第8話 有栖川という少女

 有栖川の性格を簡単に言ってしまうと、元気で好奇心旺盛な性格である。その好奇心は、基本的には一番好きなことである歌に向けられるが、それ以外の気になること全てにも向けられる。

 それは勉強であり、学校であり、住んでいるこの町であった。気になるものの中には、最近仲良くなったばかりのミノリのことも含まれていた。ミノリは一見ただの中学生の少女であるが、その体には数々の戦いの経験によって自然と獲得された身のこなしが染み付いていた。彼女が有栖川と一緒に遊んだときの動きには、たまに一般的な女子中学生からは逸脱した動きがあったのだろう。それが有栖川がミノリの素性に疑問を持った瞬間だった。その他にも、ミノリの体に残った不自然な傷や、電話で話している内容などから、ミノリが自分に近づいてきた理由を察したのだ。


「それで、ミノリお姉ちゃんが何かと戦っているって気づいたんだ」


 ミノリの名誉のために言っておくが、彼女は決してSOLAの素性についてボロを出すようないい加減な態度で有栖川に接していた訳ではなかった。ミノリの人並外れた身のこなしも実際には一瞬の出来事であっただろうし、体に残った不自然な傷もSOLAの技術によって気にならない程度に治癒されていた。それでも有栖川がミノリの素性について察することができたのは、有栖川の観察眼がそれほど優れていたということである。

「私には隠していたみたいだったけど、ミノリお姉ちゃんは悪い人じゃなかったし、素敵な人だったから別に疑ったりしなかったよ」


「おーい!アリスちゃん!真一!お待たせ!」


 飲み物を買うと言ってどこかへ行っていたミノリが帰ってきた。有栖川の話に聞き入っていた真一は、ミノリの声で我に返って彼女の方へ振り返った。

「あっ!お姉ちゃんお帰り」

「遅くなってごめんね。はい、二人にもジュース買ってきたよ」

 ミノリは有栖川と真一にそれぞれジュースを渡した。真一は言われるがままにそれを手に取り、一口飲んだ。真一は気が付いていなかっただけで相当喉が乾いていたらしく、ジュースの甘さと冷たさが全身に染み渡って行くのを感じた。

「なにこれおいしい!何のジュース?どこで買ったの?」

真一は驚いて思わす質問していた。するとミノリは得意げな表情でこう答えた。

「ふふん。大空学園特性ソーダ、通称ソーラだよ!学園内では大人気なんだ!」

「ソーラって・・・ダジャレ?」

「お姉ちゃん凄い!これいつも大人気ですぐ売り切れちゃうのに、よく買えたね!?」

「でしょ!もっと褒めてくれてもいいんだよ」

 ミノリが戻ってきたことで、その場の雰囲気は一気に以前と同じ和気藹々としたものに戻った。真一もその場で笑い合ってはいたが、頭の片隅では、有栖川がSOLAの活動に感づいていることが気になっていた。


「あっ、そろそろ時間だ、教室に戻らないと!」

 有栖川はそう言って慌てて立ち上がった。学芸会と言っても学校行事であるため、終わればその場で解散という訳にいはいかず、一度教室に戻って先生から指示を受けなければならない。昼休みの時間は十分にあったはずだが、一緒に話していたらあっという間に過ぎてしまった。

「そうか、じゃぁ気をつけて帰ってね」

「また発表会があったら呼んでね」

 真一とミノリはそれぞれ軽く別れの挨拶をした。有栖川はそれに答えるようにお辞儀をして、元気に校舎へと走っていった。二人は有栖川が見えなくなるまで手を振っていたが、ついに彼女が見えなくなったところで手を止め、少しの間静寂が流れた。


 真一は、有栖川がSOLAの活動に気付いていたことをミノリに言おうかどうか迷っていた。言えば有栖川のSOLAに関する記憶は消さざるを得ない、しかし、それは今日のことや、ミノリにとっては今までの彼女との記憶を消すことにもなり得る。しかし、言わなかった場合、有栖川が万が一にも秘密を漏らした場合、彼女を含む秘密を知ったもの全員の記憶を消す必要がある。どちらにせよ、ミノリにとっても有栖川にとっても望まれる選択ではない。そうやって真一が言い淀んでいる内に、ミノリが先に静寂を破った。

「いい子だったでしょ、アリスちゃん」

「えっ?・・うん」

「本当はね、私たちが悪鬼のターゲットに近付いたりするのって、あんまりよくないんだ。何かのきっかけで、SOLAのことがバレちゃうかもしれないし」

 ミノリはやはり秘密が漏れることを気にしていた。

「でもね、真一には一度会って、見てもらいたかったんだ。私たちが守っている人と、その姿を」

 ミノリは真一の方に向き直り、まっすぐに真一を見つめて言った。

「アリスちゃんを見たでしょ。凄い子だよね。才能もあって、その能力に慢心せず上を目指している。そんな子の未来を、悪鬼なんかに壊されたくないの」

 ミノリの瞳は真剣だった。いつも笑顔のミノリが今は真面目な表情でその想いを語っている。

「危険だったかもしれないけど、真一にも、それを実感してほしかったんだ」

 今回、ミノリがこのような危険な行動に出たのは、自分たちが守るものの価値を再認識するためであった。普段戦っている相手が壊すかもしれない輝きを知り、より一層士気を高めるためであった。真一を誘ったのは、彼がSOLAの中でも経験が浅い方であったから、こういう機会も必要だと考えたからだろう。

「ありがとう、ミノリ。あの子は絶対に守らないといけないな」

そう言うと、ミノリはいつもの笑顔に戻った。

「ふふ、そう思ってくれたなら、連れてきてよかった。絶対勝とうね」

「おう」

 日は西に傾き、時刻は夕方から夜へと向かっていた。吹き抜けた風がミノリの髪を優しく揺らし、その瞳には夕日が赤く映っていた。悪鬼の出現は決まって夜。これからが二人にとって本当の戦いである。


「ところでさ、真一ってアリスちゃんみたいな子がタイプなの?」

「はぁ!?」

「いやだって、凄くアリスちゃんに惹かれているように見えたんだもん」

「僕は・・・ただ、何かに真剣で頑張ってる子に魅力を感じただけだよ」

「ふーん・・・」

「本当だよ!それに、これは別に普通のことだろ!」

「あははっ。ごめんね。そう言えば、二人っきりになったとき何話したの?」

「・・・二人の夢の話とか?」

「夢を語り合ったんだ!いい雰囲気になったんだね!」

「だから違うって!!」

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