第6話 邪魔者でしかない!!

 昼食の時間は、真一が想定していたものとはまるで違っていた。美しい景色の見える丘の上で、ミノリと2人で劇の感想でも話し合いながらゆっくりと過ごせるものだと思っていた。しかし現実はどうだろう。ミノリと2人きりであったはずの空間に有栖川が割り込んで来たではないか。冷静に今回の任務内容を考えた場合、有栖川と一緒に食事をとれるのは大きなチャンスなのだが、真一の頭の中はそれどころではなかった。もう有栖川が邪魔者にしか見えない。今の真一の状況を客観的に見た場合、男1人に対して美少女が2人という状況を羨ましく思うかもしれない。しかし、恋に燃える少年にとって、意中の相手以外は有象無象。それは相手が例え絶世の美女でも才能豊かな少女でも変わらないのである。


「真一、ちょっと怖い顔してない?大丈夫?」


有栖川が真一の顔を覗き込む。

「あ、ああ!大丈夫だよ!ほら、お弁当が美味しくてね!ゆっくり味わって噛み締めながら食べてたんだよ!」

「そうなんだ!本当に美味しいもんね、ミノリお姉ちゃんのお弁当」

真一とて、別に悪人ではない普通の少年である。年下の少女にここまで無邪気に明るく話されてては、例え邪魔者であっても心の底から邪険にはできない。

「アリスちゃんがあんまりかわいいからって、真一緊張し過ぎだよ。ほらアリスちゃん、ほっぺにご飯粒付いてるよ」

真一は「僕がかわいいと思うのはミノリだけだよ!」と叫びたくなる気持ちを抑えて、何とか愛想笑いを浮かべることができた。

「わたしがかわいいなんて・・・そんな」

有栖川はミノリの言葉を聞いて、うれしそうに困った顔を浮かべる。

「本当だよ。今回の劇のお姫さまも、登場シーンは少なかったけど凄く綺麗で目立ってたよ!そして、相変わらず綺麗な歌声で感動しちゃった」

「えへへ、ありがとう」

「アリスちゃんは今6年生だよね?卒業したら、やっぱり、もっと音楽が学べる学校に進学するの?」

ミノリがそう尋ねると、有栖川は今までになく目を輝かせて答えた。

「うん!もちろん!」


有栖川は急に立ち上がった。

目を閉じて深呼吸をした後、カッと目を見開き、まっすぐの曇りの無い目で真一たちを見つめ、言い放った。


「私、歌うのが大好き!もっともっと歌いたいの!楽しい歌、悲しい歌、激しい歌、静かな歌・・・。歌を勉強すれば、今よりももっといっぱい歌えるようになるんでしょ。だったら、大変かもしれないけど、それでも私は歌を学びたい!」


それは、これ以上なく夢と希望に満ちた言葉だった。

一切の不安や迷いもなく、ただ一心に、好きなものを好きと言い切った言葉だった。そして有栖川は一呼吸置いた後、優しくこう付け足した。

「だって、歌は私の夢だから」



 好きだから学びたい、もっと上手くなりたい、それが夢だから。

 誰もが最初はそうやって夢を抱いたのではないだろうか。テレビで活躍するスーパースターを見て、何かを好きになり、それを学び、いつかは憧れのスターと同じになりたい、と。しかし、親や周りの大人の心ない一言のせいで、もしくは自身の実力に気づいたせいで、多くの夢はついえてしまう。

 しかし彼女は、有栖川はそうではなかった。彼女にはもちろん圧倒的な実力があったが、その才能のみに頼っている訳ではない。もっと上手くなりたいという思いが伺えた、苦労するであろうと分かっていることも理解できた。その上で、歌うことが夢だと言ったのである。



 なるほど、悪鬼が彼女を狙う理由は十分に理解できた。彼女の心は純粋で、その上強固だ。悪鬼にとっては極上の獲物であろう。


 そんな真一の様子を見て、ミノリは真一が有栖川のことを理解したのだと察した。

「アリスちゃんは凄いからなぁ。卒業したら遠い存在になっちゃいそう。その前に、もう一回一緒に演奏会やろうね!」

「わぁ、素敵!私、お姉ちゃんの演奏大好きなの!お姉ちゃんが呼んでくれるなら、卒業してからでもいつでも行くよ!」

「ふふ、ありがとう」

するとミノリは真一に一暼を送ったのちにウィンクをした。その行為は不用意に真一をときめかせるものとなってしまったが、真一はその意味をすぐには理解できなかった。


「あーあ、私ちょっと喉乾いちゃった。ちょっと飲み物買ってくるね」

ミノリはそう言うとすぐに立ち上がり、学校の方へさっさと走って行ってしまった。


 

 真一はそれをポカンとしながら見ていたが、すぐに現状に気がついた。

 さっきのウィンクは「これから2人きりにする」ことの合図だったのだ。


 見知らぬ土地の見知らぬ場所で、真一は初対面の少女と2人で、ミノリが帰ってくるまでの時間を過ごさなければならなくなった。

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