第14話 月光一閃
悪鬼の叫びはミノリの音楽を無効化した。
通常ならば、ミノリの音は騒音程度に妨害されるようなものではない。
心の通じ合った者にのみ繋がる魔力の回線を通して届けるミノリの音は、例えどれだけ距離が離れようと、どれだけ障害物に阻まれようと相手の心に直接響いてくる。しかし、それをあの悪鬼は妨害した。
あの叫びはミノリの作り出す魔力の回線その物を破壊したのだ。能力の全てを無効化され、放心状態のミノリに悪鬼は牙を剥いた。巨大な翼を羽ばたかせ、悪鬼は空中を泳ぐように移動する。そしてそのまま目にも止まらぬスピードで突進し、ミノリに襲いかかる。
「させないよ!!」
遊浮王に乗った大智が高速で接近し、そのマジックハンドで作り出した巨大な拳を悪鬼に叩きつける。悪鬼の叫びを至近距離で受けた大智は相当なダメージを受けたはずだが、ミノリの危機を察して駆けつけたのだ。
実際、大智の体は傷だらけ、遊浮王を操るその腕も血がべっとりと付いており、ハンドルを握るのもやっとと言う様子であった。
「ミノちゃん!!今のうちに遠くに逃げて!!」
大智の攻撃を受けた悪鬼は、勢いよく突き飛ばされた。しかし、すぐに体勢を立て直し、大したダメージもないように見える。
ミノリの音楽が使えないとなった時点で、作戦は全て破綻した。一度撤退して態勢を立て直すことが必要だ。しかし、こちらは全員満身創痍。こうなってしまえばもう、死に物狂いで撤退するための時間を稼ぐしかない。
悪鬼は再び空中を泳ぎ、今度は大智に向けて襲い掛かった。その時。
ヒュンッ・・・ドス!!
風を切る音と共に飛来した矢が、悪鬼の体に突き刺さった。
「仲間は・・・絶対にやらせません!」
それは雅輝の放った矢であった。雅輝は大智に比べれば傷は軽かったが、それでも立ってるのがやっとと言う状態だ。片目は流れる血によって使えず、体を支える足には力も入らない。そんな中でもありったけの魔力を込めて放った一矢は、正確に悪鬼の急所に突き刺さった。雅輝の矢を受けた悪鬼は苦しみに悶え、羽ばたく力は失われ、地面へと落ちて行った。
「今の内です大智さん!ミノリさんを連れて逃げなさい!」
ミノリは大智に連れられて戦線を離脱、しかし雅輝はもう走れるだけの体力はない。ここで悪鬼を倒しきれないまでも、撤退する時間を稼ぐだけのダメージを与えられなければこちらの敗北は決定してしまう。
墜落する悪鬼は、その翼から黄金の羽根を舞い散らせ、流れ出る真紅の血液は空中に飛散する。
月夜に照らされ、光り輝くその人魚の真下には、彼女を討伐せんとする一人の男が立っていた。
真一である。
真一は堅牢剣にため込んだエネルギーを全て破壊力に変換させ、悪鬼を待ち構えていた。真一は他の誰よりも近くで悪鬼の攻撃を受けたのだ。その体からは大量に血を流し、目は霞み、腕は震え、脚はただ立っているだけで限界であった。
しかし愛する女性を、そしてその女性が大切にする仲間を守るためであれば、そんな限界などもはや存在しなかった。その瞳は真っ直ぐに悪鬼を見据え、その腕は剣の柄を力強く握り、その脚は根を張ったように堂々と地面に構えていた。やがて落下する悪鬼は、真一の間合いへと落ちて行った。
「みんなを・・・絶対に守るんだぁぁァァァァァァ!!」
白銀に輝く剣を振りかざし、真一は悪鬼を斬りつけた。
溢れ出るエネルギーと共に、悪鬼は吹き飛ばされ、そのまま湖にある岩場に叩き付けられた。
しかし、まだ倒しきれてはいない。
さっきの一撃で力を使い果たした真一はもう動けなかった。がっくりと膝を付き「ここまでか・・・」と、そう思った。その時・・・・・
カッと地平線から光が差し、悪鬼の体を照らし出した。
朝日に似たその光を浴びた悪鬼は苦悶の叫びを上げ、湖の中へと撤退して行った。悪鬼は日中の行動ができない。朝日を浴びた悪鬼が撤退していくのは当然のことであった。しかし、今の時刻は午前1時である。まだ夜明けまでにはほど遠かった。それでも真一は、その状況を疑問に思うことはなかった。代わりに悔しさに顔を歪め、拳で地面を殴った。
「何とか、間に合ったわね・・・」
撤退したはずの大智の遊浮王に乗った女性は言った。空色の羽衣をたなびかせ、柔らかな光に照らされるその姿は、まさしく天女そのものであった。
「教えてくれてありがとう、大智。あのままじゃ、みんな死んでしまっていたわ」
朝日に似た強烈な光を作り出せる人物など、今のSOLAには一人しかいなかった。後光のようにも見える光を背にしたその女性は、シルエットだけでも分かる美しいプロポーションを持ち、すらりと伸びた手足は彫刻のように滑らかで、神々しいまでの魅力を放っていた。それは現SOLAの隊長であり、光を操る心機の使い手である
彼女はSOLA最強の戦士にして最後の切り札。乱用することの許されない最終手段であった。その彼女を出動させなければならないほど、真一たちは追い詰められてしまったのだ。
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