう言った。

「ごめんなさい。でも、ミノリが私を死なせたくないように、私もミノリを死なせたくないの」

「でもだかたらって!」

「他のみんなは手が離せないの。私が行くしかなかったの」

「そうだけど・・・でも!」

「あのままじゃ、あなたは死んでいたわ」

「・・・・」


 御月は淡々と事実を語った。言い返せない自分が悔しい。こんな状況を作った自分が情けない。こんな自分は姉に顔向けできない。そう思ったミノリは俯き、姉の胸の中で肩を震わせた。

「大丈夫よ」

そんなミノリを、御月は優しく撫でた。

「あなたは、これからもっと強くなるわ。SOLAの全員をまとめて、今よりもっと強い組織にするの。あなたならそれができるわ」

ミノリは何も答えなかった。


「だからね、こんな所で死なすわけにはいかないの」

そう言うと、御月は腕を解き、ミノリに背を向けて歩き出した。


「ここで死ぬのは、私だけで十分よ。・・・・照らせ!【月煌輪げっこうりん】」


 御月が叫ぶと同時に、木々は金色の光を放ち、夜の森は一瞬にしてに光に満ちた場所となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る