第26話 苦しい時こそ、笑顔で

 悪鬼の歌が届かない上空に浮かぶ遊浮王の中で、真一は雅輝たちに問いかける。


「どうなってる!?なんで悪鬼はまだ生きてるんだ!?僕の一撃で確実に倒したはずだ!」

 状況が分かっていない真一とミノリは混乱していた。

 倒したはずの悪鬼が、姿を変えて、まだ生きていたので、不思議に思うのは当然だ。しかし、問題はそれだけではない。ミノリの音はなぜ妨害されたのか、弱体化したのならなぜあの場で仕留めなかったのかなど、真一とミノリが聞きたいことは山ほどあった。それを察したのか、雅輝は至って落ち着いて答えた。


「二人が疑問に思うことは大体想像がつきます。倒したはずの相手が生きていたら、さぞ驚いたことでしょう。しかし、今の相手には翼もなく、今の私たちへの攻撃手段はないんです。一度落ち着いて、それから本部の鉄也さんたちの話を聞きましょう」


 雅輝の言葉を聞いて、真一は自分が冷静さを欠いていたことを自覚した。

 確かに頭は混乱し、集中力を欠き、呼吸が乱れていた。こんな状態ではまともに話を聞くことはできない。見ると、ミノリは真一よりも早く冷静さを取り戻していた。自分の能力が依然封じられているとは言え、実質的にリーダーであるミノリは、自分が取り乱すわけにはいかないということを自覚していたのだ。

 真一はミノリの前で取り乱していたことを気恥ずかしく思ったが、その後は冷静に呼吸を整え、状況を整理し、気持ちを落ち着かせた。


「ごめん、取り乱した。それで、一体何が起こっているんだ?」

真一の様子を見て安心したのか、雅輝は微かに微笑んだ。

「落ち着いたのなら大丈夫です。では、鉄也さん。今の状況を真一くん達に説明してください」

『おうよ!真一、残念だったな。あれで勝ったと思っただろ?本当はこっちもそのつもりだったんだが、状況が変わった』

「何があったんだ?」

『真一、悪鬼が雅輝の矢で弱ってた所を堅牢剣の力で吹っ飛ばしたろ?その時バラバラになったあいつの体がそれぞれ別の個体として再生したんだ』

「分裂復活したってことか?」

『そういうことだ。流石、話が早いな。そんで問題なんだが・・・分裂して増えたあいつらは、細かい違いこそあれど元の悪鬼と同じ「歌」の特性を持っている。個々の歌は弱くても、特性の違うそれらが集まり、重なっていけば・・・』


「まさか、合唱になるのか?」


『あぁ。おそらくはミノリの魂楽多重奏を見様見真似で再現したんだろう。合唱でお互いの歌を強化できるみたいだ。個々の弱い歌が森全体に満ちていて、そのせいでミノリの音も遠くには届かない。また、強化された歌が全力で放たれたら、どんな威力か想像もできない。もしもさっき俺たちが早々に離脱しなかったら、強化された歌をまともに食らって全滅だったかもな。・・・そして、肝心なここからの作戦だが』

『それは私が話します』


鉄也の話を遮ったのは晶子だった。

『作戦は、全員で悪鬼を各個撃破するしかありません。個々の歌の発声を止められれば合唱による強化を恐れる必要はありません。幸い、再生したての悪鬼の身体能力は以前より弱いはずです。みなさんの力なら十分に対処可能です』

言い終わると、晶子は画面ごしに真一とミノリの方を向いた。


『真一くん、悪鬼が分裂したのはあなたのせいではありません。むしろ、あなたがバラバラにしてくれたおかげで個々の能力は低くなっています。ミノリちゃん、今回の敵はあなたとの相性は最悪で、得意な戦い方ができないけど、一人でのあなたの戦い方を存分に見せてください!』

晶子は、二人のことを心配していた。分裂の原因を作ってしまった真一と、思い通りの戦い方ができないミノリのことを案じていたのだ。きっと、今回の戦いで一番辛い思いをしている二人であったからだ。

 そして、二人を心配する晶子の表情は、安心させようと笑ってはいたが、少し悲しそうだった。先程の作戦も、全員にかなり負担を強いるものだった。しかし、今の戦力で勝つために戦おうとすると、あのような作戦にならざるを得ない。そんな作戦しか立てられない無力感と、それを強要してしまう申し訳なさもその表情には含まれていたように見えた。それを見てミノリはすぐに答えた。


「心配しないでも大丈夫だよ!私たちはSOLAで最強のチームだから!」


 絶望的とも思える状況で、ミノリは笑顔で言い切った。一切の迷いも躊躇いもなく、大丈夫、私たちは最強だと言い切ったのである。

 晶子は一瞬はっとした後、すぐに笑顔になった。画面越しでよく見えなかったが、瞳に涙を浮かべているようにも見えた。そしてこの言葉は、真一、雅輝、大智の心にも火を付ける。自分たちはSOLAで最強。絶対に大丈夫だと思わせてくれる力がある言葉だ。


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 士気が高揚しているミノリたち4人を、御月は黙って見つめていた。彼女達を信じていないわけではない。しかし、もしものことがあれば自分が出よう。そう覚悟を決めていた。

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