第23話 雅輝の狙撃

 真一が悪鬼と戦い始めたのと同時刻、激しい戦闘の舞台から150m離れた先にミノリたちはいた。


 大智の心機、遊浮王ユーフォーに乗り、そこから伸びたマジックアームの先にはミノリと御月、そして雅輝を乗せていた。真一は悪鬼を引きつけ、動きを封じる陽動である。こちらの狙撃部隊が今回の作戦の本命だ。

 遠くで繰り広げられる戦闘を見守っていたミノリたちの端末に、本部にいる鉄也たちから通信が入る。


『よう!どうだ?狙撃補助用に改造した遊浮王の乗り心地は?』

「うん、すごく安定してる。振動も揺れもほとんどないよ」

『ははっ!そうだろうそうだろう!スピードは無くなっちまったが、その分安定性と搭乗人数を増やしたんだ。それで上空どこでも自由に狙撃ポイントにできる』

「うん、ありがとう鉄也さん。流石は開発部の隊長だね!」

『おう!もっと褒めてもいいんだぜ?』

『ちょっと鉄也!あまり調子に乗らないでくださいね』

 通信室には医療部の隊長である晶子もいて、通信に割り込んできた。

『すみませんミノリさん。作戦の準備はもうできましたか?』

「うん、いつでもいけるよ」


 狙撃部隊の作戦はこうだ。

 悪鬼の歌の予想される攻撃範囲の外から、大智の操縦する遊浮王に乗った雅輝が弓で狙撃する。使われる矢は開発部と医療部の合同によって作られた、悪鬼の筋肉を萎縮させる薬品を打ち込める特注品の矢である。ミノリは雅輝の心機を強化し、150m先の悪鬼にまで攻撃を届かせるようにする。御月はその力を一部解放し、雅輝の視力補正し、同時に木々に隠れて見えない悪鬼の正確な位置がわかるように光を調整する。

 全員が自分のできることを最大限に活用したこの作戦。勝算は十分だ。


『おい雅輝!さっきから黙ってるがこの作戦はお前の狙撃にかかってる!外すんじゃねーぞ!』

『そうやって煽らないの!・・・ですが雅輝さん、その矢は特注品で、一本しかありません。焦らずに、確実に当てられる時に射ってください』

 

 全員の注目が集まる中、雅輝は大きく深呼吸をした。

 目を瞑り、雑念を払うかのように集中し、体をリラックスさせる。そうしてゆっくり目を見開き、通信に答える。


「みなさん、ありがとうございます。そんなに心配しなくても、こんなにサポートしてもらったら、もう外すことの方が難しいですよ」


 そう言うと、雅輝はかけていた眼鏡を外した。彼の敵を見据える鋭い瞳は、真紅に輝いていた。




Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa



 悪鬼はその膨大な魔力を解き放ち、歌による攻撃を開始した。その衝撃波は木々を薙ぎ倒し、地面を抉る。被害は範囲にして数100m、悪鬼から150mの地点にいる雅輝たちはもちろん、悪鬼の至近距離にいた真一はとてつもない衝撃に耐えなければならない。


『耐えてくれよみんな!歌が終わったその一瞬がチャンスだ!』

『雅輝さん、弱点は喉です!的は小さいですが、よく狙ってください!』

鉄也と晶子が呼びかける。

しかし、雅輝は全くもって冷静だった。

 


 雅輝は、普段から眼鏡をかけてはいるが、決して視力が低い訳ではない。むしろ、目は良すぎるくらいだ。加えて彼は脳が異様に発達しており、情報処理の速度は常人の比ではなく、彼の思考速度を最大に発揮した場合、時間が停止した世界で自分の脳だけが機能しているような感覚に陥るほどである。幼い頃はその脳に体が着いていかずに何度も倒れたことがある。

 眼鏡は、そんな彼が目から受ける情報量を制限し、また、脳の機能を日常生活に支障がない程度まで落とすために、SOLAの初代隊長が開発したものだった。雅輝は今、その眼鏡を外したのだ。ミノリの能力で思考を4人で共有することで自身の脳にかかる負担を制限し、同時に御月の能力で悪鬼だけがよく見えるように視力を調整している。よって、今の雅輝はその脳を全力で使用できるのだ。

 

 時間が停止したような思考速度で、雅輝は悪鬼へと矢をるタイミングを見計らう。今の雅輝にはこれから起こる全ての物理現象を演算で求めることができる。悪鬼が歌い終わり、衝撃波が止んだ時、どの角度でどんな速度で矢を射れば正確に悪鬼の喉に当てることができるのか手にとるように分かった。

 もはや失敗する訳がない。これも、全ては皆の協力の賜物である。ミノリと御月で彼の負担を軽減させ、大智が安定した飛行で不確定要素を全排除してくれたおかげで実現できたのだ。


雅輝は真っ直ぐに敵を見つめ、矢をつがえた。



 その頃、真一は必死に悪鬼の攻撃に耐えていた。レーナたちとの修行で、魔力の使い方を覚えた彼は、魔力を「円形」に展開し、体の前面全てを覆える盾を作った。魔力でできたその盾は、あらゆる衝撃を吸収し、自らのエネルギーとすることができる。周りの景色が次々と壊されていく中、真一の周辺のみは無傷だった。真一は、最初はなすすべもなかった悪鬼の歌を、今度は耐え抜いたのだ。

 そして悪鬼の攻撃が止んだ・・・その瞬間!



ヒュン・・・ドス!!


 遥彼方から飛来した一矢が、悪鬼の喉元を貫く、雅輝たちは、あの一瞬の隙を突いて作戦を成功させたのだ。

 

 声にならない叫びを上げ、悪鬼はただ痙攣するのみだった。

 巨大な翼も尾ビレも、もう動かす力すらない。晶子の開発した筋肉崩壊剤が効いたようだ。


 真一は、白銀に煌めく刃を携え、動けなくなった悪鬼に近づく。歌のエネルギーを吸収した堅牢剣の全てのエネルギーを解放し、悪鬼の首を刎ねた。同時に悪鬼の身体は四散し、その原型はとどめなかった。

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